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ゲームと現実  作者: 流雨
7/7

月曜日

暇だ。


うーん、とてもとても暇だ。

私は今緑の畳の上をゴロゴロゴロゴロしている。さっきからずっとしている。多分三十分はしている。

そろそろ頭がぐるぐるして来た(痛いのとはちょっと違うのかな)から一旦止めて仰向けになり、染みが顔みたいになっている天井を見つめる。

「うー暇だー」

これを言うのはじつは、三十五回目だったりする。

徹君はずいぶん前、朝の早い時間に学校に行ってしまった。「絶対に帽子を被らないで家からでたら駄目だよ。見つかったら騒がれるかもしれないから。出来れば家から出ない方がいいけど」とか「喉が乾いた時には冷蔵庫にあるお茶勝手に飲んでいいからね。お腹が空いたら…朝の残りのご飯を食べて」とか「誰かにドアをノックされても返事しちゃ駄目だよ居留守決め込んで」とか「直ぐに帰ってくるからね。多分4時には家に着けると思う」とか色々言って。


私は笑顔で行ってらっしゃいをした。前の世界でも「行ってらっしゃい」と「ただいま」「お帰り」はよく言っていた。トールと旅を始めてからはあんまり使ってなかったから懐かしいなーとか思いながら徹君を学校に送り出して、家で暫くじっとしてたんだけど。


じっとするのがこんなにしんどいとは思わなかった…!

天井の染みを見つめていると、ゲームの世界の事が思い出される。あー…久しぶりに草原を走り回りたい。ドラゴンはもうこりごりだけど、モンスター倒したい。短剣をスライムに突き刺した時のあのぶにっとした感触!懐かしい。あと魔法も使いたいし、人の家にはいって壺も割りたい。

だけどこの世界では全部出来ないんだな。周りはビルだらけで走れないし、モンスターは居ない、魔法も何故か使えず、他人の家に勝手にお邪魔した日にはカタクシンニューザイで逮捕されるらしい。



よっと起き上がって掛け時計を見やる。時刻は午前九時をちょっと廻った所だ。徹君が出て行ったのはそんなに随分前でもなかった。


早く帰ってこないかなー。暇だなー。

またゴロゴロを再開する。部屋が狭いからおんなじ場所を行ったり来たりしてるだけだけど。

学校については昨日色々説明して貰った。日本の若者が勉強をする場所で、私は学校には付いていけないらしい。すーがくやこくごを勉強するんだって。商人から武器を安く売ってもらう話術なんかを教えてくれるんだったら、私も行きたいけど。それはともかく。


じっとしてるのは性に合わない。何処か出かけようかな?でも出来るだけ外には出るなって言われてるしなー…家で何か出来ないかなーっと


「そうだ!」

バッと飛び起きて拳を作る。体制を急に変えたのでちゃぶ台に足の小指を思いっきりぶつけてしまい、その辺りにちょっと違和感が走った。けど痛みは感じないからスルーする。


ご飯だ。今の私が家で出来るもの。私は昼ご飯要らないけど、徹君の為に晩御飯でも作ってあげよう!いい暇つぶしになる。


料理は、お婆ちゃんと一緒に暮らしてた頃に私が担当として一日一回作っていたから、結構自信がある。私はお腹が空かないからいいけど、きっと徹君は晩御飯を食べる。徹君が帰ってくるまでに作って驚かせよう。人一人で入ったらすぐ満員になる台所に立って、まな板出してー、フライパン出してー、包丁もみっけ。


私が料理を作るのは、暇つぶし兼徹君にお世話になるお礼って事でひとつ。まだ元の世界に戻る方法も見つかってないし、もし一生戻れないのだったら暫くはこの家に居候する事になる。タダで住まわせてもらってるのに何もしないっていうのはちょっとねー、という訳だ。異世界から来た私に出来る事なんてほとんどないし、逆に迷惑をかけたり教えてもらってばかりだけど、自分なりに少しでも徹君の役に立ちたい。


まな板をじっと見つめて、腕を組みながらうーんと唸る。何を作ろうかな?なるべく時間がかかるやつがいい。

メインデイッシュはご飯とやらで良いよね。作り方は昨日の夜と今日の朝徹君がやってたのを見よう見まねでやれば行ける筈。ボタンをピッピッで押すだけだもん、私でも出来るよね。

冷蔵庫を開けるとお誂え向きに何か…無い。

何だろうこの瓶。それに透明な袋が一杯。中に何か詰まっている。表面に文字が書いてあるけど、生憎読めなかった。

あ、キャベツとレタス。卵もある!それにこの薄っぺらいのはハムかな?私が知ってるのも幾つか見つけて嬉しくなった。


じゃああれだね、この野菜達でサイドディッシュのサラダを作って、この得体の知れないやつら(分からないけど、冷蔵庫に入ってたんだから食べ物でしょ?)で何か(適当にやれば何とかなるよ、きっと)を作る!それで決定だ。


「この赤いやつはヒリの実に似てるからヒリの実と仮定して、こっちの柔らかい肉みたいなのは…」


思い立ったら直ぐ決行。こうして私の適当極まりない料理が始まった。帰ってきたら徹君、どんな反応するかなー。わくわく。




「…………。」


一応、できた。


終わった。いろんな意味で終わった。

私の目の前には白い湯気を立てる見た目は普通そうなご飯と、これは自信がある切って盛り付けるだけのサラダと、

「……oh…」

思わずそんな言葉が出るくらいに黒い物体が頓挫していた。何ですかこれー。この世界でも前の世界でもこんなの見たことないよー。はははー…


これは食べちゃ駄目だ!とサイレンを鳴らす直感を聞こえないふりをして、手で掴んで口に運ぶ。鼻はもう一つの手で塞いでいるから大丈夫。味見して、無理だったら捨てなきゃいけないからね。


結果、私の正常に設定された舌は受け付けなかった。舌にブツが触れた次の瞬間には、ソレは床の上に無様に転がっていた。

「……ッ!」

飲み込んでも無いのに咳き込む。駄目だ完全に失敗作。早く処分しないと!死ぬ!


地球外生命体をゴミ箱に放り込んで蓋をし、溜息をついた。得体の知れないものは触らない方が身の為だと実感した。…しかし、折角買ってきた食料、無駄にしちゃったな。徹君に申し訳ない。何も考えず料理した私が悪かったです、すみません。


「だっだけどサラダなら!」

これは自信ありだ。野菜を洗って切って器に乗せるだけ、とても簡単だから。一口頂く。

「うん.うーん…うん」

うん。としか言いようが無かった。うんうん、うん。普通過ぎてうんしか言えなかった。


ご飯は噛めないくらいに柔らかかった。おかしいな、ちゃんと徹君がやってるのと同じ様にした筈なのに…べちょべちょしてる。


でもこの二つは食べられない訳じゃない。

この世界に来て初めて作ったにしては上出来じゃない?一つは壊滅的だったけど。一つはボタン押すだけだったけど。一つは切るだけだったけど。まあまあまあ、良いんじゃないかしら。

蜂蜜もびっくりするくらいのかなり甘々な自己評価を下し、ふふっと鼻をならしてご満悦になった私は、あと二時間強を自分の手料理を眺めて過ごした。



がちゃっと扉が開く音がして、寝転んでいた私はまた飛び起きて卓袱台に足の小指をぶつけた。違和感。

「ただいま」

「お帰りー!」

玄関から聞こえて来た徹君の声目掛けて、忠犬のように部屋から走って迎え出た。私が本当に犬だったら尻尾が千切れるくらいに振っていたかもしれない。

徹君は朝出て行った時と同じ格好で、少しだけ息を切らせて靴を脱いでいた。走って帰って来たのかな。精悍な徹君の顔が上がって私を見る。

「良い子にしてた?誰も来なかった?」

ギクッとして目をそらしてしまった。ブンブン振られていた私の尻尾(空想)がぺたんと垂れてしまう。

「大丈夫…だったよ、多分」

一言目とは大違いの歯切れが悪い返事になる。

「?」

不思議そうな視線を背中に受けて冷や汗をかきながら私は先にリビングに戻った。もちろん後から徹君もついてくる。この失敗作、どうやって説明しよう。最初から隠すつもりは無いし、ちゃんと謝らなくちゃいけない。


台の上の二分の一を占拠する茶碗とお皿を見つけて徹君が驚きの声を上げた。

「どうしたの、これ」

「作ったの」

へえ、アンナが自分で?凄いねと感心した相槌を打ってくれる。床に正座し、私は言う覚悟を決める。膝に置いた私の両手が、拳を作ってきゅっと握られる。

「ごめんなさい!」

六文字を言うのに結構な苦労と勇気が必要だった。でもそこから先はすらすらと出てくる。

「暇だったから料理作ろうと思って、冷蔵庫の中にあったやつ勝手に使っちゃった。ご飯とサラダは出来たんだけど、一つは失敗しちゃって。ごめんなさい」

そもそもこの家の主である徹君に許可を得ずに勝手に食材を使った事から間違っていた。それとちゃんとした料理も知らないで適当に作ったのと。頑張れば何とかなるでしょ、って思ったけど全然駄目だった。絶対失敗するって、何で気付かなかったかな、九時半頃の私。


多分、いい暇つぶし兼徹君へのお礼を見つけて舞い上がってたんだと思うけど。


私は顔を合わせづらくて、意味もなく卓袱台を睨んでいた。暫く、どちらも黙っていた。


紺色のズボンが交互に動いて、私に近づくのが視界の端に見えた。怒られるかな、と思ってちょっと身を竦ませたけど、徹君は私の頭に手を置いただけだった。

「有難う」

直ぐに頭の上の感触が消えて、私が顔を上げた時には、徹君はもうご飯に手を付けはじめていた。


怒って…ない?

テーブルを挟んで向かい側に座った徹君は、お箸を取って合掌し、私が作った柔らかいにも程があるご飯を何度もこぼしながら食べる。美味しそうにでもなく、不味そうにでもなく、無表情でもぐもぐ噛む。

ごくっと喉が上下して、一口を食べ終わった徹君が微笑しながら私に言ってくれた。

「うん。食べれない味ではない」


………。


正直者だなあ、徹君は。

私は思わず吹き出してしまった。

「だよね!食べれない事は無いんだけどね」

「もうちょっと水は減らした方が良かったね」

「水かー」


ただ水道の水を入れてガシャガシャ混ぜてセットするだけじゃ駄目な様だ。今度作る時は、ちゃんとこの世界の常識がある人と一緒に作ろう。明日またチャレンジ出来たらしたいな。でも昨日の今日だから徹君にダメって言われるかな?でも折角今学習したんだから、直ぐにでも実践…というか、リベンジしたい。今度こそまともなご飯と料理を作りたい。


(暇だから、じゃなくて、徹君の為に作るんだ!)

私は台の下で拳を握って、密かに心に決めた。


「具体的に、今日の昼間はどうしてたの?ずっと料理を作ってた?」

いつの間にかご飯を食べ終わり、普通すぎるサラダに取り掛かっていた徹君が聞いて来た。私は大きく首を縦に振る。

「うん。最初はひたすらゴロゴロして、途中から思いついて作ってた」

「そっか」

徹君は右に持っていた箸と左に持っていたお椀を置き、一つ何処ぞのお城の大臣みたいに頷いた。さらに腕まで組んでいる。


「これから平日のお昼は、ずっとアンナにお留守番して貰うことになるよね。それは流石に退屈だから…何か暇つぶしになるものを考えなきゃいけないな」

お、おおー。マジですか?私は手のひらを卓袱台に付いて、身を乗り出した。

「何?何?何かくれるの?私は「姫君と海の大陸」がやりたい!」


徹君はまた気難しそうに唸った。

「だけど生憎そんなお金は無いんだ。今月は特に」

「ええー…そっかー」

しぶしぶ引き下がった。

これは文句は言えない。徹君にお金が無いのはほぼ私の所為だし、そもそも居候の身で家主に物をねだるのは良く無いからね。

お金がかからなくて、尚且つ家で楽しめて、長い間一人でやっても飽きないもの…そんなのあるかなー?

二人は同じ腕を組んだポーズで、同じく首を傾げながら、同じうーんと言う台詞を言った。

暫しの沈黙。だがさっきとは違い重苦しい雰囲気は皆無だった。


次に口を開いたのは、私じゃなくて徹君だった。何か閃いたみたいに手をポンと叩く。


「征二の所はどうかな?」

人差し指を立てて提案する徹君に、私は心の底からの感嘆の声を漏らした。

「それはアリかも!」

征二君は徹君のお友達で、私の正体(って言ったら何かかっこ良いね!)を知る数少ない人物の一人だ。って言うか征二君と徹君の二人しか知らない。


征二君の所にならあのゲームがある。頼めばタダでやらせてくれるだろう。

「だけど…一人で行っていいの?」

征二君の家までの道のりは大体覚えてるけど、一人の時はこの家からはあんまり出ない方が良いんじゃなかったっけ?

私の質問に徹君は首を横に振った。

「何の目的も無くブラブラ歩いてると、他の人にアンナの正体がバレる可能性が高いから無闇矢鱈と出るのは止そうってだけで。目的があるのなら大丈夫だよ」

徹君にしては長い台詞を喋ってくれた。そんなもんですかね?


でもそっかそっか。征二君の所だったらゲームし放題だし退屈しないよね。

私は平日の暫くの過ごし方を決めた。

後、重大な事が残ってる気がするんだけど。

「征二君が、了承してくれるかどうかだよね」

本人が良いよと言ってないのに家に押しかけるのはやっぱりカタクシンニューザイなんだろう。そこが一番大事で、且つ私が心配する事だった。


またもや徹君は首を振る。

「僕が説得するよ」

これはまた断固とした口調で言ってくれる。何としてでも征二を納得させる、みたいな気合いが篭っていそうだ。

だけど、まあ徹君なら何とかしてくれるよね。徹君も説得するって言ってくれてるし、一回しか会った事が無くても、征二が押しに弱い…もとい、優しい性格なのはわかるから。頼み込めば嫌々ながらも了解してくれる、きっと。


「じゃあ決定ー!明日は早くに起きなきゃ」

「決定ー」

私が染みのついた天井に向かって拳を突き上げると、徹君もそれに合わせて手を挙げてくれた。


私は食料を無駄にしたせめてもの罪滅ぼしに茶碗洗いをして、貴重なお皿を落として割りかけて平謝りしたりして〈中略〉寝た。眠くは無かったけどね。


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