表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/4

04.さらば

 消毒の強い匂いと見慣れない布団と枕、痛む足。気が付けば、病院だった。

 だんだん目覚め、何をして、どこに居るのか気付いた途端、強い不安と後悔が押し寄せた。


 反対を向く。

 点滴に(つな)がれた腕。足の他、あちこちの痛みに(うめ)く。


 夜だった。

 カーテンで仕切られ、部屋は広さも何もわからない。

 痛みより眠気が強く、幸照はいつしか夢の中に居た。


 飛ぶ帽子、追う自分。福子の声、ブレーキの音。他人事(ひとごと)のように眺める夢だった。

 幸いに足の骨折、多数の打撲、()り傷で、命には(さわ)りなかった。


 女房は昼過ぎに来た。

 ()ねた男も見舞いに来、頭を下げた。

 「いやもう、こっちが全部悪いんですから、謝らんとって下さい」

 「……兄ちゃん、すまんの」

 女房が恐縮し、頭を下げる。幸照も、それに(なら)った。


 若者は肩を震わせ、泣いていた。

 「よかった……マジ、よかった……生きてる……生きて……し……死なないですよねッ?」

 顔を上げ、幸照に(すが)りつく。

 老人は改めて申し訳なく思い、謝る。

 「あぁ、死なへん、死なへん、ピンピンしとぉ。心配さしてすまんな、兄ちゃん。」

 お互いに何度も詫びを口にして、若者は菓子折を置き、引き揚げた。


 四人部屋。怪我人ばかり、退屈でテレビ、雑誌とお見舞いで暇つぶし。

 この騒動も、恰好(かっこう)の退屈しのぎ。患者らは、耳をそばだて、興味深々。

 カーテンを引いて、夫婦は一息ついた。


 幸照がポツリと問うた。

 「帽子は?」

 「あんた、まだそんな寝言、言うとんかッ!」

 「寝言て……せやかて、気になるやんか……」

 夢にまで見たとは言えず、ムッとして反駁(はんぱく)し、火に油、女房は烈火の如く怒りだす。

 「命より、そんな見えもせん毛ぇが大事かッ!」

 「大事やッ!」

 即答に福子の目から滝かとばかり、涙が溢れ、情けなく、嗚咽(おえつ)混じりに肩を落とした。

 「一緒に金婚式(きんこんしき)しよ言うたのに……」

 福子の声に血の気が引いた。

 (つくろ)おうにも言葉を失くし、女房が自分で涙止めるまで、呆然とする。


 女房は、毎日世話に来てくれた。

 何もない病室の日々、夫は何を思ったか。


 退院し、我が家で過ごす夜が来た。

 幸照の頭が光り、共白髪(ともしらが)にはなれないが、来年は金婚だ。

 比翼連理(ひよくれんり)の半世紀。その内の三十年は、毛がなくも、怪我はなく、呑む打つ買うに手を出さず、小春日のような暮らしで、夫婦揃って無事に来た。


 ない毛に(すが)り、事故に遭い、妻を泣かせた。

 運悪く、若者に迷惑を掛け、お迎えが来る前に、こちらから逝くところだった。

 本当のお迎えまでの時の残りは知らないが、この()にも、ない毛に(すが)る我が身を思い、俯いた。


 洗面所。

 入院中、地肌には何もつけずに過ごしたが、特に支障は見られない。鏡の前の瓶各種、育毛、養毛、保湿ローション、十数本の中身を流し、袋に詰める。


 すっきりと片付いた。ゴミ袋には、執着の残骸がある。

 乾いた布で鏡を拭いた。これまでは、瓶が邪魔して拭けなかったが、全体を磨き上げられ、隅々までも輝いた。

 鏡に映る頭には、怪我はあっても毛がなくて、年相応に(しわ)がある。


 頭頂で何かが動き、顔を上げ、鏡に見入る。

 手が震え動悸が跳ねた。怖々と手を伸ばす。

 一本の白髪があった。短いが、しっかり根付き、揺るぎない。

 年相応の白いもの。


 次の朝、幸照は瓶類のゴミを捨て、高架へ向かう。帽子を売りにあの店へ……

【主題】

 よぼよぼでラブラブ。

 そんなジャンルがあってもいいと思うのですよ。


 以下、活動報告の転記に補記。

★実験その1

 台詞以外の部分は、概ね五・七音になるように調整しています。

 長歌というか、散文詩っぽい雰囲気を感じていただければ、成功。


★実験その2

 とある単語ハゲを使用せずに、夫の頭の状態を描写してみました。

 夫と妻、どちらの気持ちに共感するかで、頭の状態が(物理的な意味で)わかるような、わからんような、そんな感じの話です。


★実験その3

 実験と言うか、この商店街のモデルになった商店街が、立退きで無くなるそうなので「雰囲気を記録」してみました。

 実在の商店街では、不思議な帽子は売っていません。

 が、21世紀の現在も、戦後の闇市の気配を残すカオスな空間だったりします。

 武器と防具の店があったり、昭和三十年代で時間が止まっていそうなお菓子屋さんがあったりと、見て回るだけでも面白い所です。


▼元のあとがき(語句の解説)

 金婚式(きんこんしき)=結婚五十周年の記念式。

 地方によっては、夫婦/家族単位だけではなく、自治体や新聞社などが主催する大規模な式典もある。


 共白髪(ともしらが)=言葉の意味は、夫婦揃って長生きする/一生添い遂げること。

 この話では夫に毛がないので、字義通りの「夫婦が共に白髪」には、なれないと言う……


 比翼連理(ひよくれんり)=比翼の鳥&連理の枝=二人三脚&一心同体。

 どちらも、夫婦の仲がいいことの喩え。

 比翼の鳥は、中国の伝説の鳥。目と羽が片方ずつしかないので、二羽揃わないと飛べない。

 連理の枝は、別々の二本の木の枝が、長年寄り添う内につながって、一本になったもの。

 割とよくある自然現象なので、各地で「連理の杉」「連理の楠」などが見られる。

 結婚式で定番の(うたい)高砂(たかさご)」に登場する「相生(あいおい)の松」などもこれ。兵庫県高砂市の高砂神社に実物がある。


 呑む打つ買う=大酒、博打、風俗遊び。三つ揃うと「悪い夫」の見本。


 「偕老同穴(かいろうどうけつ)」と「ちんちんかもかも」は、音数が合わないので入れられませんでした。

 そんなワケで、夫と妻、どちらの気持ちに共感するかで、頭の状態が(物理的な意味で)わかるような、わからんような、そんな感じの話です。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ