04 姉さまとわたし
町の子どもたちのことはシスターに任せ、近くはない道のりを馬車に揺られようやく王城に辿り着いた。そして息をつく暇もなく、盛大に自室のドアが開け放たれた。しかし、そんな様子にもリリアナもジゼルも動じない。
「リリアナ!」
「……もう、ルシールったら。嬉しいのは分かりますけど、リリアナが驚いてしまいますわよ。リリアナ入りますわ」
大輪の薔薇を思わせる姉、ルシールが勢いよく扉を開けてリリアナの部屋へ飛び込んできた。その後ろから優しい笑顔で入って来るのはユリシアだ。
「姉さまたち。お久しぶりです。お会いできて嬉しいです」
「リリアナったら全然お城に帰ってきてくれないのだもの!話したいことたくさんあるのよ?」
ルシールはそう言ってぎゅうっとリリアナを抱きしめる。ルシールの豊満で凹凸のはっきりした体はしなやかで柔らかい。同じ女であるリリアナと同じ性別であるのが信じられないくらいだ。
「それはルシールの言う通りですわね。…あら、リリアナまた痩せたのではなくて?身体の具合は平気ですの?」
ルシールの隙間から顔を覗かせたユリシアが心配そうに顔を歪めた。
「久しぶりに姉さまたちに会えるので今日はとっても気分が良いのです。ねぇ、ジゼル?」
「ええ。今日はリリアナ様が朝からフルーツ以外もお召し上がりになられたのですよ」
ジゼルはリリアナの視線に頷くように付け足すと、姫たちの前に手際良くティーセットを並べていく。
「まぁ、そうなの!それなら嬉しいわ。そうそう、リリアナは明日誰と踊るの?ユリシア姉様はもちろんあの騎士なのは分かってるけど」
「ルシール。ランベルト様は素敵な方ですわよ?お強いだけでなく、とっても優しい方でいらっしゃるの。先日だって……」
そう言って惚気話を始めたユリシアをルシールは呆れた目で見た。久しぶりに会ったというのに、今日もまた姉たちは噛み合っていない。
「はいはい。そうだったわね。それで、リリアナはどうするの?」
「気分が良ければですけど、ユーグ様にお相手をお願いしていますわ」
キラキラと楽しげな視線を向けるルシールに向かって言うと、ルシールだけでなくユリシアもあからさまにがっかりした顔をした。それもそのはず、ユーグとは姫たちのダンスの先生なのだが、壮年で妻子持ちの男性である。つまり年頃の女性が楽しくなるような話に発展しそうにもない。
「お慕いしている方とかはいらっしゃらないの?誰かと心が通じて、想い合って。とても温かい気持ちになってとても満たされますのよ?」
「せっかくなんだから騎士の一人でも借りてきましょうか?最近入ったベルリナーズ家の次男の、そう、確かローレンス様なんてどう?とても綺麗な顔だって聞いたわよ」
「……っお慕いしている方はいませんわ。それに私はダンスが苦手なのでユーグ様であれば安心ですもの」
果敢に聞いてくるユリシアとルシールにどうにかにこりと笑って答えると、二人の姫はふうと肩を落とした。
リリアナにとってはそれこそ、ベルリナーズ家の次男なんて呼ばれたら大変なことになってしまう。リリアナ自身はまだローレンスのことを信用していない。初めて孤児院に来て以来、何かと顔を出すようになって数回の面識がある。
しかし、こっそり町に下りて子どもに勉強を教えていることが王城にいる周囲の人にバレたら今までの努力が水の泡だ。隣国に付け入る隙を与えないように民の意識を少しずつ変えていく、それがリリアナの目標なのだから。下手に王女であることがバレたら動きにくくなるし、もしかしたら王城を出られなくなるかもしれない。それだけは避けたかった。
そしてしばらく久しぶりの会話を楽しんだ後、姉たちも夜会の準備があるからと部屋を出て行った。
「さぁ、リリアナ様もドレスの試着をお願い致します」
ジゼルはティーセットを片付けると、他の侍女を引き連れて鏡の前へリリアナを誘った。そんなジゼルを見て、逃げることは出来なそうだと頷くと彼女達の前へ歩いていく。
「今回のドレスは……緑?姉様たちと色は同じにならない?」
こういったドレスを選ぶ際に自分の瞳の色と同じ色を選ぶことがよくある。それは身体の一部と同じ色のドレスにした方が身体に馴染んでバランスが良く見えるからだ。でも、リリアナたちは色合いこそはそれぞれ違うとは言え、それぞれみんな緑系統の瞳の色をしていた。
「ユリシア様は黄色、ルシール様は赤色のドレスになさると確認しております」
優秀な侍女は主に言われずとも確認済みらしいが、姉達のドレスの色は大体いつも同じような色合いだ。それこそ子どもの頃は別として、ユリシアはランベルトと想い合うようになってからは彼の瞳の金色に合わせて黄色系統だし、ルシールは彼女の妖艶さが引き立つように赤系統のドレスを着ることが多かった。
「そうなの。ありがとう。……でも、このドレスちょっと胸元開きすぎじゃないかしら」
「いいえ。むしろこれでも全然開いてない方です。夜会ですから少しくらいはお願い致します」
「分かったわ」
柔らかでつるつるとした生地は肌に心地良い。しかし、普段色気の出るような格好は全くしない。むしろ、スタンドカラーや胸元は隠れるデザインの服が多い。そのせいか、Vに開いたそのドレスは少しだけ心地悪い。
「そう言えば、夜会に供え隣国の王子が城に滞在しております」
「隣国?そのもったいぶった言い方だと珍しい方なのね」
「……はい。北の方がいらしております」
鏡越しのジゼルはそう言って眉を顰めた。経験豊富な侍女である彼女らしくない行動ではあるが、それも仕方の無いことだとリリアナは見なかったことにした。
それと言うのも、北の国とは軍国ガルヴァンのことであった。ガルヴァンは採掘が盛んで、金属類の資源は豊富だ。しかし寒い地方であり気候が厳しく、作物の収穫は多いとは言えない。その点フォンディアは夏も熱いが冬はそう長くなく、それなりに作物も取れる。そのことから、フォンディアはガルヴァンの軍事力を頼り、その見返りに食料を供給している協力関係にある。ガルヴァンが軍事力ではフォンディアを圧倒しており、そのことからこの関係の不安定さを心配する者も多い。
ドレスの試着が終わると、その日の予定は全て終了だった。姉達とのお茶会でお腹を満たしていたリリアナは軽い夕食を食べ、湯浴みするとすぐに侍女を下がらせた。すでに寝巻きにする締め付けの無い優しいワンピース姿になっている。リリアナは窓に近づくとカーテンを開け、そっとバルコニーに出る。月はいくらか欠けており、あといくつかの晩を越えると満月になるのだろう。そうして月を眺めるふりをして辺りを見渡すと、見張りの兵は近くにいないようだった。リリアナは城壁の石が作り出す突起を頼りに地面に降り立った。