55 epilogue
リリアナ・メル・フォンディア(アベルニクス暦578年―)
578年十三代王フェルディナンと側妃メルの間に生まれる。幼少期は他の兄妹に比べて身体が弱く、大人しい少女であった。
584年生母メルが亡くなる。幼いながらにも気丈に振る舞い涙を流さず、しっかりと母を見送ったという逸話がある。
594年フォンディアの式典に参加するために来国していた、ガルヴァン王子ヴィルフリート(後のシャレット公爵)と婚約する。その後、王子の薦めでガルヴァンへ留学する。留学から帰って来ると、フォンディアで子供たちに教育の機会を与えるべく活動を行った。
596年シャレット公爵と婚姻を結ぶ。結婚した後も、フォンディアのために様々な活動を行った。特にフォンディアでの教育の普及活動と、ガルヴァンとの関係改善に対する功績が認められ、ガルヴァン貴族の夫人でありながら、フォンディアで侯爵の爵位を与えられた。(但し、この爵位は一代限りのもので、領地などはない名誉爵位である)
「――というわけだ。さて、質問がある人はいるかな?」
すらすらと左手で黒板に文字を書き、一人の男が子供たちの方へ振り返った。もう若くは無い年のように見えるが、人の良さそうな爽やかな笑みは人好きのするものだろう。チョークを置くと、男は机の上に置いていた、教科書と思われる本を持ち教鞭を奮う。
「はーい!」
「はい。じゃあ、エル。どうしたんだい?」
男性教師の問いかけに一人の少女が元気良く声を上げて、片手を上げる。教師はにこりと微笑むと、その少女を指名した。
「えっとね、リリアナ様はどうしてガルヴァンの人と結婚したのにフォンディアのために活動したの?」
「うーん。そうだな。きっと、リリアナ様はフォンディアのことがお好きでいらっしゃっただったんじゃないかな」
「ガルヴァンに行ったのに?」
少女の言葉に教師は少しだけ困ったような顔で言葉を返す。すると、少女はさらに質問を重ねた。
「そうだね。だけど、エルもフリアンのことが好きだろう?」
「うん!好き!」
「リリアナ様はご結婚なされて、ガルヴァンへ渡られた。でも、彼女は生まれ故郷であるフォンディアのことを忘れたりはしなかったんだろうね」
エルはにっこりと笑って頷く。そんな少女見て教師は微笑むと、エルの頭を撫でた。エルは嬉しそうににこにこと笑って、再び席に座った。
「でも、先生」
「なんだい?」
一人の生徒が不思議そうな顔で教師を見る。
「何で学校を作ったの?この学校もリリアナ様がお作りになられたんでしょ?」
「それは彼女がご自身の立場やそして国の未来についてよく考えていらしたからさ。だから君たちも、自分に今できること、しなければならないことをよく考えて行動するようにしなければいけないよ」
今まで優しげに笑っていた教師はそこで真面目な顔に切り替えて、ぐるりと子供たちの顔を見渡した。
「えー!でも、俺なんてただの商人の子供だけど?」
「そういうことは関係ないんだよ。一人一人が何を考え、どう行動するか。それで君たちの未来はどんどん変わっていくんだよ」
「はーい!」
子供たちが元気よく返事をし、その中で教師は朗らかに微笑む。
リリアナが作ろうとした未来は着実にその方向へ進んでいる。まだまだ初めの一歩に過ぎないが、それでも着実に前に進んでいた。
「……それじゃあ、今日の授業はここまでにしよう。みんなも寄り道しないでまっすぐ帰るんだよ」
教師は持っていた教科書を閉じると、それを机の上に置く。それを合図にするかのように、生徒たちも帰り支度を始める。
そんな中で一人の少年が不満そうな顔で呟く。
「えー。俺、家に帰ったら手伝いさせられるんだよなぁ」
「それでも、家族が働いてくれているおかげで君は勉強する自由をもらえるんだから。文句を言わないように」
「はーい」
不満そうにしながらも、少年の顔は心の底から嫌だと思っている顔ではない。少年は返事を返すと、あっという間に教室を出て行ってしまった。きっと何だかんだ言いながらも、自ら大急ぎで帰って家族の手伝いをするのだ。
自分以外、誰も居なくなった教室で片付けをしていると一人の女性がやって来る。
「――ベル先生、お手紙です」
「ああ。エリー。ありがとうございます」
手紙を持ってきてくれたのは同じ教師のエリーだった。
「そういえば、さっきマークのお父さんが野菜を持ってきてくれましたよ」
「そうですか。それは有難いですね」
「これは元王国騎士のベル先生に、ですって」
エリーはそう言って悪戯めいた顔で笑う。それを見て、ベルは困った顔をして、左手で頬を掻いた。
「私なんてただの一介の騎士でしかありませんから」
「リリアナ様の騎士であられたのがベル先生だって噂になってますよ」
「それは困りました」
ベルはそう言いながら、本当に困ったような口調ではない。それはきっと、エリーがどう対応してくれていたか分かっているからだろう。
「マークのお父さんには『似た名前の方って結構いらっしゃいますよねー』と言っておきました」
「ありがとうございます。いつもすみません」
「いえ。それじゃ、私は授業の準備があるので」
エリーは訳知り顔でそう言うと、部屋を出て行ってしまった。そして再び教室にはベルが一人だけ残された。
ベルは先ほど受け取った手紙を裏返すと、しっかりと封蝋されていた封筒を慎重に開封する。
『ローレンス・ベルリナーズ殿。
お元気にしていますか?私も、私の家族たちも皆元気に過ごしています。
こちらは最近ようやく暖かくなって、ガルヴァンも過ごしやすくなったように感じます。寒い季節は傷が痛むと聞くことがあるので、心配をしていましたが、不自由はありませんでしたか?
今の時期のフリアンは花が美しい季節だから、目を閉じれば美しいフリアンの景色が目に浮かびます。そう言えば、貴方と初めて会ったのもこの季節でしたね。フリアンの孤児院でローレンスに話しかけられた日のこと、今でもよく覚えています。シスターに連れられて現れた、まだ少しだけ少年の面影を残したローレンス。泥だけの私の前にしゃがみ込んだ貴方には本当に驚かされました。
そう言えば話は変わるのですが、今年は我が家の庭のルリモの木に沢山の花が咲きました。去年は実が生るところまではいかなかったけれど、今年は期待できそうだと子供たちと一緒に夫も喜んでいます。あの人ったら、前にディカードで食べたルリモの味が忘れられないんですって。いつかあの時と同じ味のルリモを作るって張り切っているのよ。子供たちも楽しみだと言うものだから、おかげで屋敷の庭の一角は果樹園のようになっているからおかしいのです。いつかローレンスにも見てもらいたいわ。その頃にはきっと食べられるルリモが生っているはずでしょう。
話がずれてしまったわ。ごめんなさいね。貴方に手紙を書こうと思うと、書きたいことばかり浮かんで、整理しきれないせいね。今は教師のローレンスに添削されてしまいそうだわ。次の手紙はもう少しきちんとしたものを書くようにします。
最後にようやく本題なのだけれど、近々フォンディアを訪れる予定があります。時期が近くなればまたお知らせしますが、ローレンスとジゼルに会えたら嬉しいです。
確か今はフリアンには私が教師に誘ったエリーも一緒に働いていると聞きました。あなた達のことだから、きっと素晴らしい教師をしているのでしょうね。その話も聞かせて欲しいです。
それではお元気で。親愛なる私の騎士へ。
リリアナ・メル・シャレットより』
その手紙を読むローレンスの顔には自然と笑みが浮かぶ。返信を書かなければと思うと、書きたいことが沢山浮かんで困る。
まだ少年から青年に変わった頃、傍でお仕えした彼女は今は遠い異国にいる。今では傍に仕えることはできないが、それでも彼は今でも彼女の騎士である。たとえどんなに遠くに居ても、これからもずっと。
これにて本編完結です。
連載開始から一年と四ヶ月。
今回までで、番外編も含めて20万字ほどの内容となりました。
完結まで連載することができたのは、読んで下さった皆様のおかげです。
たくさんの方に読んでいただくことができて、本当に幸せな作品となりました。
今まで沢山の温かい応援やご指摘など、本当にありがとうございました!
またどこかでお目に止めていただけれるよう、これからも精進していきたいと思います。
最後に。
本編はこれにて完結となりますが、次回からは54話からエピローグまでの間の話を載せて行きたいと思います。
これからもよろしくお願い致します。
それでは、本当にありがとうございました。




