表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

50/61

49 罪と罰

「――リリアナです」

「入れ」

 我ながら緊張している声色だと思った。父である王の居室のドアはまるで鉄でできているかのように冷たく堅い。それはリリアナの目の前に大きく立ちはだかり、まさに親子の間にある壁のようだなと思った。リリアナとフェルディナンの間には見えない壁が確かにある。フェルディナンは他の兄姉たちと接するのに比べてどこか余所余所しいし、リリアナも前世で知る父のようには決して思えない。瞳の色も同じであるし、秘密の通路を使えたことからも間違いなくフェルディナンはリリアナの父だ。それなのに、「お父さん」とは違うと思う。

 リリアナは父の許しを得ると、重い足取りで父の部屋に入った。

 部屋に入るとフェルディナンは一人掛けのソファにゆるりと寛ぎ、手に持つグラスには赤い液体――恐らくルージュを飲んでいるようだった。


「ディオンの所から戻ったのだな」

「はい。……お兄様から陛下から書状を書いてくださったと伺いましたので、お礼をと思いまして参りました」

「リリアナは今、いくつになった?」

「私ですか?私は18になりました」

 お礼を述べようとしたリリアナにフェルディナンはそれを遮るように、突然年を尋ねてきた。リリアナは突然の父の問いにきょとんとした顔で答えた。娘の年が分からないことに嫌な感情はない。娘が三人もいる上に、自分には感心の薄い父だと思っているからだろうかとどこか他人事に考えながら思った。

「そうか。では、飲めるな。少し付き合いなさい」

「は、はい」

 フェルディナンからグラスを受け取り、近くのソファに座ると彼は満足そうに頷いた。

「このルージュは美味い。リリアナもリシャールには良くしてもらっているのだったな」

「リシャール――オービニエ伯爵ですね。リコンテ領に訪問した際にはたくさん学ばせていただいたと思います。とても聡明な方でいらっしゃいますね」

 ファーストネームで呼び慣れていないので、突然オービニエ伯爵の名前を出されて悩んでしまった。少しの間を置いてどうにか応えたリリアナだったが、フェルディナンはそんなことに気にした様子も見せず、先ほどと変わらない様子でグラスを傾けている。

「リリアナは学ぶことが好きか?」

「……はい。好きです。知識を学ぶことはもちろんですが、人が暮らしていく上で学ぶことは必要不可欠であると思います」

 さらにフェルディナンは唐突に質問を重ねた。リリアナは少しだけ考えて、言葉を選んでフェルディナンに答えた。だが、リリアナの答えはフェルディナンが欲しいものではなかったらしい。

「学ぶことを好きであるのはとても良いことだ。だが、――私はリリアナに普通の幸せの中に居て欲しいと思っている。良い人の元に嫁いで、子供を産み育ててそれを見守る。とても素晴らしいことだと思わないか?」

「それはもちろんです」

 そのリリアナの答えに嘘はない。それはとても素晴らしいことだと思う。民達がそうやって人の営みの中で生きていくようにリリアナも結婚して子供を産み育てることを否定する考えは毛頭ない。だが――。


「だったら、なぜその道を歩もうとしない?ディオンもリリアナに幸せになってほしいだけなのだよ」

 フェルディナンはグラスを置くと、ソファから立ち上がりリリアナの傍に立ってリリアナを見て言った。予想外に出てきたディオンの名に一瞬だけ戸惑った。だが、リリアナはすぐに気を取り直し言葉を紡ぐ。

 ディオンのあの行動もリリアナを想うが故、それはよく分かっている。リリアナを傷付ける全てのものから守りたい。その気持ちが高じて、リリアナを軟禁するという手段に出てしまったのだろう。

「確かに結婚し、子供を産むことも幸せの一つでしょう。でも、国民の暮らしを良くすることも王族としての幸せの一つなのではないのでしょうか?」

 父はリリアナが何をしたいのか知った上で、知らないフリをし続けていた。まるで見ないでいればそれがなくなるかのように。


「……リリアナはどんどんメルに似てくるな」

「お母様に?」

 ふっと苦笑を浮かべたフェルディナンはそう言うと、リリアナの頭をまるで子供にそうするかのように撫でた。

「見た目はそっくりだ。その栗色の髪も、表情も。……ただ、リリアナの性格はメルとは正反対だな」

「そうですか?」

 苦笑を浮かべたままのフェルディナンの瞳は確かにリリアナを見ているのに、その視線はリリアナを通して別の誰かを見ているようだった。恐らく、別の誰かとは間違いなく母のメルであろう。

 瞳の色こそ母と違うが、リリアナの見た目は父似というよりは母似だ。そのリリアナに母を重ねて見てしまうことは無理もないことなのかもしれなかった。


「お前には政治や難しいことに悩まされずに、ただ平穏の中に居てほしかった」

 だからリリアナを政治的なことから遠ざけてきたのだろうか、とふいに思う。確かにリリアナは生来身体が弱かった。それ故に寝込むことも多かった。だが、ある程度の年齢になれば簡単な公務などには支障がない程度だったと思う。それでもリリアナに公務の役目が回ってくることはほとんどなかった。リリアナが公務を行うようになったのは、兄のギルバートが政務の役目を父から継いでからだった。それまでは王女が行うべきほとんどの公務を二人の姉がこなしてきていたのだ。

「私は貴方の娘です」

「そう、だな。お前はリリアナだ。私の娘のリリアナだ」

 そのフェルディナンの言葉はまるで自分に言い聞かせるかのような声色だった。

「……お母様は幼馴染だったのですよね?」

「ああ。ディオンに聞いたのだろう?メルと私とディオン、仲の良い三人だったと思う」

 フェルディナンは空になっていたグラスに立ったままルージュを注ぎ、それをじっと見つめながらぽつりぽつりと話す。

「メルは私に想いを寄せてくれたが、私はその気持ちに応えることはできなかった。メルのことは妹のように可愛がってはいたが、私は初めて見た時からレオンティーナに惚れ込んでいたからな。そうしているうちに、ディオンとメルが婚姻を結ぶことになって、私も心から祝福していた。妹のように可愛がっていたメルが本当に妹になるなんて本当に喜んでいたんだ」

 フェルディナンはなみなみと注がれたグラスをまるで飲まないと話せないのかという様子で一気に傾けて飲み干した。


「――そしてそれを壊したのも私だ。……もう何を言っても言い訳にしかならんな」

「私に普通の幸せを味わって欲しいと願うのは、お母様への罪滅ぼしですか?」

「それは……」

「お母様は謝って欲しいと思っているのでしょうか?お母様は私を生んだことを後悔されていらっしゃると思うのですか?……どんな形で私が生まれたにせよ、私は幸せでした。優しい母と、そっと見守ってくれる叔父様。そしていつも助けてくれる兄や姉達、王妃様や陛下がいて幸せでした」

 普通の家とは違う家族構成だろう。兄や姉たちとは母が違い、それぞれがいつも一緒に育ったわけではない。それでも、お互いを思いやり、助け合い、リリアナたちは確かに家族だった。普通の幸せとは違っても、リリアナは確かに幸せであると思う。

「……そう、か」

「そうです。だから、母を、――勝手に不幸にしないで下さい」

 確かにメルにとってリリアナが生まれたことは予想外の出来事だったかもしれない。一度は諦めた想い人、そして今度は婚約が決まりかけたのを破られて、気持ちの整理もできないままに婚姻させられ子供を産まされたのかもしれない。しかし、メルはリリアナの前ではいつも笑顔だった。どんな時もにこにこと笑い、意識が混濁している時でもリリアナや父を蔑むような言葉を言ったことはなかったのだ。どんな時も母は穏やかな笑顔か人を心配する言葉しか言わなかった。

 リリアナは確かに母に愛されていた。それなのにどうしてリリアナたちが不幸であったと言うことができるのだろうか。

「――そうだな」

 フェルディナンは小さく呟いてと、再びソファに腰掛けた。

 今ならば分かる。父はリリアナに会いに来なかったのではなくて、「会えなかった」のだろう。メルの幼い頃を知っている彼から見れば、幼いリリアナも当然ながらメルに似ているはず。リリアナを見る度にメルと向かい合うような気持ちになってしまっていたのかもしれない。自分の罪を目の前に叩きつけられるような感覚に向き合うことができなかったのだろう。


「陛下。……いえ、お父様。私を留学させてくださいませんか」

「リリアナを?何だって?」


 リリアナの突然の言葉にフェルディナンはぎょっとした顔でリリアナを見た。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ