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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
6/61

05 月夜の舞踏会

「……久しぶりでもやっぱりここは落ち着くわ」

 ようやく息を吐いてぐっと背伸びする。そこは城の庭の奥にある薔薇園だった。美しく整えられたそこも場所のせいで近寄る人間は少ない。そのおかげでリリアナにとってはゆっくりと肩の力を抜ける場所の一つであった。

「一応ステップの確認しておいた方が良いかしら」

 一人呟くと、心の中で123とテンポを刻む。いくら苦手とは言え、大衆の面前で先生の足を踏むのは避けたかった。城内の端にあるとは言え、整えられた庭園は美しく敷いてあるタイルも王族や貴族が転ぶことが無いように念入りに平坦になっているためよっぽどのことがなければ躓くことも無いだろう。リリアナは心の中でテンポを数えながら足を動かす。ただテンポに乗ってやるのは平気だが、人前だとどうしても緊張しまって、音楽を聴いていると訳が分からなくなってしまう。

 そうしてしばらく踊っていると、ふいに視線に気付いて動きを止めてそちらを見た。兵であれば問題無いのだが、それ以外であった場合は場所が場所だけに危険の可能性もある。

「……ああ、すまない。踊りの邪魔をしてしまったな。月夜の薔薇園で踊る姫の姿が幻想的でつい見入ってしまった。私の名はヴィルフリート・ガルヴァンだ」

 恭しく胸に手をついて言った彼の言葉にリリアナは耳を疑った。ガルヴァンと言えば、つい先ほどジゼルが話していた人物のことだ。まさか、話していた矢先に会ってしまうとはと内心焦っているのを感じた。

「ガルヴァンのヴィルフリート様、兄のためにお越しいただいているとお聞きました。私はフォンディアの第三王女、リリアナと申します。私ダンスが苦手でこっそり練習していたんですの。変なところを見られてしまいましたわね」

 リリアナはにこりと王女の笑みを作ってヴィルフリートを見た。彼の瞳はガルヴァンの血筋を表して赤く、そして髪は黒い。その姿を目に止めて、また頭痛が起こるのを感じた。その痛みに思わず顔を顰めてよろけたのをヴィルフリートがリリアナの腕を掴んで支えた。

「リリアナ様、大丈夫か?人を呼んだ方がよろしいか?」

「……ええ、大丈夫です。少し貧血を起こしたようですわ。少し休めば良くなりますので」

「それではそこのベンチに座ろう」

 ヴィルフリートはリリアナを近くのベンチに座らせ、自身も遠慮がちに隣に座る。

「すみません、ご心配をおかけして」

「いえ。リリアナ様がお一人の時に倒れられなくてよかった」

 黒の髪と紅色の瞳は冷酷な印象を与えるものなのに、ヴィルフリートの瞳はとても優しい。厳しい男であるという噂は聞いたことがあったが、それも軍国の王族という立場柄のものであり、本来の彼は優しい男なのだろうと思われた。

 彼について思い出したことは、彼が姉のユリシアを攫う人だということだ。今の優しげに微笑む彼からは想像できない暴挙であるが、ユリシアに恋するあまりに叶わない不幸を呪いその行動に出てしまう。

「……いつも姉のユリシアにも心配されてばかりなんですの。今日は体調が良いと思ったのですけれど、だめですわね。私には姉が二人いるのですけど、ユリシアお姉さまはとても優しくて面倒見が良いのです」

「ユリシア様……」

 リリアナの言葉に反応して、ヴィルフリートはほうとため息を吐いて視線を遠くにやった。やはり、彼はユリシアに恋をしているのだろうと確信できた。リリアナは意識してふわりと笑うと意を決してヴィルフリートに話しけかた。

「……間違っていたらお聞き流し下さいませ。もしかして、ヴィルフリート様はユリシアお姉さまをお慕いしていらっしゃるのでは?」

「……」

 ヴィルフリートは驚いたように目を見開いてリリアナを見た。しかし、何も言葉を発することは無かった。

「やっぱり違っていました?身内の私が言うのもなんですけれど、お姉さまはとっても素敵な人です。ですから、ヴィルフリート様がお姉さまをお慕いしていてもおかしいことではないような気がして。こんなこと言って失礼に当たりますね。どうか月夜の悪戯だと思ってお聞き流し下さいませ」

「……いや。そうなんだ、私はユリシア様をお慕いしている」

 ヴィルフリートに向かって頭を下げようとしたリリアナをヴィルフリートが制した。そうして肯定するように頷いて、苦しそうに顔を歪めた。

「……まぁ。そうでしたか。よろしければお聞きしても?もちろん今夜お聞きしたことはリリアナ・メル・フォンディアの名にかけて誰にも話したりしないと誓いますわ」

「あなたはその名に誓わずとも、話したりする人ではないだろう。何から話したら良いだろうか」

 ヴィルフリートはリリアナの瞳をじっと見つめて頷くと、少しだけ柔らかい表情に変えた。

「それではなぜ姉のことをとお聞きしてもよろしいでしょうか?」

 リリアナはにこりと笑いながら漫画の記憶を掘り起こしていた。確か、姉の成人を祝う舞踏会に招かれたカルバンの王子が姉に一目惚れだった。

「それはもう6年も前になる。ユリシア様の成人を祝った舞踏会に招待され、カルヴァンから出向いたあの日を私は忘れることは無いだろう。夜の時間だと言うのに日の光を浴びているかのように輝かしい女性を私は初めて見た。とても眩しく、美しく。しかし彼女はどんな者にも優しい笑顔で受け答えされるのだ。あの方を見て以来、私は他の女性が目に入らなくなった」

「まぁ。そうだったのですか。それは素敵な恋をされているのですね」

 笑ったリリアナにヴィルフリートは再び驚いた顔をした。

「何故?このような恋は苦しいだけで何も残らない。私が望めばあの方は苦しむだけではないか」

 ヴィルフリートがそう言うのにも無理は無かった。軍国カルヴァンとフォンディアはカルヴァンの軍事力に頼る代わりにフォンディアが食料を供給するという関係にある。

 協力関係にあるようで、その関係はまだまだ不安定なところにある。フォンディアとガルヴァンの力関係を考えると、もしもユリシアがカルヴァンに嫁いだとしても必ずしも環境が良いとは決して言えないだろう。さらに今は良い関係だとしても、嫁いだ後に戦争が起こる可能性も無いとは言えない。

 そして、ユリシアには公然の恋人であるランベルトがいる。彼女を望むということは、彼女の思い人と引き離してしまうということを意味していた。

「そのような恋は一生に一度しかできませんもの。そもそも王族で生まれた私達がそのような燃えるような恋を経験できるのは限りなく稀なこと。……正直に申し上げると、ヴィルフリート様が羨ましいですわ。それに、ヴィルフリート様はお姉さまを傷つけたいわけではないのでしょう?とってもお優しい方なのですね」

「私が優しい……か」

「ええ。とっても。ヴィルフリート様が姉さまのことを話す瞳はとっても優しいですもの」

「……そうか。ありがとう」

 ヴィルフリートはそう言って笑った。

「いいえ。私は思ったことを言っただけですもの。気分を悪くされていたら申し訳ありません」

「いや。リリアナ様の言葉に私は救われたよ。リリアナ様がよろしければ、また話を聞いていただいてもよろしいだろうか?」

「はい、私でよろしければ。普段は外れの離宮に引っ込んでおりますが、いつでもお話をお聞きしますわ」

 頷いたリリアナをヴィルフリートは満足そうに見て、はっと気付いたように口を開いた。

「そういえば、ダンスの練習をしていたのだったな。お礼にお相手を致そう」

「え?いいえ、そんなに気を遣っていただかなくて結構ですわよ。それに私こんな軽装ですし」

「それを言ったら私だってそうだろう?私がお相手をしたいのだ。さぁ、姫様お手をどうぞ」

 お互いにいつも来ている正装とはかけ離れた軽装だ。しかし、そう言って腕を差し出す姿は王子様らしく一つの間違いもない仕草だった。

「先に謝って置きます。足を踏んでしまってもご容赦くださいね」

 その悪戯めいた笑みにヴィルフリートもにやりと笑って頷いた。そうして静かな月夜の舞踏会はリリアナが疲れるまでしばらくの間続いた。

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