?の世界
次に私が目覚めたのは、地面だった。雑草が生い茂っていてドラム缶が3つ積まれてある場所。お世辞にも綺麗とは言えない。
「…あれ?」
いつもなら、最後のセーブポイントである「草原に建つ宿屋」の筈だ。ここ何処?
疲労感も傷も無い体を起こして辺りをきょろきょろしてみるけど、少なくとも自分の知っている場所じゃなかった。丁度頭の真上に太陽が来ている。お昼ぐらいだ。
仲間も居ない。これもいつもと違う点だ。全く知らない場所で、一人ぼっちの状態。だけど私は、違和感を覚えただけで焦りもしなかった。まあトール達にはまたどっかで会えるでしょ、とお気楽に考えて、さらに相違点を調べる。自分でも驚くほど冷静だった。
あともう一つ。いつも何処からか聞こえてくるBGMが聞こえなくて、代わりにブーンっていう変な音が遠くから時々聞こえてくる。
音のした方を探る為に外を見ようとする。
レンガで囲まれた四方の内、一辺だけレンガがない辺があり、そこから顔をだして覗くとやっぱり今まで見た事の無い景色が広がっていた。
…何なの、ここ。
私はこの時点で、初めて焦った。
地面が灰色だ。草で覆われた緑でもなく、木の床の茶色でもなく、明らかに自然に出来た物じゃない灰色。私は自分がさっき目覚めた場所を囲っていたレンガと、灰色の道路を見比べる。レンガが灰色なのはまだ分かる。あまり見たことは無いけど。でも道が灰色って!地面にレンガを埋め込んだのかな?でも何の為に?
私が探偵紛いの事をし始めた時、さらに異質なものが。
「!」
突然ブーンっていう音が近付いて来たかと思うと、私の目の前を四角い大きい箱の様な物体が凄いスピードで通り過ぎて行ったのだ。危うくぶつかる所だったけど、私の卓越した運動神経で寸前にバック転して衝突を免れた。
何、あれ。あんなの見たことない!
少なからず驚かされて、心臓がバクバクした。黒くて光ってて、側面に何かいろいろ付いていた。早くてよく見えなかったけど、あれは多分ガラス。中に人が居た気もする。でも、知らないものについて考えても何にもならない。まず、ここは何処なのか手掛かりを…
また辺りを見渡す。今度目に入ったのは、道路を挟んだ向かい側に並ぶ複数の家だった。まず、私の知っている家と同じ様な焦げ茶の木造建築があってホッとした。
だけど中には、表面がつるつるで白乳色の変なヤツもあった。しかもそういうやつに限って屋根がやたら高い。もしかして二階があるのかな?それともあの変な建物はみんな修道院や協会みたいな天井が高い作りなの?
…なんか見た限り、違う世界に飛ばされた気が。ま、まさかね。シナリオにこんなのは書いてなかったけど、何かの手違いかバグが起こったとしても違う世界に飛ばされるなんでそんなゲームみたいな事がゲームの世界で起こる訳がーーありそうだ。
「いや、でもゲームの世界だからやっぱりゲームの中の出来事で、あれ?ゲームはゲームだから…」
「そこで何してるの?」
吃驚した。文字通り背筋が凍った。姿も無く、いきなり誰かに話し掛けられたのだ。
「はっ、はい!」
反射で後ろを振り向くけど、声を掛けられたのは前からだった。レンガが邪魔をして見えなかったのだ。
「お?」少年だ。皮の衣を着ていなくて、なんか全身真っ黒の奇抜な服装だけど、目と鼻と口と耳がついているから人間だ。みた目は十代後半って言ったところ。黒髪黒目でちょっと珍しい。少年は私を無表情で見て口を開いた。私が普段使っているのと同じ言語だった。
「君、誰?」
初対面だけどむかっとした。ので言い返す。
「まず自分が名乗るのが先じゃない?」
少年は思い出したようにああ、と言って
「僕は徹。君は誰?」
三回目の質問をした。
「テツ、君」
少年の名前を口で反芻しながら覚える。
私も、自分の胸に右手を当ててとりあえず自己紹介する。名乗ってくれたんだから名乗り返すのは礼儀ってもんでしょ。
「私はリリー。えっと、何か用?」
初対面の男の人に話しかけられるのは大体ナンパだけど、真面目そうな少年がナンパは考えにくい。今いろいろパニックなので、出来れば難しい質問は辞めて頂きたい。むしろ此処が何処なのか聞きたい。
「君、初期設定の名前は?」
「はあ?」
思わず素で聞き返して、後で自分の「主人公と出会う前の名前」を聞かれているんだなと理解する。主人公と出会い、仲間になってから私達の名前は自由に変えられるのだ。主人公に。まあ「アイウエオ」とか「オッパイ」とか変な名前じゃなくて良かったよ。時々付けられたりするからね。
「アンナよ」
改めて名乗り直すと、少年は僅かに眉を上げた。一応驚いているみたい。
「アンナって…やっぱり、あのゲームの」
「?」
ブツブツ呟いてるからよく聞こえなかったけど、今ゲームって言った?どういう意味?
私が訳わからないって顔をしていたら、徹君はまたああ、と言って口を開いた。
「君が住んでいるのは何処?もしかして、海の大陸?」
随分規模が大きいな。そりゃ大陸に住んでるよ。
「え、うん。そうだけど」
当たり前の様に答えると、信じられないって顔をされた。
「凄い…アンナが現実世界に居る…」
心なしか徹君の目が輝いてる気がして、さらに嫌な予感までした。
「ここは海の大陸じゃないの?」
「違うよ。日本列島だ」
………。
「え、日本?」
「うん、日本」
にほん。NIHON。ニホン。私は自分の脳内辞書からその言葉を牽引する。あ、あった。「私たちのゲームの世界の主人公を操作している人が住んでいるであろうと思われる地。私たちの世界と言語が同じ。でも世界は違う
きらきらした瞳で徹君が言った。
「君は違う世界に飛ばされたんだよ」
…あー、そういう事ね。なるほど。
「驚かないの?」
徹君が私の目を見て聞いた。うん、そうだなー。正直な感想としては、
「驚きすぎて何も言えない」
もはや感想じゃない。へえー、日本。初めて来るけどこんな所なのか。思っていたのとちょっと違う。
黒髪黒目は珍しいと思ったけど、ここでは普通みたいだ。むしろ私みたいな緑の髪とか紫の髪とかの方が珍しいようで、道行く人がちらちらこちらを見てくる。なんなの?そんな変なものを見るような目で見ないでよ、と睨み返す。
いや、本当に吃驚してますよ?何なら叫びましょうか?
「ってええええ!?日本!?」
みたいに。叫ばないけど。
そうか、私はドラゴンに倒された時に何らかの手違いで違う世界に飛ばされたんだ。
なんかすごいな。はい感想終わり。
「まあ長話もなんだし、座らない?」
「そうしようか」
二人して地べたに座る。日陰だったけど、
灰色の地面は硬くて熱かった。
「で、いろいろ君に聞きたい事があるんだけど」
「まだちょっとパニック状態だけど、取り敢えず大元の疑問(ここは何処だ?ってやつ)は解けたから良いよ。何でもどうぞ」
私は考える。異世界に飛ばされたんだったら、転移の魔法でもとの世界に戻れば一発じゃない、と。「テレポート」って天に叫べば、不思議な力が行きたい場所に連れて行ってくれるから。そんなに騒ぐ事でもないんじゃない?と。
「私も聞きたい事が一杯あるから早めに終わらせてね」
どうせだったら異世界を観光してから帰ればいいじゃん?
「了解。じゃあ一つ目」
こほん、と徹君が咳払いを一つする。やけに改まってんなー。
「君って魔法が使えるの?」
「勿論」
「へえ、凄い」
おお。魔法が使えるのが当たり前だと思ってたから、凄いと言われて悪い気はしない。どうやらこの世界では、魔法を使える人は少ないみたいだね。
「じゃあ使ってみて」
若干声が震えているのはなんでだろう?と思いながらも快諾する。
何が良いかなー。どうせやるなら攻撃魔法が良いんだけど、と立ち上がって道を物色する。ここら辺はスライムとか居ないのかな?さっきからやかましい音を立てながら通り過ぎる変な箱しか見かけない。
うーん、じゃああの四角い箱でいいや。さっき驚かされたし、仕返ししてやろう。
「あの箱、なんて言うモンスター?」
「箱でもモンスターでもなく車だよ」
そのクルマとやらに向かって炎をお見舞いするべく呪文を唱える。隣では無表情なりに目を輝かせて待機する徹君。期待には応えなければ。
「あれ?」
いつもなら、直ぐに体の中に不思議なチカラがみなぎってくる筈なのに、いつまで経っても力が湧いてこない。五分待ってみたけど、全くだった。
「嘘。…魔法が使えない?」
そうなると話は別なんだけどっ!?
テレポート使えなかったらどうやって元の世界に戻るの!?
一人狼狽する私に、不思議に思った徹君が「どうしたの」と聞いてくる。
「魔法が使えないみたい。なんでか分からないけど」
他のも試したけど、駄目だった。まず力が出てこない事には、炎も氷も出せないし、転移も回復も出来ない。
「ええー…どうしよう…」
ちょっと焦る。いやかなり焦る。これはヤバイんじゃない?元の世界に戻れないって…
私が地面に両手を付いて「orz」の姿勢になると、上からさらに徹君の声が降ってくる。
「魔法が使えなかったら元の世界に戻れないの?」
「多分。使えても戻れるかどうかはわかんないけど…」
「そんなに元の世界に戻りたい?」
もちろんと答えようとした。でも、よく考えてみると
「別に戻りたくないかも?」
だってトールは無謀なクエストに懲りもせず何回も挑むし。ハリスは馬鹿でむさ苦しいし。ジャックは良いヤツだけど時々キザくてウザいし。主人公の前ではシナリオ通りの言葉しか喋れないし。まず私以外の仲間が全員男ってどうなの?とか。
私、いい加減あの世界には飽き飽きしていた…かもしれない。
「じゃあ別に戻らなくて良いんじゃない?」
「そう言われてみればそうかも」
こっちの世界の方が面白そうだ。知らない事も一杯あるし、暫くは退屈しない筈。
「もう一つの質問はそれ」
「どれ?」
「これからどうするつもりかって事だよ」
「あー。わかんないけど、しばらく様子見かなー」
「じゃあ僕の家に来る?袖振り合うも多少の縁って言うし」
よく分からない言葉はスルーで、家という単語にだけ反応しておく。
「あ、それは有難いかな。宿屋みたいな所?」
「お金は取らないよ」
さらにラッキー。所持金は全部トールが持ってたから、今私無一文なんだよね。所持金ゼロリル。
何かすごい普通に決定してるけどいいのかな?
「そういえば、何で貴方は私の事知ってるの?」
「僕も持ってるんだ。『姫君と海の大陸』」
どことなく嬉しそうだ。姫君と海の大陸っていうのは、私達が登場するゲームの事。ちょっと閃いたので、冗談半分に聞いてみる。
「まさか、主人公の名前、トールだったりしない?」
「…まさか。」
顔を逸らされた。
「んん?何か怪しいわねー」
「本当に違うよ。それより、日本がどんな国なのか知りたくない?」
「あ、興味ある。私の世界との相違点も」
「僕が教えてあげる」
若干話をむりやり転換させた気がしなくもないけど、まあいいか。
それから徹君はいろいろな事を教えてくれた。まず、モンスターが存在しないという事に吃驚した。じゃあクルマもモンスターじゃなかったんだ。あと、皆魔法が使えない事や、剣や弓を持っていると「警察」っていうのに捕まるって事や、お金の単位がそもそも違う事や、徹君が着ている服が制服っていう事や、灰色の地面はアスファルトっていう事などなど。私が思いもしなかったものばかりで、やっぱり聞いてて飽きなかった。でも剣が使えないのは不便だな、と言ったら代わりに包丁があるよ、と言われた。ナンデスカソレ?
「へえー。ゲームの世界ってやっぱり何でもありだったのね。現実はもっと不便ね。空を飛べないなんて考えられない」
「あれ、なんで君は自分がゲームの中の登場人物だってことを知ってるの?」
「お婆ちゃんが教えてくれたの。まだトールーー私のデータの主人公と出会う前に」
いいかいアンナ。この世界は本物じゃあないんだ。都合のいい時だけ死んでも生き返る、傷付いても痛くない、直ぐに回復するなんてね、異常なんだよ。私達が住んでいるこの世界はゲームで、私達は神様に与えられた通りのシナリオに沿った人生を歩まなければならない。アンナ、お前は「主人公」の「仲間」にならなければいけないんだよ
とか言われたっけなー。