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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
9/61

08 貴女に忠誠を

 一人になったリリアナは会場に居る気にもなれずバルコニーの脇の階段を降りて、噴水の側に近づいた。噴水からは水が小さく音を立てて流れ続けており、それを見ているだけでもほっと心が休まるのを感じた。上に見える開け放たれた大きな窓からは僅かなワルツと誰かの話し声が聞こえるが、静かな水の側は透明な壁を挟んだ別の世界のようだった。

「――リリアナ様、こんなところでどうされたのですか?」

 この辺りには兵しかいないはず、そう思って油断していたリリアナは突然かけられた声に驚いて振り返った。自分に話しかける貴族なんて誰か居ただろうかと頭を回転させながら振り返った先に居た人物はここ最近よく見る彼だった。

「貴方はローレンス様……」

「はい。外に出るお姿を見つけ、追って参りました。いくら城内とは言え、こんな暗がりに居ては危険です。中へお戻り下さい」

 初めに見た時と同じ白い制服に身を包んだ彼は何事もないかのように言って中へ入るように促す。騎士団は当番で会場内の警備にあたると聞いたから彼がいてもおかしいことではないのだろう。しかし――。

「……私の名を知っていたの?」

 リリアナは小さく首を傾げた。確かに彼には街で過ごすときに使うリアという名を伝えたはずだった。その後も姫という身分を名乗ったこともないし、気付いたという素振りも彼は見せたことが無かった。

「いえ。実は初めから存じておりました」

「初めから知っていたの……?」

 ローレンスの言葉にリリアナは耳を疑った。彼がリリアナが住む離宮のあるフリアンを訪れたのはつい最近のことだ。その時からローレンスはリリアナの秘密を知っていたと言う。フリアンの孤児院で過ごしていた間、彼は今のように姫に対する態度のようなものを取ったことは一度としてなかった。

「フリアンを調べていたのも個人的に興味があって調べただけのこと。他の者にはなかなかリア様とリリアナ様が同一人物だとは気付きません。分かっております。このことはベルリナーズの名に懸けて、他言は致しません」

「でも、何故そこまでしてくれるの?」

 彼はそれを誰にも話さないと言う。確かにローレンスの申し出はリリアナにとってはとても助かるものだ。しかし、彼がなぜそこまでしてくれるのかが分からなかった。

 王位継承権が男系優先のフォンディアではリリアナの王位継承権は無いに等しく、それは上の兄や姉が全て死んでしまっても伯父へ継承権が移るだけのことだ。ローレンスが王族を全て亡き者にするくらいしなければリリアナの血を狙う必要もないだろう。強いて利点を挙げるならば、王族との繋がりを持てることかもしれないが、ローレンスの家柄を考えればその必要も無いように思える。それだけに彼の言葉はリリアナにとって理解に苦しむものだった。

「それはリリアナ様が自由に羽ばたく姿を見ていたいからです」

 ふわりと優しく笑う彼に一瞬目が奪われた。

「どうか、私を姫の専属騎士にしていただけませんか?」

 続いた彼の言葉にリリアナは戸惑いを隠せなかった。まるでただの挨拶を交わしただけかのよう平然としているローレンスに対し、リリアナは戸惑うばかりだった。

「……あなた、それがどういうことが分かってるの?できないわ、そんなこと。貴方にとってそんなに簡単に言える言葉じゃないはずだわ」

 王家にのみ許される権利がある。王と王妃、それに王位継承権を持つ者は近衛騎士がいる。もちろん王位継承権を持たない王子や姫も近衛騎士が守ってくれる。しかし、それはある程度だ。非常時の彼らはもちろん王と王妃、王位継承権を持つ者を優先して守る。その時のために専属騎士という制度がある。それは自由に誰を選んでも良く、従来の騎士から独立した立場で任命した人物以外の命令を受けることが無くなる。しかし、その代わり従来の騎士の制度からは外れてしまうので出世などは期待できない。つまり、いずれ降嫁されてしまうであろうリリアナに付くのは出世を諦めるということに他ならない。リリアナが降嫁した後はどのような処遇になるかはその時にならなければ分からないのだから。

 ベルリナーズ伯爵は名門貴族であるが、跡継ぎは彼の兄だ。次男である彼自身は身を立てて暮らしていかなければならないはずだ。ベルリナーズという家柄を考えると、ローレンスを婿にと望む者は多いだろうと思われたが彼がそれで満足するような人物には思えなかった。リリアナの年齢を考えても、専属騎士が必要なのもあと数年だろう。彼はその数年のために出世を諦めるつもりだと言っている。

「はい。分かっております。姫様が飛ぶ先をお側で見ていたいのです。私は側で仕えていないと何を言うか分かりません。私は役に立ちますよ」

 彼は笑顔を浮かべたままリリアナを見つめた。間違いなく、ローレンスはリリアナを脅していた。しかし、彼の申し出はローレンスには不利なことが多いがリリアナには不利なことは少ない。事情を知った専属騎士が居ればリリアナも動きやすくなるだろうし、身の安全もある程度確保される。彼の家柄も考えると反対する者はいないように思えた。リリアナが覚悟を決めて頷くと、ローレンスは前に跪いてリリアナへ自身の腰へ挿していた剣を抜き差し出す。

「……分かったわ。リリアナ・メル・フォンディアがローレンス・ベルリナーズに専属騎士となるよう命じます」

「剣に誓います。リリアナ様に忠誠を」

 ローレンスに差し出された剣の先へリリアナが唇を落とす。これで任命は完了だ。後は騎士団に書類を出せば、彼は正式なリリアナの専属騎士になる。

「後悔しても知らないわよ?」

「私は後悔という言葉を存知ません」

 リリアナが念を押すようにじっと見つめると、ローレンスは嬉しそうに言い切って笑う。そんな彼を見るとリリアナには何も言えなくなってしまう。

「さぁ、姫様。中へ戻りましょう。風邪を召されるといけません」

「分かったわ。そうだわ、これを胸に」

「……ありがとうございます」

 差し出された手を取ろうとして、その手を自分の結わいた髪へ伸ばす。そこに飾られた花を一本抜き取ると彼の胸へ挿した。それは白の花だった。百合に似たその花はフォンディアナと言い、王家の名から名前が付けられた花で王家を象徴する花だ。本来の専属騎士であれば姫を象徴するものを身につけるのだが、今は舞踏会用の衣装しかないため当然無い。仮のそれではあるが、彼が専属騎士である証明になるだろう。ローレンスはその花が自分の胸に挿されるのをを視線で追って、嬉しそうに微笑んだ。

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