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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
留学編

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02 薔薇の香り

 その声は突然だった。唐突な声に驚いて、リリアナが顔を向けるとリリアナの私室の扉が開かれて一人の女性が立っていた。

「――失礼するわ!」

「え?どなたですか!突然困ります!」

 突然部屋に入って来た、たっぷりのフリルが付いた黄色のドレスを身に纏った少女。背丈はリリアナの胸ほどで、年はリリアナよりも一回り近く下のように見える。高い位置で二つに結い上げた赤い髪が可愛らしい女の子である。

 そして彼女を必死に扉の所で留めようとしているのは、メアリ。フォンディアでもリリアナに仕えてくれた侍女の一人で、今回の留学にも着いて来てくれた数少ない侍女の一人だ。メアリはリリアナと同じ年頃の少女なのだが、その細い腕を精一杯広げて乱入者の前に立ちはだかっていた。


「フン。私を誰だと思っているの?私はアレクシアよ!」

 そう言って胸を張った彼女を見て、リリアナはようやく彼女の正体を知る。

「メアリ。大丈夫よ。お通してさしあげて。それと、お茶の準備をお願い」

「は、はい!」

 メアリは素直に頷くと、その場を退けてアレクシアとリリアナを心配そうに見ながらお茶の準備をしている。

「どうぞ、こちらにお掛けになって下さいませ。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ありませんでした。私はリリアナ・メル・フォンディア。これからしばらくガルヴァンで学ばせていただくことになっております」

「――兄様はあなたのどこが良いのかしら?あなたも、この部屋も何だか地味だわ」

 アレクシアは部屋をぐるりと見渡した後、リリアナの髪の色に目を留めて、まるでため息を吐くかのように言った。確かに部屋の装飾に比べるとリリアナに与えられた私室はかなり地味だ。その上、リリアナが着ているドレスもアレクシアが着ているようなたっぷりのフリルやレースが付いているようなものではない。ユリシアであれば美しい金の色の髪であったのだが、リリアナの髪の色はよくいる栗色の髪だ。


「失礼致します。こちらフォンディアの薔薇を使った紅茶です。よろしければどうぞお召し上がり下さいませ」

 そしてアレクシアの二言目が飛び出す前に、それを遮ったのはローレンスだった。ローレンスはリリアナたちが腰掛けていたソファーセットまでやってきて、二人の前に丁寧にお茶とお茶菓子を出した。

「ローレンスありがとう」

 出してもらったお茶はフォンディアで咲いていた薔薇を使った紅茶だ。フレッシュな薔薇の香りがする、リリアナが特に気に入っているお茶の一つである。

「ローレンス様と仰るのですか……」

 アレクシアはお茶を出して、後ろに下がったローレンスをぼんやりとした目で追っている。

「ローレンスはフォンディアから着いて来てくれた私の騎士なのです」

「お、お兄様もいるのに騎士様までいらっしゃるなんて!」

 アレクシアは信じられないように叫んで立ち上がった。

 そう、彼女の名前はアレクシア・ガルヴァン。この国の姫である、アレクシア王女なのである。ヴィルフリートは闇の色の髪なのに対し、彼女は林檎のような真っ赤な色の髪。男女の差もあって、一見似ていないようにも見えても、どこか顔の作りが似ている。それは彼らの瞳の色が似ているせいもあるのだろうか。

「アレクシア様。この薔薇の香り、とっても良いでしょう?アレクシア様にも気に入っていただけると良いのですけれど」

「……とっても甘い香りだわ」

 リリアナが自分から飲んでアレクシアにも勧めると、アレクシアはおずおずとソファに座り直し、それを口に含んだ。そして一口飲んで、ゆっくりとほうっと息を吐いた。部屋には薔薇の香りから出る甘い香りが香り、思わず笑顔になってアレクシアに微笑んだ。

「お嫌いかしら?」

「……嫌だとは言っていないじゃない」

 彼女は頬を赤に染めて、ぷいっと顔を背けた。リリアナはアレクシアに気付かれないように笑みを深くして、さらに傍に置いてあるクッキーを進めた。

「そうですか。気に入っていただけて嬉しいですわ。良かったら、このクッキーも召し上がって?同じ薔薇のジャムを使っているんです」

「フン」

 アレクシアは紅茶のカップの傍に置かれていたクッキーを摘まみ、しかめっ面で食べながら悔しそうに食べている。そして置いてあったクッキーを全て食べてしまうと、紅茶をくいっと飲み干した。そして口の周りをハンカチで拭うと、ポツリと呟いた。

「……悪くなかったわ」

「良かったらまた遊びにいらして?」

「気が向いたら来るわ。いい?気が向いたらね!」

 リリアナが声を掛けると、アレクシアはそう言い放ってソファーから立ち上がる。その傍にローレンスが付いて、扉まで案内した。

「また薔薇の紅茶を用意しておきますね」

「……また来ますわ。ローレンス様」

 にこりと笑ってアレクシアを見送ったローレンスを彼女はぼんやりとした目で見つめて、呟くように言った。そして言い終わると、すぐに廊下に出て行って見えなくなってしまった。


「とても可愛らしい方ね」

 ぱたんと扉が閉じて、リリアナはローレンスに向かってくすりと笑みを零した。

「そうですね。ヴィルフリート殿下は妹君にとても慕われているようです」

「少し羨ましいわ。私には妹も弟もいないから」

 リリアナには兄と姉がいるが、下に妹はいない。頼りがいのある兄と、優しい姉がいて幸せだと思うが、妹がいたらもっと楽しかったのではないかと思う気持ちもある。だからああやって、妹に慕われるヴィルフリートが少し羨ましいと思うのだ。


「――リリアナ様、ヴィルフリート様がお越しです」

「ええ。分かったわ。お通しして」

 くすりと笑っていると、今度はヴィルフリートがやって来たことをメアリが知らせた。


「今、アレクシアが来ただろう?」

 ヴィルフリートはリリアナの顔を見るなり、ソファに座りもせずに立ったまま心配そうに口を開いた。

「はい。いらっしゃいましたよ」

「……その、何か言っていなかったか?」

 アレクシアによく似た赤い瞳はリリアナを探るように見ている。

「何かですか?そういえば、フォンディアの薔薇をとても気に入って下さったようですわ」

 リリアナは思い出したように言って、テーブルに置いてあったカップを持ち上げた。

「薔薇、か。そういえば良い香りがするな」

「そうでしょう?ヴィルフリート様も飲まれませんか?」

 そこでようやく香りに気付いたらしいヴィルフリートはにこりと笑ってリリアナを見る。

「いや、いい。今は少し仕事を抜けてきただけなのだ。もう行かねばならん」

「まぁ、そうでしたのですか?残念です」

 まさにそのまま出て行かんとするヴィルフリートを見て、リリアナは立ち上がるとその傍に寄る。

「その、……アレクシアは私の妹なのだが、年が離れていることもあって少々我がままが過ぎるところがある。無理に相手などせずとも良いからな」

 ヴィルフリートは少し慮るような表情を見せて、リリアナを見る。

「私、兄妹の中では一番下でしょう?ですから、ずっと妹か弟が欲しいと思っていたんですのよ。アレクシア様はとても可愛らしい方で、私とっても嬉しいですわ」

「リリアナ様。あれがあまり無理なことを言う際は私に言うように。私は妹が貴女に迷惑をかけないかと心配なのだ」

「まぁ。大丈夫ですのに」

 ヴィルフリートはそう言って、あまりにも心配そうにリリアナを見るものだからリリアナはくつくつと笑みを零した。そんなリリアナの頬をヴィルフリートは一撫でして、くるりと踵を返す。

「名残惜しいが、行かねばならん。また来ても良いか?」

「ええ。もちろんです」

 そう言ってにこりと笑ったリリアナにヴィルフリートは嬉しそうに目元を緩めて、扉の外に出て行った。

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