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01.高架下

 台詞以外の部分は、概ね五・七音になるように調整しています。

 強風が雲の(ころも)を吹き払い、太陽が本気を出した。

 梅雨の晴れ間は、一足早い夏日となった。地肌には、射られるような暑さで……痛い。


 日射しを避けに高架へ入る。

 古くからある猥雑(わいざつ)な商店街だ。

 通路に品々山を()し、時と埃が降り積もる。

 (かも)された(いち)の力に魅せられて、老いも若きも訪れる。古道具、舶来の品、中古、ジャンク屋、薬屋、飯屋、服屋、靴屋に化粧品。

 近頃は、画廊やライブ、素人フリマ、ただでさえ、雑多な場が更に混沌、濃密な欲と夢との坩堝(るつぼ)と化した。

 日の射さぬ高架下では、乾いた風が埃を(まと)い、妙な熱気を運んで溜める。


 幸照(ゆきてる)は、ふと足を止め、ガラスケースに目を向けた。

 帽子屋だ。

 看板はない。ややくたびれた品ばかり。中古屋だった。

 ここから家は、まだ遠い。値段も手頃。目を留めた淡い色、軽いリネンの帽子を買った。その場で(かぶ)り、歩きだす。


 外の陽はまだまだ強く、帽子はすぐに役立った。風通し良く、快い影。大きさも丁度良い。

 気のせいか、中古だからか、ややむず(がゆ)い。帰って一度、洗濯しよう。


 風が吹き、帽子を押え、目を閉じる。

 薄手のリネン一枚下に懐かしい感触がある。

 目を開けた。

 柳が揺れて(のぼり)がひらり、向きを変え、すぐに落ち着く。

 幸照は、帽子を取って、頭に触れた。

 地肌のままだ。

 いつも通りの感触に錯覚だったと納得する。

 帽子を(かぶ)り、家路を辿(たど)る。


 茂田(しげた)氏に出食わした。街路樹の影に入って立ち話。

 同年代に似合わない黒々とした頭には、何か秘訣(ひけつ)があるのだろうか。羨望(せんぼう)の眼差しを向け、自己嫌悪。挨拶に帽子を取れぬ情けなさ。

 茂田氏もそれを咎めず、世間話に花を咲かせる。


 「その帽子、えぇなぁ。どこで()うたん?」

 「そこの高架下や。安かったで」

 「ほう、あっこ、ガラクタばっかりやけど、(たま)には掘り出しもんがあんねんな。(わし)もちょっと冷やかしに行ってみるわ」

 それで別れた。


 掘り出し物と()められて、帽子を()でる。

 布越しに地肌ではない何かが触れた。心臓が跳ね上がり、足が震える。

 ゆっくりと息を吐き出し、空を見た。目に染みる青を背に雨を降らさぬ綿雲が、風に流れる。


 少し落ち着き、改めて帽子を撫でる。

 いや、その奥の感触の正体を確める。


 こめかみを汗が伝った。

 わしゃわしゃと、布と何かがこすれ合う音と手触り。

 短いが、確かにあった。


 帽子を脱いで確める。うっすらと汗ばんだ素肌が触れた。

 帽子の裏をまじまじと見る。染みひとつない布だった。毛羽立(けばだ)つような物はない。やわらかいリネンの内を撫で回し、首を傾げた。


 先程は、確かにあった。

 手触りは、錯覚なのか。


 渇望(かつぼう)の末、幻覚を生みだすまでになっただろうか。

 再び被り、夢ならば痛くない筈とばかりに、布越しのそれをつまんで力任せに引っ張った。

 痛みと共にブチブチと抜け、鼻の奥から頭の芯へとツンとした刺激が抜ける。

 (まなじり)(にじ)む涙を拭きもせず、手の中の帽子を開く。

 五、六本、黒々とした毛があった。その長さ、約三センチ。硬い直毛。

 幸照は、(おのの)きながら見回した。


 時ならぬ暑さの為か、人影はポツリポツリと街路を過る。茂田氏の姿はなかった。

 一人では恐ろしくなり、足早に家を目指した。

 帽子を握り、突き刺すような日射しも忘れ、足を()く。地肌を伝う汗がしたたる。

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