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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

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51 一筋の光

 一頻り泣いて、ようやく落ち着いた頃を見計らってか肩に乗っていたサラマンドラが口を開く。

「――で、どうする?お前はここを出たいんだろ?」

「はい。でも、どうしたら良いのか。ここがどこなのかも分かりませんし、人に知らせる方法もありません」

「なに、オレに任せとけ」

「サラマンドラ様!」

 サラマンドラは小さな瞳でウインクを残して、その姿を消してしまった。残されたのはリリアナ一人。先ほどまで一緒だったサラマンドラが居なくなったことで、心細さが急にリリアナを襲う。


 だが、そこで震えてばかりもいられない。せっかく拘束を解くことができたのだから、少しでも逃げるための努力をしなければいけない。リリアナはどうにか自分を奮い立たせて、部屋をぐるりと見渡す。床には辛うじて敷物が敷いているだけで、壁も頑丈そうではあるが飾りもなく酷く簡素だ。そして見渡して見る限りでは窓は一つだけ。唯一の窓に近づいて窓枠を見るが、しっかり固定されていて開きそうにもなかった。

「……窓を割ってみる、なんてね」

 そう呟いてみるが、窓から見て分かる情報だけで部屋は結構高いところに位置しているようだ。カーテンもなく、地上に降りるにはロープ代わりにできそうなものもない。敷物はあるが、リリアナは刃物も持っていないので裂くこともできないだろう。それにそもそも、窓を割る音で誰かに気付かれてお終いになってしまいそうだ。

 リリアナは大きくため息を吐いて外を見るが、もうすぐ日が沈んでしまいそうだった。明かりのないこの部屋はもうじき暗闇に包まれることだろう。


「……ヴィルフリート様、まだ私を待ってくれているかしら?」

 ぽつりと呟いた言葉は思っていた以上に不安の色が濃い。軟禁の体験はあるが、それらはリリアナのことを思ってのそれだった。しかし、今回のこれは違う。ここを抜け出す以前、明日の命すら危ういのかもしれない。

 先日ディオンの屋敷へ迎えに来てくれた、ヴィルフリートの手を離さずに掴んでいたら。今頃彼と一緒に過ごすことができていたのだろうか。まるであの時、触れられる距離にいたことが夢であったかのように思えた。

 しかし、振り返ってばかりいても仕方が無い。リリアナはふるふると頭を振って、幻想を追い出すとどうにか逃げる術はないかという考えを巡らせた。

 リリアナを絶望にも似た気持ちが包み、そわそわと落ち着かない。焦ってばかりいても仕方がないのに、落ち着くことすらできずに気が付くとうろうろと部屋の中を歩いていた。


「――おい、緑の」

 その時。居なくなったはずのサラマンドラがリリアナの肩の上から声を発した。

「サラマンドラ様!」

「騒ぐなって。外のヤツらに気付かれたくねーんだろ?」

 サラマンドラは呆れたような顔で言い放って、顎で扉の外を示す。

「……はい。すみません」

「ヴィルフリート、ねぇ。姫さんの恋人か?」

「えっ!聞いていたんですか!いえ、そんな!」

 にやりと笑って言ったサラマンドラの言葉にリリアナは顔を真っ赤に染めて首を振る。

「ふーん。別にいいけど。もうすぐここに誰か入ってくるぜ」

「誰か?」

「若い女と若い男だ。オレは人間の名前なんて知らねーよ」

 思わず聞き返したリリアナにサラマンドラは冷たく返す。確かに彼に不思議な力があるとは言え、精霊である彼に人間の名前を聞く方が間違っているのかもしれない。そう思いながらも、リリアナは不安に心を揺らす。先ほど頬を叩かれたのは序の口でこれからリリアナの身に何が起こるのだろう。黙っていると嫌な予感ばかりがリリアナの頭の中を巡った。

「……そうです、か。あ。サラマンドラ様、お隠れにならないと」

「そう怖がるな。嫌な感じはしねーから。それに緑のにはオレが付いてるだろ?……それじゃあ、ちょっと失礼するぜ」

 サラマンドラはこれが人間の男だったら惚れてしまいそうな一言を言ってきょろりと瞳を動かすと、リリアナの少し乱れてしまった髪の中に身体を滑り込ませた。そして彼がすっかり身を隠したと同時にカチャリと静かに鍵を開ける音が聞こえた。

 不安で胸がどきどきと鳴る。その不安を抑えるかのように、リリアナは無意識にドレスの胸の部分にあったレースをぎゅっと掴んでいた。

 そしてゆっくりと静かに開いた扉から見えたのは赤い長髪であった。思わず息を飲んだリリアナを見て、彼女は心の底から嫌そうに顔を顰めた。

「――別にアンタのためじゃないんだから」

 エリーズは目深にローブを被った人間引き入れると、扉を閉めた。そしてそれを確認すると、ローブを脱ぐ。フードの薄闇の中に見えたのは金の色。

「ローレンス!?」

「お静かに」

 思わず声を上げそうになったリリアナをローレンスが制す。

「……ごめんなさい。でも、どういうこと?」

「エリーズが屋敷の中に引き入れてくれたのです」

 リリアナが記憶障害でも起こしているのでなければ、ここにリリアナを攫ってきたのは他ならぬ彼女だ。それなのにどうしてリリアナを助けるような真似をするのだろう。

「エリーズ……貴女?」

「勘違いしないで。私、リリアナ様のこと大嫌いよ。……でも、こんなの聞いてたのと違うわ。私はお父様に、少し脅かすだけだと聞いて連れてきたんだもの」

「でも、こんなことしたら貴女の身が」

「見くびらないでもらえる?貴女が逃げたら私も逃げるわ」

 リリアナが心配して揺れた瞳を見て、エリーズは鼻で笑う。見れば、来ているドレスは令嬢としては相応しくないもののように見える。きっと、この後本当に屋敷から抜け出すのだろう。

「分かりました。……ありがとうございます」

「フン。当たり前じゃない。私はこんなところで終わるつもりはないの」

 エリーズはそう言うと、鍵が開け放しだった扉に向かっていく。

「エリーズ!貴女もどうかご無事で」

「見張りがいないのはあと少しの時間だけよ」

 リリアナだって、彼女のことは好きではない。それでも、そう言わずにはいられなかった。

 エリーズは振り向かないままに言い切って、そのまま部屋を出て行ってしまった。


「――リリアナ様、私たちも参りましょう。これを着て下さい。エリーズのものです。少しでも目を欺けると良いのですが」

 ローレンスに渡されたのは明るい黄色のフード付きの羽織りものだった。髪の毛までフードの中にすっぽりと隠してしまえば、遠目から見たらエリーズだと誤解してくれるかもしれない。リリアナはそれを羽織ると、髪の毛をフードの中に仕舞い混みながらローレンスに聞く。

「エリーズが貸してくれたの?」

「はい。エリーズがリリアナ様にと」

 ローレンスは困ったように眉を少し下げて言う。王族であるリリアナに対して彼女がしたことはとても重大で、見つかれば反逆罪に問われるだろう。とてもじゃないが、リリアナ一人で庇いきれるものではない。彼女にも罪がかかってしまうことは免れることができない。

 だから、リリアナには彼女が無事に逃れてくれることを祈ることしかできない。たとえ自分が王女であろうとも、黒を白に変えるようなことは不可能なのだから。

「そう。……またどこかで会えたら、話をすることはできるかしら」

「きっと出来ますよ。――さぁ、行きましょう。長居すると危険です」

 ローレンスはしっかりと頷いて、リリアナの手を取る。扉の先は静かなようだが、そこから先どうなっているかは分からない。

 扉を少し開けて、左右を確認する。エリーズが最後に言い残して行った様に、リリアナが監禁されていた部屋の前に人の姿は無かった。前に居たローレンスはそれを確認すると、リリアナを見て合図するように頷いた。


 怖くないと言えば嘘になるが、信頼できる彼がいるからそれでも進めると思った。一人ではないことがこんなに心強いと思う日がやってくるとは、昔のリリアナであったら考えられないことかもしれない。

 ローレンスを先頭に屋敷の廊下を急ぐ。見つからないうちに少しでも出口に近づきたい。その思いからか、自ずと二人の足は速まった。

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