どこか遠い地からのプロローグ
よく知った風景がある。
故郷の緑や、家々が並ぶ道、山、川、海、風の香り、或いは高層建築群と言う人もいるだろう。その何れもが、立ち止まった人の心を打ち、いつか見たような記憶を引っ張り出してくる。
「どうしたんだい、ミサキ。ぼぅっと景色なんか見て」
とある地方の農道を歩く、一人の十代半ばと見える厚くないリュックを背負った若い人間と、一匹の狐と狼を掛け合わせたような獣が居た。
狼にミサキと呼ばれた人間は、道の半ばで立ち止まり、農道から稲穂揺れる田園を見ていた。その上を吹き抜ける風が、それを待つ一人と一匹を撫で、流れていく。
「うん?いや、特に何ってわけじゃないけど、懐かしくて綺麗だなぁって思って」
「ふぅん…。ボクにはよく分からないなぁ」
風を受けながら揺れる稲穂や草の動きを眼で追いながら、獣は顔を左右に振る。
「懐かしいと言っても、そんな歳を取ってるわけじゃないけどね」
「ミサキは華の十代だものね。まあ、ボクも似たようなもんだけど」
それだけ言葉を交わし、再び景色を見る。先ほどとは違い、田園には人の姿数人ほどあった。作業着を身につけ、鎌を持ち、稲を刈っていく。刈った稲穂は紐で纏められ、畦に置かれた荷台に載せられていく。その光景もまた、何故かミサキには懐かしく思えた。狼もまた何か感じるところがあるようで、じっとその光景を見ている。
ミサキ達が見ている事に気づいたのか、農作業をしていた人が立ち上がって手を振ってきた。
「こんにちはー!」
ついでなので、手を振るのと同時に大声で挨拶を返してみる。すると、向こう側からもはりのある威勢の良い声が返ってきた。年齢にして四十代くらいだろうか。その隣で作業をしているのは女性で、話し方、しぐさを見ている限り、夫婦であるようだった。
すると、ある程度作業を終えた人が二人、ミサキ達の方へと歩いて来た。
「こっちに来るみたいだけど、どうする?」
「別にどうこうする事でもないと思うけど?普通に接するだけだよ」
ミサキは、一応自分の腰に付けている装備を確認し、向かってくる人を迎える。
「やあ、君たち。ここらの人じゃないみたいだけど、どこから?」
「山二つくらい越えた西の方から、ここまで歩いてきました」
概ね合っている事実だけを伝える。他人との会話を引き出すときの基本として、ミサキは、そう育ての親からは教わってきていた。事実、未だ会話の引き出しに困ったことは無かった。
「おお、そりゃあ、また遠い所からご苦労さんだなぁ。その子と二人旅かい?」
「はい。私はミサキで、この子はトーキングウルフのカイナです」
「宜しく、小父さん!小母さん!」
「おう。宜しくな」
「田んぼしかない所だけど、宜しくねぇ」
そしてどうやら、今回もその手法は成功したようだった。しかも人語を解して話すことの出来る狼型の獣、トーキングウルフのことにも驚かない。上々の出会いだった。
それからミサキ達は、その場の流れで彼らの休憩時間にお邪魔することになり、他の作業をしていた人々とのお茶会にも参加することになった。
「へえぇ!それじゃあ、あの中央からここまで旅を?」
「はい。行商などもしつつ旅をしています」
「まだ若いのに、頑張ってるわねぇ」
「まあ、趣味みたいなものですから」
一つ、一つ。自分の身の上について当たり障りの無いことを口にして無難に過ごしつつ、たまに自分が行った行商や旅路で面白かったこと、衝撃や感銘を受けたこと等々、思い出話も絡めて飽きが来ないように注意を払う。これもミサキが旅で得た、生きた技術だ。
特に、自分たちが大立ち回りを演じることになった探検の話などの話は、大いに盛り上がった。
「ところで、この時期の収穫は、何処かで取引するんですか?」
自分ばかり話していても仕方ないので、ここで得られた新たな出会いを感じたいと思い、稲作についての話を振ってみた。口にした言葉とは違って最初は自分たちで消費すると、ミサキは考えていたが、反応は違っていた。
「ええ。最近市場が出来て、そこで売買が出来るようになったんですよ。最初は自分たちで食べるか、近々の者だけでの取引だけでしたが、これで新たな収入口が出来ました」
「へぇ…。それは、外部の人でも取引できる?小父さん小母さんたちだけ?」
夫婦の話を聞いて、お茶と一緒に提供された握り飯を楽しみながら、カイナが尋ねる。
「いや、むしろ外部から来る人は大歓迎だ。その方が活気も出るし、珍しい品物も手に入るからね。良かったら、君達も行ってみるといい」
「なるほど。なら、後で寄らせて頂きます」
ミサキとしても、この先に見えている街で商売しておきたいと思っていたので、この情報は願ったりかなったりであった。何が取引されていて、どんな物が手に入るかは、そこに行って見れば分かる事なので、ここで聞いて楽しみを減らすのは得策ではないのかも知れない。
「ところで、君たちはどんな物を取り扱ってるんだ?私達もこのあと市場に行くから、事前に知っておきたいんだが…」
「では少しだけ、お見せしますね」
そう言いながら、横に置いていたリュックから、小さな白の袋と、中くらいの茶色の袋を取り出した。自分は情報を仕入れたくない代わりに、相手には自分の情報を一部だけ教える。これも商業的取引と言えるが、ミサキはこの一種の子ども染みた交渉の瞬間が好きだった。
「これは…宝石かい?随分と綺麗な石みたいだけど」
「いいえ、これは生薬の結晶です。煎じて呑めば、内臓の病に効くと東の方では有名なんですよ」
「これが薬!?一見信じられないね…」
特に奇抜な商品を見せた瞬間の、お客が心底驚いた時の顔を見るのは格別だった。
「驚いたでしょ?ボクも最初びっくりしたんだ。これが薬の塊だなんて」
「カイナは、最初知らずにこれを舐めて目を白黒させてました。今でもたまに思い出して笑ってしまいますよ」
そう言いながら、思い出し笑いを浮かべる。見ていた小父さん、小母さん達も、それに釣られて笑ってしまう。
「あーもう。またその話をするー。結構恥ずかしかったんだよ?」
カイナが、笑うミサキの足にたしたしと前足で抗議のパンチをするが、意に介さず。しかも周りはそれを聞いて頷いている人もいた。
「いやいや、子どもの時は、薬と知らずに舐めて苦い思いをすることあったわねぇ」
やはり、何人かがその経験についての思い出を語ってくれた。実に様々な状況での経験話があり、中には聞いたことも無いようなものまであった。ただ、皆最後に、好奇心溢れる子どもの時分では良くあることだと言って締めくくっていた。
「小父さん達にもあったんだ。良かったぁ。ボクがおかしいわけじゃないんだね」
「おう。俺なんか酒でそれをやらかして、茹蛸みたいになっちまったんだぜ?」
「お前さんの酒好きは子どもの頃からかい。参ったねぇ。たまには飲まずに済ませなよ。そのうちあたしの方が茹蛸みたいになっちまうよ」
「面目ねぇ」
はははと皆が笑い、和んだ雰囲気のままにミサキの取り出して見せた商品を見ていく。完全に食いついており、この後市場で思い切り羽伸ばしが出来るかもしれないと考えると、ミサキは今から楽しみで仕方なかった。
そうして、一時間弱ほどの時間を談笑で過ごし、幾つかの情報と、幾つかの談笑に使える話の種を手に入れたミサキ達は、農作業の人々と別れ、元の道へと戻っていく。
「んー。それにしても話し込んだね。ミサキってば、本当に思い出話好きだね」
「それはもう。しかも興味深い話も聞けた。これはもう、行商人冥利に尽きると言っても良いね」
近くにある街へと続く道を歩きながら、笑いあう。その腰には、先ほどの人々から頂いた、植物の葉を編んで作られた簡易的な弁当箱を提げている。中身は握り飯と漬物だ。これも何かの縁であるし、面白い話も聞かせてもらったからそのお礼ということだった。
「温かい人たちだったね」
「そうだね。ボクの毛くらいには温かいかもね」
「そうかも知れない。カイナの毛に包まれると落ち着くからね」
そう言いながら、カイナの体を撫でる。その手に擦り寄りながら、カイナはミサキの顔を見上げた。
「そういう感じなんだ?」
「そういう感じ」
そんな風に話をしながら、目と鼻の先に見えてきた街の通りを見る。活気あり、様々な人の往来がそこにはあった。恐らく市場というのはそこのことだろう。
「よっし!存分に楽しもう、味わおう!」
「おー!」
二人は、これから先に待っているであろう出会いの予感に心躍らせ、門の方へと駆け出していくのだった。
どうもこんにちは、ラウンドでございます。
オリジナル小説、如何だったでしょうか。稚拙な文章ですが、楽しんでもらえたなら幸いです。
続きを書くこともあるかと思いますが、ゆっくりと更新できればと思います。
それでは、ここまで有難うございました。