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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
54/61

53 願い

 ローレンスは傷の手当を受けるために別の馬車に乗せられてしまったので、リリアナはお姫様抱っこのまま馬車に運び入れられた。ふわりと香る香りは何の匂いなのだろう、と場違いなことが頭に浮かぶ。それを小さく頭を振って振り切る。それはちょうど座席に下ろすタイミングだったらしい、心配そうに顔を寄せてリリアナを見ているヴィルフリートの赤い瞳と目が合った。

「大丈夫か?痛むところはないか?」

「……はい!その、ご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」

 ヴィルフリートの顔は思いのほか近くて一瞬固まってしまった。きっと何を考えているわけでもなく、自然と行っている行動なのだろう。だがそれがリリアナとヴィルフリートの間にある、年の差ほどの経験の差のようにも思える。リリアナは思わず頬が赤くなってしまうのと止めることもできないままに、慌てて返事をする。それを見たそのままヴィルフリートは一緒に馬車に乗り込み、正面の席で彼はなおも心配そうにリリアナを見ていた。

 ヴィルフリートが馬車に乗り込んですぐに、扉は傍に居た従者に閉められてしまったらしく、いつの間にか馬車の中で二人きりだ。

「いや。私は問題ない。私の事よりもリリアナ様のことが心配だ」


「だから、大丈夫だって言ってるだろー?赤の王子。姫さんにはオレ様が付いてたんだからな!」

 心配そうに見るヴィルフリートの前に、リリアナの髪の間から赤いトカゲが一匹躍り出た。そして彼はリリアナの肩にひょいと乗ると、胸を張るように言い切った。

「……やはり、私を呼んだのは貴方なのか」

 ヴィルフリートは驚くでもなく、ただ信じ切れないといった様子でサラマンドラを見つめている。赤いトカゲと見つめ合うのは何だか不思議な光景だが、それもまた絵になるから不思議だ。

「そうだぜ。オレがシルフィーに頼んで、王子さんを連れてきてもらったんだぜ?――な。シルフィー?」

「ええ。そうよ。……初めまして、緑の姫。私がシルフィーよ」

 サラマンドラの言葉に答えるように一筋の風の中から小さな人型が出来上がる。彼女はふわりと笑って、ゆらりと風に揺られている。馬車の扉は閉められ、当然ながら窓も締め切られている。この馬車の中で風が生じることはありえないことだ。この風もおそらく、彼女が生み出しているものなのだろう。

「シルフィー様、初めまして。リリアナです。お力を貸していただいたそうで、ありがとうございました」

「ふふ。私は古の誓約に従って、王子を運んだだけ。でも、久しぶりに人と関わるのも楽しかったわ。さて。また用があれば呼んでちょうだいな」

 彼女はそうふわり言って笑うと、すっと風に溶けていった。元々おぼろげな姿ではあったが、もう声は聞こえず、その姿も見えない。

「消えた……?」

「ああ。この石は一度使うと、もう使えない。また用がある時は新しい石を用意しなくちゃなんねーんだ」

「カフスの色が変わった?」

 サラマンドラの言葉を受けて、ヴィルフリートは自分の袖口に付いていたカフスに視線を遣る。すると、片方のカフスの石だけが明らかに色が変わっていた。それまではリリアナの瞳と同じ色の深い緑だったものが、今では明るい緑に変わっている。

 恐らく、精霊を呼び出す術が失われたことにはこういうことも関係しているのだろう。呼び出すためには石が必要であるが、石は一度使ったらもう二度と精霊を呼び出すためには使えない。石が無くなれば呼び出すことも叶わない。一度呼び出すごとに石を一つ用意しなければならないのであれば、いつしかそれは石の枯渇につながる。さらに、精霊の話しぶりを聞いていると、精霊を呼び出すには何か契約のようなものがあるようで、つまりは限られた人しか呼び出せないということだ。

 もう随分昔にはリリアナたちが生きている世界にも「魔法」と呼ばれるものがあった。それもいつしか忘れ去られ、少ない人が本当に「魔法が存在したこと」を知るのみだ。それと同じで、精霊の術も段々と忘れ去られ、今ではおまじないとして人々の間に残るのみになったのかもしれない。


「……石が無ければ呼び出すことができない。だから、精霊を呼ぶことができなくなってしまったのでしょうか?」

「ま。そーいうことだな。それにオレらは誓約に従った呼び出しにしか応じない。人とオレらの時間の流れは違うし、今ではそのことを覚えている者も少ないだろうからな」

「サラマンドラ様は今、おいくつなのですか?」

「ンなの、数えてたらキリがねーってくらいだ」

 サラマンドラはそう言って、おかしいとばかりにけたけたと笑う。

「――それじゃ、オレもそろそろ還るかなっと」

 続けてサラマンドラはそう言うと、リリアナの肩から降りてリリアナの手のひらに乗った。

「サラマンドラ様、ありがとうございました」

「いーや。気にすんな。姫さんの身体はもう少ししたら動くようになるだろうけど、赤の王子。よろしく頼むぜ?」

「ああ」

 ヴィルフリートがそう返事をしたのを見て、サラマンドラはリリアナにウィンクを残して最後に炎の中に消えた。


「――本当にいらっしゃったのですよね?」

「ああ。確かに」

 思わずヴィルフリートに聞いてしまったことも無理がなかったのかもしれない。サラマンドラはリリアナの手のひらの上で確かに赤々と発火したのに、それは熱の感じない、温度の無い火だった。そのことがまさに彼が精霊であったことを示していたのかもしれない。

「私一人でしたら、夢だったのかと思ってしまったかもしれません。精霊は本当にいらっしゃったのですね」

「世の中に、私の知らないことはまだいくらでもあるな」

 そう思ってしまうくらい不思議な体験だった。思わずヴィルフリートと顔を見合わせて、笑う。この不思議な体験を一緒に体験したのが彼で良かった。

 そしてリリアナはヴィルフリートに向き合って、口を開く。きっと彼に話すなら今だ、そう思った。リリアナは一呼吸置いて、ヴィルフリートを見た。


「――私、ヴィルフリート様にお話しなければならないことがあるのです。どうか、聞いてくださいませんか?」

「ああ。私で良ければ聞こう」

 そう言ってリリアナの横に座り直したヴィルフリートがリリアナの手を包む。


「突然の話にヴィルフリート様を驚かせてしまうかもしれません。実は私、前世の記憶があるのです」

「前世の記憶?」

 リリアナの言葉をヴィルフリートは馬鹿にするような様子も見せずに、真剣な顔で聞いていた。その様子にリリアナは少しだけ胸を撫で下ろして、さらに口を開く。

「はい。前世で私はここではない世界の平和な国で一般庶民として暮らす娘でした。その時のことを思い出して、こちらの世界でも学校を作りたいと。一般庶民の普通の子供にも教育の機会を与えられる国にしたいと考えていたのです」

「そのリリアナ様の前世では、どんな者にも教育の機会が与えられていたのか?」

 ヴィルフリートがリリアナに聞き返す。ヴィルフリートの母国、ガルヴァンでは平民のための学校があるというが、それともまた違うのだと思う。平民でも学校に入ることができるが、それは一定の収入がある者だ。そういう意味ではガルヴァンもまだどんな者でも教育の機会があるとは言えない。

「はい。というよりも、私の生きていた国では身分制度というものがほとんどなかったんです。こちらで言う王族に近い身分のある方もいらっしゃいましたけれど、彼らが国を治めているわけではありません。国の政治を決めるのは国民でした」

「……ほう。それは面白い話だな」

「そう、ですね。こちらでは考えられない話ですが」

 リリアナはそう言って困った顔で小さく呟く。

「しかし、とても羨ましいと思う。私たちのような国を治める者が言うのは間違っているかもしれないが」

「ヴィルフリート様」

 優しく微笑むヴィルフリートを見つめて、リリアナは下唇を噛み締める。

「リリアナ様?」

「私は、前世の国を理想として行動して来ました。でも、本当は私にこそ学が足りなかったのです。浅はかな行動で人を巻き込んでしまいました。――私はもっと学びたい。この国を良くするためにどうしたら良いのか。どうしたらみんなが毎日笑って暮らしていけるのか学びたい」

 リリアナはそのつもりで父に留学の打診をした。しかし、それは父に反対されてしまった。確かに貴族のみが教育を独占しているこの国では、女性が学ぶことはその中でもかなり限られたことばかりだ。それ以上を学ぼうとすることが良しとされるわけがない。


「リリアナ様、私の国に来ないか?」

「え?」

 ヴィルフリートの言葉はまさに唐突で、思わず聞き返してしまった。だが彼の言葉は冗談でなかったことを示すように、リリアナに向けられる瞳は真剣そのものだった。

「前世の国には劣るだろうが、教育の面ではフォンディアよりもガルヴァンの方が進んでいる。ガルヴァンに来て学ぶのはどうだろうか?私の国では女性が学ぶことが悪いこととはされていない」

「でも。もう、父に留学は反対されてしまっているのです」

 そう、リリアナが留学したいという考えは王に伝えており、さらに却下されるという結末までついている。リリアナが単身で抜け出して、しかも他国に行くことなんて不可能だ。

「婚約者がその国の文化を学ぶために訪れるのだ。問題ない。――私と結婚してくれるんだろう?」

 ヴィルフリートはそう言って、まるで悪巧みでもするような顔でにやりと笑って、リリアナの手の甲に唇を落とした。

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