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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
留学編

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03 二つの国の違い

「――わぁ。すごい……!」

 思わず漏れてしまった声に気付いて、リリアナは慌てて口を塞いだ。しかし、思わず漏れてしまった小さな歓声も無理はないだろう。そのくらいグローディア城に併設されている図書室は圧巻なのだ。

 四、五階分はあろうかと思われる天井の高さまで所狭しと並べられた沢山の本たち。近寄って背表紙を見てみれば、一つの言語だけでなく沢山の言語で書かれたものであると分かる。簡単そうな内容のものから難しい言葉で書かれたものや、見たことのない言葉、どれもリリアナにとっては新鮮で目新しかった。

「これは……本当にすごい。フォンディアの城のものもすごいと思っておりましたが、グローディア城は圧巻ですね」

「本当にそうだわ。こんなにたくさんの本、いくら時間があっても足りないわね」

リリアナの言葉に続けて、ローレンスも感嘆の声を上げた。相当な高さがある部屋の壁の四方にぎっしりと本が詰まっている。壁全体が本棚のようになっていて、その壁に沿うように階層ごとに床がある。部屋の中心は吹き抜けになっていて、壁に囲まれた空間であるというのに閉塞感は無い。

 しかし、こんなに大量の蔵書数である。言葉通り、この本を全て読もうと思ったら数年どころかリリアナの生が終わってしまうかもしれないとさえ思う。

 そうして二人で高い本棚を見上げて言葉を交わしていると、一人の女性がくすくすと笑いながらリリアナに声をかけた。


「リリアナ王女殿下。この図書室は素晴らしいでしょう?ガルヴァン自慢の書庫なんです。しかし、そんなに見上げていらっしゃったら首が痛くなってしまいますわ」

 眼鏡の奥に優しい笑みを湛えながらそう言ったのは、ガルヴァンでリリアナの教師役を務めているアナイスだった。ガルヴァンの上流貴族の子女である彼女はグリーディアにある王立学校を優秀な成績で卒業し、現在はさらなる学業の道に身を置いている研究者でもある。その仕事の傍ら、同じ女であり学業に長けているということでリリアナの教師にと薦められたのだ。ふんわりと柔らかい印象の彼女であるが、驚いてしまうほどにたくさんの物を知っている。貴族の女性は最低限読み書きができれば良いというフォンディアの女性と比べると、こうも違うのかと驚かされた日のことはまだ記憶に新しい。

「アナイス様。見ていらっしゃったのですか?」

「ええ。お二人はお目立ちになられますから。図書室に入っていらした時から、中に居た者はそわそわしておりますわ」

 女性としては幼稚で少し恥ずかしい行動だったかもしれないと思い返して、思わず顔を赤らめてアナイスを見る。するとアナイスはリリアナの言葉を肯定するように頷いて、視線だけで他の図書室利用者を示した。その視線を追うように、他の利用者を見ると確かにこちらの様子を伺っているような雰囲気を感じた。

「それは……少し、騒がしかったでしょうか?」

「いえ。そういう意味ではなくて。皆、フォンディアからの客人だと注目してしまうのですわ。外交の任をいただいている者を除いて、フォンディアとの交流がある者は多くありませんから。気を悪くなさらないで下さいませね」

 思わず騒ぎすぎただろうかと背筋をひやりとしたのだが、そうではなかったらしい。

 しかし、続いたアナイスの言葉にリリアナは言葉を失くす。とっさにどうにか表面上は笑みを浮かべることができたことは自分を褒めても良いだろう。

 確かに、民の間ではフォンディアとガルヴァンとの交流は少ない。フォンディアとガルヴァンの間には険しい道のりがあるのだが、それだけが原因ではない。一般の市民であろうとも、十分な旅支度と身を守れる術さえあれば両国間の移動は可能だ。だが、現実にはそんなに簡単な話ではない。一週間ほどの旅程ともなれば、人もそれなりに必要であるし、人も増えれば水や食料も増える。そしてそれを運ぶ人も必要になる。つまりはかなりの金銭が必要になる旅なのだ。それなので必要である者以外は国の外に出る機会がない。そもそも、貴族や軍人、商人などを除くと自分が住む町ではない町に行くことすらも稀であるのだ。

 この城の図書室にいるということは、それぞれがある程度の身分がある者であると予想されるが、それでも国の外に出る機会は少ない。他国の人間が珍しいと思うことの何が不思議なことであるだろうか。それが例え自身と似た姿の人間であろうとも、珍しいに決まっている。


「アナイス様はよくこちらへ?」

「ええ。時間がある時はよく来ていますわ。たくさんの本がありますから、目当てのものを探し出すことも大変ですけれど。――そうだわ、これをお渡ししようと思って来たのでした。こちらの本を次の授業までに読んでいただけませんか?」

 気を取り直してアナイスを見たリリアナに、彼女は腕に抱えていた沢山の本の中から一冊の本を差し出した。

「学習計画書、ですか?」

「私の通っていた王立学校のものです。学年ごとに一年間、学校でどのような講義を行うのかが書かれているものです。きっとリリアナ様の参考になりますわ」

 受け取った本の表紙を見て、リリアナは首を傾げた。意味は分かるが、見慣れない言葉だった。そして、アナイスに王立学校のものだと聞いて一抹の不安が胸によぎる。

「でも、私が読んで問題ありませんか?」

「ご心配には及びませんわ。それでしたら、この図書室においてあるものですもの。リリアナ殿下がこの図書室に入ることを許されたということは、いずれそれを読んでいたでしょうから。それと、図書室のことで分からないことがあればあちらにいる司書にお尋ね下さい。どの本がどこにあるのかも私よりも司書の方が詳しいでしょうから」

 アナイスはそう言って、入り口傍のカウンターに座る女性を示してにっこりと笑った。ガルヴァンの知的財産の流出に当たるのではと心配をしたのだが、それもリリアナの杞憂だったらしい。アナイスの笑顔にほっと胸を撫で下ろしてリリアナも笑顔を浮かべた。

「ありがとうございます」

「それでは、また次の授業でお会いしましょう。質問があればその時にでも聞いてくださいませね」

 お礼を言ったリリアナにアナイスはふわりと笑みを浮かべて、腕に抱えていた本を重そうに、でも愛おしそうに抱え直して歩いて行った。恐らく、あの本をこれから読むのだろう。しかしアナイスが抱えていた本の中には、リリアナには分からない文字が書かれていた本も見受けられた。それだけに、彼女の知識の深さが伺い知れる。

 彼女は貴族の子女であるが、それでも女性があそこまで学業に身を置いていられるというのはフォンディアでは考えられないことだ。王女であったリリアナですら「身体が弱く、床に伏せがちである」という免罪符を持って、ようやく読書の自由が得られていただけだ。健康な貴族の女性であれば、ダンスに社交、様々な貴族女性としての仕事がある。そして女性が知識を付けることをあまり良しとされない風潮もあるだろう。フォンディアには女性が好きなだけ本を読んだり、勉強していられる自由はない。貴族ですらそうなのだから、民が文字を学ぶ機会がないのも尤もなことであるだろう。

 それを思うと、フォンディアとガルヴァンの差が見えるようだと思う。土地が豊かであるから、農耕に長け学業に劣るフォンディア。そして、土地が厳しいからこそ、軍事や学業に重きを置くガルヴァン。二つの国の違いは明らかだ。どちらが良いとか悪いという意味ではないのだが、全く違う国なのだと思い知らされるようだった。

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