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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
留学編
57/61

01 城塞

留学編という名のおまけです。ここまで楽しんで下さった方に、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

短いと思いますが、どうかお付き合い下さいませ。

 リリアナとヴィルフリートの婚約が成立して、数週間。リリアナは簡単ではない旅支度を整え、僅かな侍従を連れてガルヴァンの城塞都市、グローディアへ訪れていた。これから数ヶ月はフォンディアへ帰ることはないのだと思うと、その寂しさを感じることを止めることができなかった。


「リリアナ様?」

 どうやらぼんやりしてしまっていたらしい。リリアナを心配そうに見つめるアイスブルーの瞳と目が合った。初めて会った時はまだ少年の面影が残っていた彼も、今ではすっかり青年らしくあどけなさは消えている。


「これから頑張らないとね。無理を言ってフォンディアを出たんだもの!」

「それはそうですが……。リリアナ様がこの国で感じること、その一つ一つが実となります。ですから、あまり無理はなさらないで下さいませね」

 そう言って、ローレンスは柔らかく笑う。この男もまた、リリアナのためにガルヴァンに着いて来てくれた少ない供の一人だ。リリアナがガルヴァンへ留学することを決めた際に、ローレンスには着いて来なくても良いこと、仕事が欲しければ出来る限り良い仕事を紹介するつもりがあることを伝えていた。

「ありがとう。ローレンスもガルヴァンまで来てしまったら、もう引き戻せないわよ?本当に着いて来て良かったの?騎士の仕事がしたいのであればどうにか戻ることができないか頼んでみようとも思っていたのよ」

「いえ。リリアナ様がご結婚されるまでは、この身は姫様の騎士でございますので。それに、リリアナ様の事はジゼル様にくれぐれもよろしくと言われておりますし」

 リリアナの言葉にローレンスは首を振って答える。

 この男はあの時もそう言ってリリアナの言葉を断った。だが、慣れ親しんだ者が傍にいてくれるのは嬉しいものだ。だからつい、彼を拒みきることができなかったのもまた事実だ。そしてジゼルはと言うと、さすがに他国まで着いて来ることを実家に許可してもらうことができなかった。本来であればすでに結婚していてもおかしくない年齢であったのに、リリアナが結婚するまでという約束で侍女を続けていたのだ。リリアナの婚約が決まってから少しして、ジゼルは侍女の職を辞することとなった。そして、その結婚相手というのが……。

「それにしても、ジゼルとディオン叔父様がご結婚されるなんて驚いたわ」

「お二人もリリアナ様を通して、長いお付き合いでしたから。ご結婚となると、さすがに驚きましたが」

「そうね。でも、とても嬉しいわ。ジゼルはディオン叔父様の前だといつも可愛いのよ」

 リリアナはそう言って、ディオンの屋敷に訪れた時のジゼルの様子を思い浮かべた。当時は憧れだと思っていたが、その範囲で納まる気持ちではなかったらしい。

 ディオンはあの事件の後、表向きはギルバートが十分に成長したということで王位継承権を放棄した。そして今はディオン・オレール・エルディア侯爵という身分に就いている。ジゼルの実家の爵位を考えると、二人の間にはどうしても少し身分差がある。だが、ディオン自体の年齢が彼女より上であること、そして彼自身がジゼルを望んだらしい。その辺りの詳しい事情は二人のみぞ知る話であるのだが。


「――リリアナ様、グローディアが見えて参りました」

 馬車の小窓から外を伺っていたローレンスがそう言って、リリアナに窓を譲った。ローレンスに言われて、窓の外を見てみると一際大きな壁が遠くに見える。

「あれがグローディア……。本当に城塞ね」

 街をぐるりと守り囲うように大きな壁が立ちはだかっている。その大きさにリリアナは思わず息を飲んで圧倒された。これがガルヴァン。今、自分がいるのはフォンディアではないのだと改めて思い知らされる光景だった。

 フォンディアの城は小高い丘の上に立つ、見晴らしは良いが攻めやすいタイプの城だ。だが、この城は街自体をぐるりと強固な高い塀が囲み、街の中に入るには大きな門が二つあるだけ。もし、この城に攻め入ろうとすればフォンディアの城にするようには簡単にはいかないだろう。


 そうして二人は大きく強固な門扉を潜り、ガルヴァン城塞都市グローディアへと足を踏み入れたのだった。

 城は街の中心部にあった。フォンディアの城が女性的な可憐な印象であるとすれば、グローディア城は正反対な印象の男らしいイメージの城だ。一際強固で高い塀に囲まれ、装飾の類は一切省かれている。塀には所々小さい小窓があり、恐らく見張り台も兼ねているのだろうと思われる。これが軍国ガルヴァンの姿なのだろう。


 馬車を降りると、真っ先にリリアナの前に姿を見せた背の高い男性。彼はもちろん。

「リリアナ様!ようこそ、ガルヴァンへ」

「ヴィルフリート様。私もお会いしたかったです。でも、ヴィルフリート様自ら迎えていただけるなんて驚きましたわ」

「先ほど、リリアナ様が街に入ったとの報せを聞いて居ても立ってもいられずここまで来てしまった。お恥ずかしい」

 ヴィルフリートはそう言って、照れたように少し赤く染まった顔を隠すように口元を片手で覆った。そしてリリアナの手をとって馬車から降ろすと、その前に立つ。ヴィルフリートは数週間ぶりのリリアナをあんまりにも熱心に見つめるものだから、リリアナの頬も赤に染まってしまう。それでも彼の瞳から視線を離せないのはなぜなのだろう。


 それがどのくらいの時間だったのかは分からないが、二人は咳払いの音ではっと我に返った。


「――お久方ぶりの再会の最中、大変申し上げ難いのですが、リリアナ様も長旅でお疲れでございます。出来ればリリアナ様を休ませていただけないでしょうか?」

「あ、ああ!そうだな。リリアナ様、どうぞこちらへ。私が案内しよう」

 ローレンスの言葉に慌てて頷いたヴィルフリートはリリアナの手を引いて、城の中を進む。

 城の中はリリアナが思っていたよりも、リリアナが知る城らしいものだった。外のイメージそのままに飾り気の少ない無骨な城なのかと思っていたが、城の中はタペストリーや花などが飾られ華やかな印象だ。


「聞いてはいましたが、やはりフォンディアとガルヴァンは違う国なのだなと実感致しました」

「ガルヴァンはお気に召さないか?」

「いえ!そういう意味ではないのです。私はフォンディアから出たことがありませんでしたから、どれも珍しくて興味が引かれて。いつか街を見に行ってみたいですわ。……それに、この国でヴィルフリート様がお育ちになられたんだなと思って」

 不安そうにリリアナを見るヴィルフリートに慌てて首を振って答えた。違う国だなと実感はしたが、それはもちろん嫌な印象ではない。この国が彼を育み、この国だから彼なのだ。

「それがリリアナ様の願いであるならば。――と、こちらがリリアナ様に滞在していただく部屋だ」

 そんな城の中をしばらく歩くと、ヴィルフリートが一つの扉の前で立ち止まった。ヴィルフリートの前を歩いていた侍従が扉を開け、二人は部屋に入る。


 立派な部屋だ。だが、城内の印象とは少しちがう雰囲気の家具たちにリリアナは僅かな違和感を感じた。

「可愛い部屋ですね」

 城内の装飾の印象として、はっきりした色遣いのものが多かったように思う。花は大ぶりな花が飾られるのが好かれているようだったし、どちらかというと華やかな印象だった。それなのに、この部屋は優しい色遣いであまり華美な装飾がされていない部屋だ。

「その、リリアナ様のために揃えたんだが、どうだろうか?」

「私のためにですか?嬉しいです。でも、気を遣わせてしまったのではないですか?」

「いや。リリアナ様の心が少しでも休まれば良いと思ってな」

 そう言ってヴィルフリートは目元を細めて微笑む。

「お心遣いありがとうございます。とても気に入りましたわ」

 この部屋はまさにリリアナの好みだった。それに加えて、ヴィルフリートがこのように気を遣ってくれたことが何よりも嬉しかった。今日から数週間、ガルヴァンに滞在することになるが、不思議と心配はなかった。きっと大丈夫、ヴィルフリートがそう思わせてくれるからだろうと思った。

 そうしてリリアナのガルヴァン滞在初日は過ぎていったのだった。

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