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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
留学編

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04 笑顔の下に

 今日はガルヴァンへ留学してから初めての夜会だ。グリーディア城へ到着直後にも王族との晩餐会などはあったが、こうして他の貴族もいる夜会に招かれるのは初めてのことだった。

 リリアナはヴィルフリートの瞳の色に合わせた花の形を模した燃えるような赤色のイヤリングとネックレスを身に着け、ドレスの色は控え目な紺色。いつものようにフリルの類も控え目だが、ラインが綺麗で細身のリリアナだからこそのデザインと言えるだろう。色こそは紺と地味であるが、スカートの部分に散りばめられたパールがきらきらと光を返すのが美しい。

 人前に出ることはとても緊張することであるのだが、今日はその比ではない。化粧を施したリリアナはそわそわと居ても立っても居られずに、座ったり立ったりを繰り返していた。これが夜会の前でなければ、お茶を飲んで気を紛らわせたいところであるのだが、口紅が落ちてしまうためにそれも出来ない。

 ただでさえ緊張しやすい性質であるのだが、この緊張の理由はここが知り合いのほとんどいないガルヴァンであるということだけが理由ではない。


「――リリアナ様、お迎えに上がりました」

 侍女に到着を知らされて、応接間へ移動すると白い詰襟の軍服を身に纏ったヴィルフリートが居た。ヴィルフリートは王族でありながら軍部にも所属しているということで、式典用の軍服を着ているらしい。

「お待たせして申し訳ありません」

「いえ。少しも待っていない。貴女と会えることを楽しみにしていたら、こんな些細な時間はあっという間だから」

 リリアナが恐る恐る顔を上げて彼と目を合わせると、ヴィルフリートは目元を細めて微笑んで改めてリリアナのドレスを見た。

「そのドレス、着てくれたのだな。よくお似合いだ。まるで夜空に輝く一番星にようだな」

「ヴィルフリート様、お上手ですのね。でも、このドレスとっても素敵で、なんだか勿体無いくらいです」

 この紺色のドレスはヴィルフリートにこの夜会のためにと送られたドレスだ。ドレスの好みに関しては当然ながら彼に一度も話したこともないが、それなのに彼はリリアナの好みのど真ん中を選んでくれた。紺色もリリアナの好きな色だし、装飾が少ない分、スカートに散らばったパールが上品であまり広がらないのリリアナのお気に入りだ。どちらかと言うと、大人っぽいとは言われないリリアナには大人びたデザインかと思ったが、着てみるとしっくりくるデザインだった。

 少し照れているリリアナをヴィルフリートは嬉しそうに見つめている。

「何、本当のことを言ったまで。リリアナ様に気に入っていただけて嬉しい。しかし、今日の貴女は本当に美しい」

「……ありがとうございます」

 照れるそぶりも見せずに言い放つ彼の言葉にリリアナはたじたじだ。どうにかお礼を言うのが精一杯で、そんなリリアナをヴィルフリートはにこにこと楽しそうに見つめていた。




「リリアナ様、覚えておられるか?私が舞踏会のエスコートを買って出た時のことを」

 夜会の会場までヴィルフリートに手を引かれ歩いていると、懐かしむような声色で彼が口を開いた。

「ええ。もちろん。ヴィルフリート様ったら突然いらっしゃるのですもの。あんなに驚いたのはあれっきりですわ」

 リリアナはヴィルフリートの言葉にくすりと笑みを零して頷く。本当はダンスの先生であるユーグと供に出るはずだった舞踏会。いつの間にか彼がエスコート役を買って出て、ダンスの相手まで勤めてしまった。

 あれはまだヴィルフリートとは顔を合わせたばかりの頃で、そのことを知らないジゼルにはあの後思いっきり叱られてしまったのも良い思い出となっている。あの時ジゼルに事前に聞かされていた噂では恐ろしい男だと言う話であったが、実際に会ってみた彼はとても優しく温かい人だった。あの出会いが今日のこの日まで繋がるのだから、不思議なものだなと感慨深い。


「あの時、私は暗い洞窟の中に居た。その私を明るい光で照らし出し、救い上げてくれたのはリリアナ様だ」

「そんな……私は何もしていませんわ」

「私はリリアナ様を好きになって良かった。そして、これから貴女と供に生きていけること、何よりの僥倖であろうな」

 ヴィルフリートはそう言うと、彼に預けていたリリアナの手を持ち上げてその甲に唇を落とした。

「ヴィ、ヴィルフリート様……!」

 そこは往来の廊下の真ん中だ。王族であるヴィルフリートたちを咎められる者なんてほとんどいないだろうが、それと羞恥心はまた別の話である。思わず顔を林檎のように染めて、目を瞬かせるリリアナをヴィルフリートは満足げに見つめて微笑んだ。


 彼が話す、暗い洞窟とはきっとユリシアに向けた想いのことだ。リリアナの姉であるユリシアに向けた想いは彼に少しずつ黒い影を齎していた。今となっては分からないが、あのままであったのならば彼の思いがリリアナの知るストーリーのように進んでいたということもあったのかもしれない。ユリシアへの想いが膨らみ、そして彼女を攫ってしまう。それほどまでに想うというのはどういうものだろうか。


 そう考えて、リリアナの胸がちくりと痛む。

 ユリシアはリリアナにとって、とても大好きな優しい姉だ。女性らしく、可憐で美しい自慢の姉。彼女の婚約者のランベルトでなくても、誰だって彼女のことを好きになるのは当然のこと。リリアナだって好きなのだから当たり前なのだ。


 ――でも。

 ヴィルフリートは確かにリリアナとの結婚を望んでいたが、もしユリシアがヴィルフリートを選んでいたら?

 考え出したら切りのないこと。分かっていても、考えてしまうことを止めることができない。今までは恋なんて他人事で、自分が一生誰かに恋焦がれることなんてないだろうなんて思っていた。然るべき時に然るべき人と添い遂げるのは、王族としての当然の職務。それを嫌だと考えたこともなかったが、それと同じくらい誰かに恋をすることなんて考えてみたこともなかったのだ。

 誰かを好きになることはとても素晴らしいことであると思っていた。きっと陽だまりのように温かくて、花畑の中にいるかのように夢心地なのかもしれないと。

 でも、現実にはこんなに苦しくて辛い。もし自分がユリシアであったのであれば、彼の気持ちをそのまま受け止めることができたのに。そこまで考えてリリアナは、はっと我に返った。


「――リリアナ様、顔色が悪いようだが?」

「その、緊張して今日は食事が通らなくて」

 気が付くと、そこは夜会会場の扉の前だった。目の前には心配そうにリリアナの様子を伺うヴィルフリートがいる。リリアナは誤魔化すように笑みを浮かべて、首を振る。

「挨拶を終えたら、一緒に何かいただくとしよう。そう言えば、前の舞踏会の時にもリリアナ様は緊張しておられたな。私が傍に居る。そう不安がらずとも問題ない」

 リリアナの言い訳はかなり上々のものだっただろう。ヴィルフリートは疑う様子も見せずに、リリアナを安心させるかのようにふわりと目元を細めて微笑んだ。リリアナはヴィルフリートに嘘を吐いてしまったことを小さく悔やみながら、彼の笑みに同じように笑みを返して頷いた。


 人前に出ることが恐いのではないのです。

 ――貴方を失うことが恐いのです。


 その言葉は笑みの下に隠して。

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