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ミサキ行商旅行記  作者: ラウンド
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小麦の街の感謝祭 後編

ついに祭り当日です。ミサキとカイナの出会いは、どのような終わりへと向かうのでしょうか。それでは、お楽しみ下さい。

 そして、ついに祭当日がやってきた。

 街は朝から大勢の住民、観光客、同業者の人々で溢れ、公園という公園、広場という広場、路地という路地に、つい先日の雰囲気からは信じられないほどの賑わいを見せていた。パンを焼く匂いを始め、新鮮な肉や野菜を焼いた時の匂いや脂の弾ける小気味の良い音、コーヒーや紅茶を淹れる時の芳醇な薫りなどが、街の賑やかさと混ざり合い、活気そのものを引き寄せているように思われた。

 そのようにメインイベントのための舞台が整えられていく中、ミサキとカイナは事前にマシバの計らいによって確保した場所で、いつもよりも少しだけ忙しい商売に精を出していた。本会場からは少々離れた場所であるにもかかわらず、多くの観光客が足を運んできていた。恐らく、近くに存在している公園の立地条件が、賑やかさから離れて見たい人々にとっては絶好であったと言うことが、無関係ではないだろう。

「はーい!こちら万屋ミサキだよ!東方の珍しい装飾品は要らんかねー?」

「さあさあ、珍しい物もありふれた物も。気になったなら寄っといで!」

「売り切れ御免のお祭騒ぎに、粋な思い出は要らんかねー?」

 ミサキとマシバは、案外と多い客足を捌きつつ、祭会場の様子を見ていた。マシバは、増える可能性のある客層の変化を調べるために、その辺りの調査が完了しているミサキは、パン職人大会の推移を見守るために。

「そろそろ、パン職人大会が始まる時間だな。ちょっと休憩しようか、ミサキ」

「そうだねぇ。そこそこに売れたし、午後の分まで埋められるくらいには稼げたと思うよ」

「こっちもさ。意外と人来るもんだね。ここも。予想を上回る勢いだった」

「そうそう。今回のパン職人大会には、私の商品を使って出場している人が出るんだ」

「ほほう?商品って、器具?小麦粉?」

「小麦粉だね。ちょっと依頼を受けて都合したんだけど…。勝って欲しいなぁ」

 そう言いながら店に休憩中の札を下げ、会場の様子がよく見える位置に足を運んだ。向こう側では、中央から持ち込まれた機材を使ったパフォーマンスが行われており、今日の大会で審査委員長を務めるパン職人ギルドの長と中央から招かれた特別ゲストによる話や、街の大道芸人によるショーなど、多種多様な催し物が作られた舞台で披露されていた。何れも多くの人を集めており、この大会がどれ程大切なものであるのかを物語っている。その様子を離れた場所で見ているミサキやカイナにも、その雰囲気を感じられる程に、それは大きいものだった。

「凄い賑やかさだね。こっちにも熱意が伝わってくるようだよ。話には聞いてたが、これほどまでとはね。あたしも圧倒され気味さ」

 会場の空気に少々圧倒されていたミサキとカイナの隣に、同じく店に現在休憩中の札を下げたマシバとマキワが参加した。

「いやぁ、宿屋の様子を見て、これはきっと凄い大会なんだな、とは思ってたんだけど、まさかここまで大規模なものとは思わなくて」

 正直な感想を互いに交わし、増幅された本会場のマイクパフォーマンスの声を聴きながら、他の観光客がぱらぱらと集まっている場所に移動した。観光客は各々が個性的なパンを手に持っており、口々に何かの議論を交わしているようだ。

「絶対、あの工房の弟子タンディエが勝つって!あの師匠の弟子ってだけでポイント高いだろ!」

「いやいや。下町の職人エランダさんだって負けてないよ?このジャムパンなんてもうフワフワの絶品なんだから!」

「いやぁ、やっぱギルドでも指折りの実力者って言われてるカシオスのパンが優勝すると思うなぁ。だって、良い小麦粉の選別も得意だって話だよ?」

「いーや!タンディエだ!」

「エランダさんよ!」

「いやいや、カシオスさ!」

 どうやら、職人大会の優勝者についての議論のようだった。口々にそれぞれの支持する職人の名前を口にし、手に持ったパンを示し合っている。宿屋で聞いていた情報に出てきた名前と、そうでない名前とが入り混じり、誰が誰なのか整理するのには少しばかり時間が必要そうだった。

 ミサキは、そこまでの議論を聞いていて、自分の依頼主である小母さんの名前が一度も出てこなかった事に気が付いた。どうやら、あまり知名度のある人ではないらしい。しかし、そのような事はミサキにしては、あまり関係がないものであり、自分が提供した商品がどのように活用され、どのような結果が出るのか。今重要なのは、そこだった。だからこそ、小母さんには勝ってもらいたいと感じていた。

ただ、そこに個人的な感情が挟まらないかといえば、また違う。商品を提供した依頼主に勝ってもらいたいと言う願いは、ミサキ自身の正直な気持ちだった。

「どう思う?カイナ。小母さん、勝てるかな?」

「んー?珍しい。ミサキが依頼人の心配してるよ」

 ミサキの言葉を受け、カイナは顔を上げ、意外そうな表情を向けた。

「いや、心配はしてないけどさ。こう言う場だと気になるじゃない?どうしても。それに、勝って欲しいっていうのは私の正直な気持ちだしね」

 意外そうなカイナに向けて、笑顔を向ける。

「ふぅん。ま、ミサキが売った小麦粉は、間違いなく最高のものだったんだよね?なら大丈夫だよ、きっと」

 互いに笑い合い、再び会場の方を見やる。すると、舞台で司会役を務める人物が会場周辺の人々に静粛にするよう呼び掛け始めた。増幅された声が聞こえてくる。

「皆様!大変お待たせいたしました。祭りのメインイベントである、パン職人頂上決定戦の開催準備が整いました。これよりこの場で、今回の決定戦に参加を表明している職人についてと審査員の紹介を行います。その後、大会終了後、各職人ごとに本会場のどこで店を構えているかの紹介も致します。お聞き逃しの無いように、ご注意下さいね!」

 どうやら、いよいよ大会が開催されるらしい。最初は静かになっていた本会場が、司会の開催合図とともに、一気に歓声に包まれた。

「いよいよ始まるみたいだねぇ。凄い賑やかさだよ」

 会場の盛り上がりを見やりつつ、カイナは尻尾を揺らしながら欠伸をした。

「さすがはゲストも招待されてる程の催し物。盛り上がりも一味違うよね」

 会場の盛り上がりとは対照的な空気のカイナを撫でながら、ミサキも会場を見やる。

「これだけ大規模の祭なら、もう少し商品を持ってくるべきだったかな。失敗だったか」

「次来る時は、もう少し量を仕入れてこなければいけませんね。マシバ」

 その隣では、マシバとマキワが早くも反省会で用いるであろう情報の整理を行っており、本会場横の通りを歩く人々の流れに注目していた。

 一方、傍で先程から議論を交わしていた観光客は、会場で行われている職人紹介の声に盛り上がっていた。最初に件の弟子タンディエが紹介され、その出自や師匠との関係性、今大会に向けた意気込みなどを聞かれていた。次に下町のパン職人であるエランダが、その次に職人ギルドの実力者のカシオスが、それぞれ同じように出自や意気込みなどを聞かれ、順々に答えていく。その後も出場する職人達の紹介が続き、会場には拍手や声援の響きで満たされていく。当然ながら、参加選手ごとの三者三様の思いが有るわけだが、掛ける意気込みは、皆同じである。

 そして、出場選手紹介の最後に、依頼主である小母さんが姿を現した。

「そして、最後にご紹介しますは!この街の、知る人ぞ知るパン焼き名人、ランティエさん!本大会には初出場となりますが、どうですか?会場の熱気は」

「い、いやぁ…あはは。今までは傍から見ているばかりだったからねぇ。さすがに緊張するよ」

 司会から、マイクを向けられたらしい小母さん、ランティエが少し困惑したような雰囲気の声で答えている。初出場という事もそうだが、ミサキの目から見ても予想以上の客足の多さを目の当たりにすれば、驚くのも無理はない。ましてや、今は出場選手としてその大舞台に立っているのである、緊張の度合いは推して知るべし、である。

「意気込みかい?そうだねぇ。初出場で初優勝。これくらいでっかくいきたいね!」

 ただ、持ち前の力強さで、その緊張からはある程度脱したようで、初対面の時のような気持ちの良いよく通る声音で、意気込みを語った。会場を訪れている観客も、初出場で初優勝という大きな意気込みを前に、盛大な拍手と歓声を送っている。

「はい。ランティエさん、有難う御座いました!初出場で初優勝、是非とも頑張って頂きたいと思います!さて、これで出場選手の紹介は終わりました。続きまして、今回の審査員の紹介です」

 そして、今回の審査員を務める人々の紹介が始まった。声だけで姿を見ることは出来ないが、事前の情報通りに、ギルドの長や街の長、前大会優勝者の職人など、この街の住人からすればそうそうたる顔触れが次々と登場してくる。応募枠の審査員にしても、中央から来た上流貴族や有名な工房の長等々、ミサキにもすぐに分かる人々が名を連ねている。中にはこの街の住人から選ばれた一般人や、事前に予約していたらしい観光客、飛び入りで参加した観光客も含まれており、これまた実に多種多様な人物が揃っていた。

「この自由枠ってさ、飛び入りでも参加出来るんだね。ミサキも応募してみれば良かったのに」

 司会役の人物の声を聞きながら、カイナが体を伸ばす。

「何度も言うように、今日の主目的は商売だから。まあ、確かに楽しそうではあったんだけどね。でも流石に、ルールで認められているとは言え商売として選手と関わってるし、不正を疑われたら小母さんが可哀想だからさ」

「ふぅん。人間はややこしいね。人道的配慮ってやつ?」

「そこまで大層なものじゃないけどさ。詳細を聞けば聞くほど、参加が躊躇われる性質の大会だったし、皆の期待値が高い所で緊張しながら食事なんてしたら、味なんてきっと分からないよ。カイナだってそうでしょ?」

 そう言って、ミサキもカイナと同じように草の上に、仰向けに寝転がった。

「それもそっか。そうだよね。食事はゆっくり味わいたいよね」

そしてその上にカイナが頭を乗せる。

「……さり気なく、人のお腹を枕代わりにするの禁止」

「えー…だって程よい弾力で心地良いんだもん。やっぱりある程度運動すると程よく引き締まって良いよねぇ…」

 そう言いながら、すりすりと頭を動かす。艶のある滑らかな毛並みだが、それ故か、服越しでも、どこかくすぐったく感じてしまう。

「カイナ。その発言、割とオヤジ臭いよ」

「えー…率直な感想なのにー。と言うよりも、ボクとしてはもっと上側辺りの方がのんびり出来るんだけど、ミサキ怒るじゃん」

 耳を動かしつつ、さらにだらりと体重をかけ始める。どうやら力を抜いているようだ。

「当たり前だよ。息苦しくなるし。と言うか、今も割りと息苦しいんですけど?」

「んー…あと五分ー…」

「こら、寝、る、なー?こっちはまだ商売するんだからさ」

「んー……」

「しょうがないなぁ…もう」

 一気に昼寝状態に入ったカイナの頭を持ち上げ、自分の体をそこから抜き、最後に草の上にゆっくりとカイナの頭を置き直した。

「さて、と。マシバ達は?」

 カイナを起こさないようにゆっくりとその場を離れ、ミサキは辺りの様子を見やる。すると、マシバは近くに店を構えていた出店で食べ物を購入し、戻ってくる最中であった。

「おや、もう良いのかい?」

「今のところはこれで十分かな。ところで、マシバってさ。もしかしなくてもよく食べる人?」

 手に持っている皿に載せられた、焼きたてと思われるフランクフルト四本を見ながら、ミサキは微笑を浮かべた。

「ええ。マシバはいつも人一倍の食事を取られます。余り食べ過ぎると健康に悪いと、私は毎度申し上げているのですが…、一向に治る気配がないのです」

 マキワは、どこか諦めたような雰囲気でマシバを見上げている。やはり真面目に相棒の責務を遂行しようとして、毎度失敗しているようだ。

「い、良いじゃないか別に。それにこれは、ミサキ達の分も含めて買ってるんだから、今回は大目に見ておくれよ。ほれ、君も食べてくれ」

 そして恐らく、これも毎度の行われているであろうやり取りを行いつつ、フランクフルトの一本をミサキに差し出し、ついで、赤いソースの入った紙の容器を手渡される。

「はぁ…。まあ良いですよ。その分運動もなさるんですから。本当に申し訳ありません、ミサキ」

 マキワは、それらを受け取るミサキに対し、頭を下げた。

「いやいや、気にしないで。私もここの食事は気に入ってるから。美味しい物は大歓迎だよ」

 猫から頭を下げられると言う、傍から見ると実に奇妙な光景だった。カタリネコにしても、トーキングウルフにしても、人語を解し、用いることが出来る程の知能があり、中には、人間社会の礼節等に精通した個体も存在している。そういう存在は、ミサキ達のような旅に身を置く者にとっても、貴重な助言役となる。

「ほら、ミサキもこう言ってるし。良いんだよ」

「いや…だからと言って…。はぁ…もう良いです」

 マキワは、一つ大きくため息を吐いた。

 助言役になるとは言え、その役に適しているかは個々人の個性次第であり、助言を受け入れるかどうかは個々人の自由である。世の中には、このように気苦労の絶えない組み合わせの者達も少なからず居ることだろう。そう言う意味では、ミサキとカイナは良好な関係にあると言えた。

「あはは…。でも、有難う。ただ、買ってもらってて悪いんだけど、カイナは今昼寝中なんだけどね」

「そっかぁ…それは残念。なら、あたし達は食べようか」

 そう言いながら、マシバは早速フランクフルトの一本を口に運び、食べ始める。

「そうだね。それじゃあ、頂きます!」

 ミサキもまた、自分の分のフランクフルトを口に運ぶ。パリッと焼かれた皮が小気味良い音と共に破れ、中からたっぷりの肉汁が溢れ出してきた。それらは口の中に広がり、実に幸福な感覚で満たしてゆく。当然二回目は、別の容器に装われたソースをつけて味わうことも忘れない。

 これらのソースも、この街で採れる野菜などから作られている。

「うむ。やはり美味い。ここは美味いものだらけだ」

「他の街に行った時には、よく宣伝しておかないとね。物が行き交えば私達の出番も多くなるし。まさに良い事尽くめだね」

「そうだなぁ。美味い物の輪がこうして広がれば、みんな幸せになれるしな」

「幸せを運ぶ商人って言うのも、悪くないかも。よし、午後の部も頑張るか!」

 そう言いながら、ミサキは気合を入れるように身構え、自分のフランクフルトを平らげて行く。酸味と辛味の混ざった独特の風味で、一瞬だけ思考が味覚に引っ張られる。すぐに元に戻るが、その一瞬が頭の中をリセットしてくれた。そして、会場での開始の声に背中を押されるように、店の方へと戻り、営業を再開した。


 会場でのパンの審査が順調に続く中、午後の部と称した行商活動も順調に推移していた。商品も飛ぶように、とまでは行かないまでも、多くのお客の手に行き渡り、最初に持ち込んだ荷物が、実に半分近くまで減っているほどの盛況振りである。昼寝から戻ってきたカイナにも手伝ってもらい、お客を捌いてゆく。

「人魚の涙、お買い上げ有難う御座いまーす!」

「ありがとねー!」

 少々値の張る装飾品であっても、それなりの数が売れてゆく。確かに珍しいものを取り揃えていると自負してはいるが、これほどの勢いで売れるとは予想もしていなかった。

 マシバもこの客足の勢いには驚きを隠せない様子で、忙しなく、それこそ猫の手でも借りたいほどの状態だった。とはいえ、マキワが労働に従事しているわけなのだから、実際は物理的に借りている最中ではあったのだが。

「これだけ売れれば、しばらくは何も考えなくても生活していけるな」

「食費にしても、宿代にしても、向こう二ヶ月半くらいは問題なく確保出来たかな」

「そんなにか。まあ、君の方は装飾品や薬品が大量に売れたみたいだからな。納得だ」

 そんな二人の忙しない時間が過ぎ去るのとは反対に、本会場の方はより賑やかな歓声に包まれていた。今居る場所からは見えないため、その全容までは分からないが、司会役の人物のマイク音声によれば、各職人がそれぞれの自慢のパンを焼いた後に調理し、サンドイッチやハンバーガー等を作って、順々に審査員達に振舞っているようだ。ただ司会役の人物が事細かに解説してくれているので、見えていなくとも容易にイメージは浮かぶ。

「大会の方も盛り上がっているようだな。これは大会後の各職人の振る舞いが楽しみだ」

「今後の携帯食料にも使えますからね。ここで確保しておけば私達の旅路も安心でしょう」

 マシバ達が商売の後片付けを始め、本会場への乗り込み準備を行っている。

「カイナ、私達も出遅れないように確保しないとね。きっと争奪戦になるだろうから」

「ミサキが、中央の特売市でおばちゃん相手に鍛え上げた胆力の見せ場だね。頑張ってー」

 一方、ミサキとカイナは、マシバ達ほど気張る事も無く、いつもの様にのんびり構えていた。

 すると、突然司会役の驚いた声が聞こえ、観客からも驚きの声が上がっていた。客足が衰えてくるのを見計らってから作業を中断して耳を澄ますと、大会でランティエの出品順が回ってきたようなのだが、それに起因している模様である。

「おっと!ランティエさん。ここでまさかのプレーンでの出品だ!それ以外の調理なし。ジャムとマーガリンを別容器に添えての出品だ!これは大丈夫なのか!?」

 司会役の、少々向きの違う興奮した声が響く。

 どうやらランティエは、他の職人が調理パンを出品していたのに対し、ただの焼き立てパンを出品したようで、それが会場をざわつかせているようだ。有名な職人達がそれぞれ工夫を凝らしていく中、一人だけそのままと言うのは、確かに浮いてしまうことだろう。

 ミサキ達の近くで激しく議論をぶつけ合っていた三人も、これには驚いている様子だった。そればかりか、他の参加者をなめているのではないかと言う言葉さえも聞こえてくる。他の職人を支持している人々から見れば、そう映るのも無理からぬ話だった。

「小母さん、思い切ったねぇ。どうなるかな?」

「あえて素の状態で出したんだね。嫌いじゃないよ、そう言う思い切りは。それに、小母さんのこだわりも感じるし」

「こだわり?」

「うん。問題は、それが今回のグルメな方々に伝わるかどうかだけれど」

「ふぅん。それも人間的な感傷のお話?」

「似たようなものかな?いや、ちょっと違うかも知れない。どっちかと言えば、顕示欲?」

「うーん、どっちにしてもよく分からないなぁ…」

 二人共に同じような角度で首を傾げながら、少々気難しい神経質な問題への思考に挑戦する。ただ、すぐに壁にぶつかり、強制的に意識を現実に引き戻すまでそう時間は掛からなかった。

 その一方で、会場の方では再びの盛り上がりの波が起こりつつあった。どうやら何か動きがあったらしく、司会役の人物の声も通常の興奮のそれに戻っていた。一瞬思考に気を取られて聞き逃したかと考えたが、近くに居た議論熱心な観光客も事情が把握し切れていないらしく、何も自分達が聞き逃したと言うわけでもなさそうだった。

「おーい。ミサキ達。まったりするのも良いけど、人の流れができ始めたから店を畳んで移動しようか」

 しかし、それを推察する時間は無く、人の流れを追うように店を移動させることになった。最初の等価交換の法則がどこまで有効かは分からないが、少なくともマシバ達の今日の商売が終了するまでは付き合う必要はあるだろう。場所の提供もそうだが、この巡り合わせによって驚きの売り上げを確保出来たのだから、それに対する能動的な礼返しも兼ねていると言える。

 そうして、丘の上の店を畳み、木に掛けていた看板に中央共通語で“売切御免”と書いた貼り紙を被せたあと、会場の方まで足を運ぶ。四人は最初の方で司会役の人物が宣伝していた各職人の出店の位置を互いに確認し合い、情報の正確さを確認した後、最も近い場所へと向かう。

 そして、会場の観客達がある程度の移動を済ませた頃、中央の舞台裏で審議していたらしい審査員達が舞台上に戻って来始めた。一様に難しい表情を浮かべており、今回の大会が非常に難しい判断を必要としている事を物語っていた。

 その一方で、舞台上で審議終了までの繋ぎを、話術とパフォーマンスで見事にこなしていた司会役の人物と特別ゲストに、観客達の拍手が贈られた。

「皆様、拍手を有難う御座います!そして、大変お待たせ致しました!審査の結果が出ましたので、お伝えいたします。静粛に、お願いしますね!」

 司会役の言葉に、少しずつ会場中が静まっていく。

「ついに発表ですね!さあ、今回の熱い戦い!どのような結果になったのでしょうか。楽しみですねー」

 会場の静まりを確認したあと、特別ゲストの人物が話を繋いでいく。

「ふふふ…それはこれからのお楽しみです。それでは審査員長、宜しくお願い致します!」

 司会役の言葉に、今大会の審査員長であるパン職人ギルドの長が、老年特有の深みのある柔和な笑みを浮かべながら前へと出てきた。会場からは自然と小さな拍手が起こる。ミサキやマシバもまた、小さく拍手を送り、見守っていた。

「えー、有難う御座います。皆々様方。そして、大変長らくお待たせしました事をお詫び申し上げます。えー、そして、この日のためにお集まり頂いた皆様や、参加選手の皆様、今回の祭の為に尽力頂いた方々のおかげで、無事職人頂上決定戦を行うことが出来ました事をお礼申し上げます。えー…さて、長い話はこれくらいと致しまして、結果発表の方へと移らせて頂きます」

 このギルド長の言葉によって、先程まであったざわつきも消え、しんと静まり返った。

そして、参加選手、総勢十五名が整列を完了した後に、結果が発表されてゆく。最初に優秀賞の発表が行われ、これにエランダを含めた三人程が選出される。次に面白い創作パンに贈られると言うユニーク賞には、カシオスともう一人の参加者が選ばれた。続いて、ギルドでは栄誉の一つと言われる審査員長賞には、件の弟子タンディエが選ばれた。それぞれ、名前が発表される度に一歩前へ出て、渡されたマイクで簡単なコメントを述べてゆく。

「えー…では、最後に。最も栄えある最優秀賞に輝きましたのは……」

 そこでギルド長は一旦言葉を切り、合わせてパフォーマーの太鼓によるドラムロールが行われ始めた。

「ねえ、ミサキ。この演出って、どこでも定番なのかな?中央でも良く使われる方法じゃない?」

「まぁね。聞いた話によれば、何百年も昔からの伝統の演出だそうだけど…。きっと使いやすいから普及したんだろうね」

「ふぅん…。結構歴史ある演出だったんだねぇ。意外や意外」

 そんな定番の演出に支えられ、会場中の注目が集まる中、ギルド長が参加選手の前を歩き回り始める。ただ発表するだけでは味気ないと考えたのか、一見誰が選ばれるか分からない事を装おう為の演出である。これもまた定番ではあるのだが、祭を盛り上げるための工夫を少しでも多く考え出そうとする姿勢に、ミサキ達は素直に感心させられていた。

 そして、ギルド長の歩みに合わせたドラムロールが続き、数分ほどが経過した頃、ドラムロールがぴたっと止まった。

「最優秀賞は……ランティエ。貴方です。おめでとう!」

 その発表に、一瞬会場が静まり返り、しかし、徐々に拍手が起こり始め、次々と伝播し、最後には会場全体から盛大な拍手が贈られた。

 ランティエ自身も最初はポカンとしていたが、拍手が大きくなるにつれて実感が込み上げ、ギルド長から記念の楯を手渡された最後の方では、微かに目に涙が浮かんでいた。

「貴方が今日、この場で食べさせてくれた、焼き立てのパン。本当に美味しかった。小麦そのものの芳醇な香り、しっかりと堪能させて頂きました。有難う。そして改めて、おめでとう」

 そう言って、ランティエに握手を求めた。

「有難う御座います。ギルド長」

 ランティエはそれを受けてしっかりと握手を交わし、次に、惜しみない拍手を贈ってくれている会場に向けて手を振り始める。ミサキもまた、その様子を見やりながら、手を振り返したのだった。


 祭の後。ミサキとカイナはマシバ達と別れ、ランティエの家を訪れていた。ランティエは、二人の来訪を心から喜んでくれ、夕食まで用意してくれたのだが、大会の緊張から解放された為か、表情には微かに疲労の色が出ていた。

「それにしても、本当に優勝出来るなんてね。自分でもびっくりさ。あんた達のお陰だよ。ありがとね」

「いえいえ、そんな。私の力など微々たるもので。それに優勝を引き寄せたのは小母さんの実力ですから。それよりも、あの後大変だったみたいですね」

「そうそう。そうなんだよ!あの後、パンを食べさせてくれって出店での注文が引っ切り無しに来るもんだから、途中で生地も小麦粉も足りなくなってねぇ。店なんて出したこと無かったし、参ったよ本当」

 ランティエは、本当に困ったように頭を掻く。

「うわぁ、それは大変だったね。足りない分はどうしたの?急遽仕入れに?」

 カイナは、ウィンナーを齧るのを止め、顔を上げてランティエを見る。

「いやさ。それが、街のジェイムスさんが小麦粉を大量に持ってきてくれてね。しかもそれが、偶然あんた達が持ってきてくれた小麦粉と同じもので、もう大助かりさ」

 両腕を広げるような動きを交えて説明する辺り、諸手を挙げて喜んだに違いない。

「それは良かったですね。なるほど、もう少し余剰を出すくらいに仕入れておくべきでしたか」

 ミサキは苦笑いを浮かべ、同じように頭を掻く。

「いやいや。私が余分に頼んでおくべきだったんだから、あんた達が気にする程のことじゃないよ。それに、ジェイムスさんとこがその小麦粉を仕入れてるって分かったことで、客足が伸びてたみたいだから、結果的には大きなプラスになったと思うよ」

 ランティエは朗らかに笑って見せた。

「有難う御座います。そう言って頂けると、助かります」

 そこからは、一旦大会の話からは離れ、世間話など交えつつ、夕食の残りを食べ切ることに集中した。メニューはポトフと硬めのパンである。野菜とウィンナーの風味が生きる、心温まる一杯を、時間をかけて食した。

 そして、程なく夕食も済み、ミサキは宿へと引き上げようとしていた。

「ミサキちゃん。本当に、報酬はあれだけで良いのかい?」

「ええ、十分ですよ。私にとっては、これの方に大きな価値を見出したものですから」

 そう言って、何やら物体が詰められた袋を示す。

「あ、そうだった。あんた達は明日、発つんだったね…。また、この街の近くに来たら寄っておくれよ。その時は例の小麦畑で取れた小麦粉を使って、飛び切りのパンを焼いてあげるからさ」

「それは楽しみですね。その時は、是非寄らせて頂きます。それではまた、縁があればお会いしましょう」

「あんた達も。良き旅路をってね」

 最後に別れの言葉を交わし、扉を閉め、宿への帰途に就いた。

 もう日が傾き始めて少々時が経っていたので、辺りは家々の灯りが点き始めるくらいには薄暗くなっていた。丘の上から見る夕焼け過ぎの薄暗い小麦畑は、夜風に順々に揺られる穂先が思わず足を止めてしまいたくなるほどに優雅で、その黄金色は、余すところ無く景色の黒に溶け込んでいた。

「ねえ、ミサキ」

「うん?」

 その帰途の途中で、隣を歩いているカイナが何やら物申した気にミサキを見上げる。

「ジェイムスって人がクラウス小父さんの小麦粉をちょうど良い時に運んできたのって、ミサキの作戦でしょ」

「ん?何のこと?」

 カイナの言葉に、ミサキは首を傾げて見せる。

「とぼけないでよー。ジェイムスさんの店で話してたことさ。あの時にそうなるよう仕込んだんでしょ?」

「確かに私は、クラウスさんの小麦粉を仕入れて商売する事についての話はしたけど、それは深読みし過ぎ。そもそも、ランティエ小母さんが確実に優勝して、しかもその上で生地、小麦粉不足に陥ることを予見してないと成立しないんだから、カイナの考えすぎだよ」

 やれやれと言う感じで肩を竦め、苦笑いを浮かべてカイナの前を走っていく。

「んー…なーんか引っかかるんだよなぁ…」

 様々な疑問に首を傾げながらも、その背中をカイナは追っていく。そして、何気なく最初にクラウスを見つけたあぜ道を見た。

 すると、その道を通っているクラウスと、その隣で楽しそうに、小麦粉の袋を大量に載せた台車を引く男性の姿を見つけた。ランタンに照らされたその風貌は、カイナがジェイムスの小麦粉専門店前で耳にした、店内から聞こえた男性の声のイメージと酷似しており、その男性が件のジェイムスだという事を察することが出来た。

「はー…はー…」

 その様子を見て、最初にクラウスと出会った時のことを思い出し、重ねてみる。

愛している妻に先立たれ、特定の街の住民からは逆恨みされて爪弾きにされ、その影響からか満足に交友関係も結べず、それでも、あれほどまでに素晴らしい小麦を作り上げ、ついにその力を、ランティエの技量を介してではあるが、見事に証明された。そして今、細い接点から二人の人間が繋がり、この光景が生み出されている。

(ミサキは、需要と供給の関係から、接点を作る手伝いをしてたのかな。うーん、これも考え過ぎかも?ただ商売をして、偶然そうなっただけなのかも知れないからね。人間って、本当不思議だよ)

 カイナは、そういう好意的な深読み気味の解釈を一瞬考えたが、再びミサキに笑われてもつまらないので、頭の片隅に封印しておくことにした。

「カイナー、ボーっとしてたら置いてくよー!」

 そうこうと思考を止めた瞬間くらいに、少し遠めにミサキの声が聞こえてきた。見ると、既に離れた位置にある階段を下り始め、その中腹くらいに至ろうとしていた。全速力で走ればすぐに追い付ける位置ではあるが、少し他に気を取られている内に、それなりの距離が離れたようだ。

「うわっ、いつの間にそんなに遠くに!?ちょっと待ってよぉ!」

 カイナは先程までの思考を全て脇に退け、ミサキの元へと急ぐのだった。


お待たせしました。ラウンドでございます。

「ミサキ行商旅行記」「小麦の街の感謝祭」如何でしたでしょうか?楽しんでいただけたのならば何よりではありますが、稚拙かつ冗長な文章でまことに申し訳ありません。

それでは、ここまでの閲覧、お疲れ様でした。

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