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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
46/61

45 目に見えるもの

 王宮へ戻ったその日の晩、一家揃っての晩餐にヴィルフリートも招かれていた。その時王城内にいる王族同士で一緒に食事を摂ることが多いが、こうして全員が揃うことは意外に珍しい。誰かしらが公務でいなかったり、リリアナは離宮に居たりと誰かが欠けていることも多いからだ。

「ヴィルフリート殿下、リコンテ領では楽しんでいただけたかな?リリアナが君にご迷惑をかけなかったのであれば良いのだが」

「いえ。ご迷惑どころか、リリアナ様には大変良くしていただきました」

「……そんな、有難いお言葉ありがとうございます」

 会食が始まる前、まだ全員が揃っていないこともあって少しの時間があった。そんな時、雑談も兼ねてなのだろうフォンディア王フェルディナンが心配そうな顔でヴィルフリートとその隣に座るリリアナを見て口を開く。だがヴィルフリートはすぐにその言葉を打ち消して、優しく目元を緩めて微笑むとリリアナを見た。

「リコンテ領では学ぶことも多く、訪問をお許しいただいたこと深く感謝しております」

 フェルディナンはにっこりと微笑みを携えて、ヴィルフリートに向き合った。

「そうか。それならば良かった。……そう、ルシール。こちらへ来なさい」

「はい、陛下」

 フェルディナンは、視線を彷徨わせてすぐに一点定めるとルシールを近くに呼び寄せる。ルシールはすました顔で返事を返すと、フェルディナンの傍らに立つ妃のレオンティーナの傍におしとやかに控えた。見る人が見れば猫を被っているのがすぐに分かるそれだが、恐らくまだ話したことのないヴィルフリートには違いなど分からないだろう。

「第二王女のルシールだ。我が妃に似て、ガルヴァン風の美人だろう?」

「まぁ、陛下。そんなことを仰られては恥ずかしいですわ」

 口元を扇子で隠して笑うレオンティーナは言葉とは違い、表情はさして恥ずかしそうではない。だがにこり緩めた目元は嬉しげで、若い娘であった頃は絶世の美女として名を馳せた名残は十二分にある。フェルディナンの正妃であるレオンティーナは現ガルヴァン王の末の妹姫であった。つまりはヴィルフリートとルシールは従兄妹という関係でもある。だが、国同士で婚姻が多い関係からも王族同士で血縁関係があるのはそう珍しい話ではない。だからこそ、従兄妹同士である二人が初めて話したとしても不思議な話ではないのだ。

「――お話をするのは初めてですわね?いつも妹のリリアナにお話は伺っておりますわ。私は第二王女のルシール・リアーヌ・フォンディアです。よろしくお願い致します」

「ああ、確かに。ルシール様はレオンティーナ様に似て、大輪の花のようにお美しくていらっしゃいますね。ヴィルフリート・ガルヴァンです」

「……まぁ。そんなお言葉をいただけてとても嬉しいですわ」

 ヴィルフリートの言葉を聞いた瞬間、にこやかだったルシールの笑みがほんの一瞬だけピシリと固まった。何しろ彼女は自身とよく似ているレオンティーナと比べられることを一番よく嫌う。断じて母を嫌っているわけではないのだが、『母』に似て綺麗という言葉はルシールにかかっていないこともあるのだろう。

「はっはっは!そうだろう、そうだろうとも!そうだ、どうだね。ヴィルフリート殿下はまだお妃はおられなかったであっただろう?ルシールは君の御目がねに適わんか?」

「……それは、大変有難いお言葉ではありますが。私の独断でお答えできるお話ではありませんので」

 楽しげに笑うフォンディア王は気を良くしたように突拍子も無く、重大な提案を発言した。王である彼が気軽に話すべき言葉ではないのだが、自分の娘を褒められたことがよほど嬉しかったかのようだ。

 ヴィルフリートはちらり、とリリアナに視線を向けて丁寧に言葉を濁した。二人が話すのをつい見ていたリリアナはヴィルフリートとおのずと視線が合って慌てて視線を下げた。

「そうかそうか。まぁ、難しく考えずルシールのこと考えてみておくれ。君たちにとっても悪い話ではないはずだ。……と、ディオンもようやく着いたようだ。食事を持ってこさせよう」

 そこへディオンがやって来て、この話は終わったようだ。正直リリアナはそこで話が終わったことをほっとしていた。

 そして王の合図を待っていたかのように、次々とフォンディア自慢の食材を使った食事が運ばれてくる。あっという間に一通りの料理がリリアナの前を過ぎていき、気が付くとリリアナの前にはデザートが置かれていた。そこにデザートが置かれていたということは、確かにリリアナは料理を食べていたのだろうが全く記憶にない。どれも洗練されていて美味しいはずなのに、その味も全く分からないのだ。

「――デザートはお召し上がりになられませんか?」

「……そうね、フルーツだけもらって良い?」

 リリアナはふわっと季節の果物の香りが爽やかに香るムースを断って、食べやすいフルーツだけを給仕に頼んだ。初めから一口分になっているそれを口に運ぶ。いつもであればこの時点で瑞々しい香りが口いっぱいに広がるはずだ。それなのに――。

 まるで水を飲んでいるかのように味が分からなかった。


 部屋に戻り寝室で休んでいると、控えめな侍女の声がリリアナの沈んだ思考に届く。

「――リリアナ様、お休みのところ申し訳ありません!あの、ディオン殿下がいらっしゃっておいでなのですがいかがなされますか?」

 食事を終えて自室に戻ってきた時にはジゼルがすでに下がっていたので、今いるのは若い当直の侍女だ。普段はジゼルを通して話すことが多く、直接話すことがないので僅かに緊張に体を堅くしていることが見受けられた。

「大丈夫よ、本を読んでいただけだから。応接室でお会いするからそちらで待っていただいて」

「はい!かしこまりました!」

 恐らく年齢はリリアナとそう変わらないに違いない。彼女はほっとしたように明るい声を上げて、すぐに扉の前から踵を返したのが分かった。リリアナは近くに掛けてあった厚手のローブを羽織ると、本を閉じて応接間に向かった。


「ディオン叔父様、先ほどぶりですわね。いかがなさいました?」

「こんな時間にというのも申し訳ないと思ったんだが、先ほどはほとんど話せなかっただろう?それでリリアナの顔だけでも見ていこうかと思ってね」

 ディオンはそう言うとにやりとおどけたような顔で笑った。

「まぁ、そうですの?ああ、そうです。何か飲まれますか?」

「そうだね、お茶だけもらおうか。リリアナもそれであれば付き合ってくれるだろう?」

「はい、もちろん」

 リリアナがそう言って微笑むと、それを待っていたかのように侍女たちがお茶の準備に動き出す。

「そうだ、リコンテ領では面白いことはあったかな?」

「……ええ、とても素敵な街でした。食べ物も美味しかったですし」

「あの街はルージュとブランだけでなく、果物も野菜も美味しいからね。リリアナの好きなチーズがないのは残念だが」

 ディオンは何気なく呟いて、お茶を飲んだ。リリアナはそんなディオンの様子を見ながら、心がざわざわと騒ぐのを感じていた。

「そう、でしたわね。――でも、私叔父様にチーズの話なんてしたことありましたか?」

「おや?失言だったかな。可愛い姪のことを人づてに聞くくらい許しておくれよ」

 ディオンは肩をすくめておどけるように笑った。しかし、それを見ながらリリアナの心はすっかり冷え切っていた。

 リリアナが好きなユルゲン地方のチーズは王宮内では出たことがない。王宮内で出るのは香りが強い、熟成期間の長いハードタイプのチーズばかりだが、リリアナはそのチーズが好きではない。そのためリリアナがチーズを食べるのは決まってフリアンの町の食堂で食べるそれだけだ。そしてそれは王宮内では相応しくないとされているために、それを食べたという話でもしようものなら外に出ていることがすぐに気付かれてしまう。そのため王宮内では話にも出したこともなかったのだ。

 ディオンは微笑んでいるようなのに、その表情が急に分からなくなった。彼は本当に今笑っているのだろうか。リリアナの胸にはそんな疑問が生まれていた。

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