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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

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52 二つの瞳

 エリーズの話通り、出口までの廊下に人は見当たらない。スムーズに進みすぎて不思議なくらい、誰もいないのだ。二人は警戒しながらそれでも先に進み、あと一つ階段を降りれば地上階に着くというところまで進んだ。

 しかし、当然ながら最後まで何も起こらないはずはない。


「――ローレンス殿、リリアナ殿下。一体どちらに行かれるのですかな?ローレンス殿にはがっかりさせられましたな。貴方には期待していたのですが」

「お久しぶりです。アラン伯爵。期待を裏切ってしまったようで申し訳ないですが、これが私の道ですので」

 その声と同時にアラン伯爵と数人の屈強な男達がリリアナたちの前に立ちはだかる。やはりここまでの道も泳がされていたのだろう。ローレンスがリリアナを庇うように前に立ち、腰から剣を抜いて構えた。

「ディディエ。そこをお退きなさい」

「お断り致します」

「こんなことをして、何が目的なのですか!」

 思わず声が荒げてしまった。だが、リリアナのような一回り以上年下の娘に声を上げられようとて彼が怯むわけもない。ただ鼻で笑ってリリアナを見るばかりだ。

 国家の転覆を望むなら、リリアナの命を狙う意味は少ない。それよりも王や兄を殺める方が確実に決まっている。だからこそ、リリアナには不思議だった。何が彼をここまでさせるのだろうと。

「目的?そんなこと、殿下が一番良くお分かりではないですか」

「私が……?」

アラン伯爵の言葉にリリアナは眉を顰める。彼の話す言葉の意味が分からなかった。

「おや。お分かりでないと。やはり女という生き物は低能で困りますな。貴女が邪魔なのですよ。教育は貴族の特権なのです。これまでも、そしてこれからも」

「――アラン伯爵、そんなことのために!?」

 アラン伯爵の言葉にリリアナは驚きの声を上げた。確かにリリアナのやろうとしていることは反感を買うことだろう。しかし、リリアナは貴族たちのことも信じていたのだ。きっとリリアナの考えを分かってくれると。

「そんなことではありません。殿下はお考えになられたことはないのですか?今まで私たちが彼らからどうやって税を、金を搾り取って来たのか。下らない下民が下手な知識など手に入れたら、私たちの暮らしがどうなるとお思いか?」

 商売などを行っている貴族もいるにはいるが、ほとんどの貴族が領民からの税で暮らしている。それは当然ながら王族であるリリアナも同じことだ。

「それは……!」

「殿下が語られていらっしゃることは、所詮は理想論に過ぎません。目障りなのですよ」

「こんなこと、お父様やお兄様が知ったらどうなることか。いえ、きっと今も私をお探しになられているわ」

「それならば、見つけられる前にその姿を消してしまえば良いのです。貴女たち二人の亡骸くらい、どのようにでも出来ますよ」

 アラン伯爵は下卑た笑みで言うと、顎をしゃくってリリアナたちを指す。それを合図とするかのように、アラン伯爵の周りにいた男達がゆっくりとリリアナたちに向かって歩を進める。その距離あと数歩。

「リリアナ様、こちらに!」

 ローレンスがそう言って剣を構えているが、それは多勢に無勢だ。ローレンスはリリアナの手を取り、先ほど通った廊下を引き返していく。


「ローレンス?!」

「あの場所では不利ですので。せめて一本道であれば勝機もございましょう」

 そう言うと、リリアナを背に庇って足を止めた。開けていた階段ホールよりも狭い廊下。確かにこちらの方が回り込まれる可能性が低い。

 足を止めると、ローレンスの背に向けて一太刀が降ってくる。それを自身の剣で受け止めて、それを返すように一太刀を浴びせた。それはローレンスの狙い通り、相手のわき腹に流れ一人が倒れる。

「――っと。お兄サンよくやるじゃねぇか」

 しかし休む間も無く、倒れた一人の後ろから別の男が顔を出し、ローレンスに向かって剣を振り下ろす。それをローレンスが難なく受け止めるが、相手もまだ本気を出しているようには見えない。リリアナは恐怖に身体を縮こませて、両の手のひらをぎゅっと固く握って見守るしかない。

 二人はしばらく打ち合いしているが、なかなか決着は付かない。どのくらい時間が経っただろう。ハラハラと見つめるリリアナにとっては長くも感じる時間だが、恐らくリリアナが思うよりも時間は経っていないだろう。そして金属がぶつかる音だけが響く中で、相手がぽつりと呟いた。

「行き止まりかと思わせて、人が現れるのって悪役の常套手段だよな」

「ッ!」

「お兄さん、隙を見せたらいけねぇっていうのは騎士団では教わらなかったか?」

 ローレンスが僅かにリリアナを見遣って、視線だけで気遣った。その一瞬が仇となった。まるで時が止まったかのように、スローモーションで目の前の光景が流れた。


「ローレンス!?」

「――、私は大丈夫です!ですから、お逃げ下さい!」

 ローレンスは右手で剣を持ったまま左手で腕を押さえ、がくりと片膝を床に着きながらも顔を上げた。白の上着は血に染まり、赤が広がっている。駆け寄ろうとしたリリアナを手で制し、額に脂汗を滲ませたまま笑ってみせようとする。

「そんな!血が出てるわ。ち、治療しないと……でも、どうしたら」

 こうしている間にも目の前にはディディエの部下たちが立ち塞がっている。力もないリリアナには八方塞がりだった。自分が浅慮だったばかりにと嘆きそうになるが、そんな暇すら与えてもらえない。


「緑の姫さん、オレのこと忘れてるだろ?」

「サラマンドラ様!」


 その声はリリアナにとってはまさに救いの一声だった。リリアナの髪の間から顔を出した赤いトカゲの姿をした火の精霊。彼は飄々と顔を出して、その長い舌をぺろりと出した。そして一息吸い込むと、その小さな身体から想像もできない人の大きさほどの火の玉を吐いた。それはまるで意思が込められているかのごとく、目の前に迫っていた男達を襲う。

「――チッ!近寄れねぇ」

「どうする!」

 炎の固まりは消えることもせず、その場で赤々と燃え続けている。その炎を潜って、こちらに来ようとする様子はなく、炎の向こう側で対策を考えているようだ。これで少し時間が稼ぐことができた、とほっと胸を撫で下ろしたところで、リリアナの身体が足から崩れ落ちた。

「今のは一体……?――リリアナ様!?」

「ごめんなさい。その、何だか力が抜けちゃったみたいで」

 そう、リリアナの身体から力が抜けてしまっていた。ローレンスが身体を引き摺るようにしてリリアナの傍に寄ったが、リリアナは力なく首を振る。ローレンスは傷を負っているし、リリアナも足が立たない。せっかく、時間が稼げたと思ったのにこれでは動きようがない。

「悪い。ちょっとでかい火を出しすぎたみたいだ。やっぱ、今の緑の姫さんとも相性はそこそこみたいだな。ま、少し休めば姫さんの身体も戻るさ」

「赤い、トカゲ……?――と、今はそれどころじゃないですね。とにかく、ここから移動しなくては」

 ローレンスは目を見開いてサラマンドラを一瞬凝視した後、すぐに頭を振ってリリアナを見た。


「――何だ?お前ら奇術師か何かか?まぁ、どっちにしろ仲間が何人かダメになっちまったじゃねーか。この恩は返させてもらわねーとな」


 はっと顔を上げると、にやりと下品な笑みを浮かべた男がいつの間にか炎が消えていたらしい黒煙の向こうから顔を出した。こちらは手負いのローレンスとまだ身体が動きそうにないリリアナ。まさしく絶体絶命だった。


「問題ない。今来る」

「え?」

 一人だけ分かった顔で呟いたサラマンドラに聞き返したのと窓が割れる音はほぼ同時だった。盛大にガラスの割れる音がしたと同時に、リリアナたちの後ろにあった窓が割れたのだ。


「――リリアナ様、ご無事か!」

 そこに現れたのは黒いローブに身を包んだヴィルフリートだった。ヴィルフリートは窓を破った勢いのまま入って来たかと思うと、すぐに立ち上がりリリアナの前にしゃがみ込んだ。

「ヴィルフリート様!どうしてここに?」

「ここに来たわけは、その、私にも信じられないのだが。それよりも、今は話している場合じゃないな。リリアナ様、もしかしてお怪我を?」

 ヴィルフリートは困ったような顔で言った後、リリアナが動けないでいることに気付いて心配そうにリリアナを見た。

「いいえ。私はちょっと力が抜けてしまっているだけで、怪我はありません。それよりもローレンスが怪我をしてしまって」

「そうか。分かった。もう安心して良い。私が来たのだから」

 ヴィルフリートはそう言って、場違いなほど優しく微笑むとリリアナの頬を撫でて、すぐにディディエの部下たちの方へ振り返る。

「仲間が増えようが、数はこっちの方が多いんだぜ?」

「なに。表には今頃ギルバート殿下が兵を連れて着いていたぞ」

 馬鹿にしたような顔のアラン伯爵の部下にヴィルフリートが気にしたようでもなく答えた。

「なっ……!」

「逃げるか?表は塞がれたし、逃げ道はないがな」

 そう言ってヴィルフリートが剣を抜く。ローレンスのものよりも一回りも大きな剣は少しもぶれることなくヴィルフリートの手に収まっている。

「こ、の野郎ッ!」


 そう叫んで向かって来た男にヴィルフリートは易々と一太刀当てる。男はがくりと沈み、ぴくりとも動かない。

「――気を失っただけだ。すぐには目を覚まさない。後からギルバート殿下の兵が拘束するだろう」

 不安な顔をしていたリリアナを見てか、ヴィルフリートがそう答えてリリアナの身体に手をかけた。

「あの?ヴィルフリート様?」

「動けないのだろう?私が抱えよう。騎士殿は動けるか?」

「――はい」

「では、参ろう。ギルバート殿下が下でお待ちだろうから」

 ローレンスが頷くと、ヴィルフリートはリリアナの身体を簡単に持ち上げた。そう、それは世間一般ではお姫様抱っこと呼ばれる横抱きのアレである。ヴィルフリートの腕はリリアナの重さなど物ともせず、びくともしない。顔を真っ赤に染めて恥ずかしがるリリアナを何でもない顔で見た。

「えと、あの!ヴィルフリート様、その!これは!」

「何。問題ない。リリアナ様を落とすような失態はしないから安心すると良い」

 あまりにも優しい笑顔で言われたものだから、リリアナが「そういうわけじゃないんです!」と言いたかった言葉は飲み込まれることとなった。


 そしてヴィルフリートの突入によって、リリアナの誘拐事件は幕が引かれることになった。伯爵邸を出ると、ギルバートが指揮する部隊によってすでにアラン伯爵は捕らえられていた。すっかり揉みくちゃになり、乱れた髪、所々破けてしまっている服、その姿は先ほどまでふてぶてしく踏ん反り返っていた男のものとはとても思えない。

「――私の何が悪い!お前らも後悔することになるぞ!」

 アラン伯爵はヴィルフリートに抱えられて屋敷を出てきたリリアナを目に止めると、狂ったように叫んだ。

「黙れ」

 リリアナが何を言う前にギルバートがアラン伯爵に向かって言う。それはまるで氷のような温度の感じさせない声。それにアラン伯爵も一瞬びくりと止まったが、すぐに笑い声を上げる。

「――くっく、く。……ははは!お前らみんな馬鹿だ!」

「黙れと言っただろう」

「……っ……」

 狂ったように笑うアラン伯爵の顎をギルバートが剣の鞘で持ち上げる。ギルバートの背に隠れてリリアナからは見えないが、空気は凍り、アラン伯爵が黙ったのが分かる。

「王族の拉致監禁、この罪は重い。楽に死ねると思うな。――連れて行け」

「はっ!」

 ギルバートは淡々と言い放つと、アラン伯爵を拘束していた部下がアラン伯爵を引き摺っていった。アラン伯爵はもう諦めたのか、大人しくなすがままに歩いていった。ただ、最後にリリアナに視線をじろりと残して。

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