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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
42/61

41 おとぎ話

 ヴィルフリートに指し示された木は屋敷から少し歩いたところにある公園の木であった。公園はよく手入れが行き届いており、木や花々や彩りよく植えられていた。その中の一番大きなシンボルツリーとも言えるものがその木であった。朝というには過ぎた時間であることもあり、公園には少しの人がそれぞれの時間を過ごしているのが見えた。そんな様子を眺めながら、ローレンスと近くのベンチに腰掛ける。

「どのようなつもりなのでしょう」

 その声を発したのはローレンスだった。彼は難しい顔をして、風で揺れる草の先を見ている。

「そうね、どうなのかしら。少し街の暮らしを見てみたいだけなのかもしれないわ。でも今回は私たちもただ外を見て回るだけのつもりだったし、……あの方が一緒で困ることはないと思うのだけれど」

 一応誰が聞いているか分からない場所だ。リリアナは少しだけ考えて、ヴィルフリートの名を呼ぶのを止めた。

「そうですね。私も気を配りますが、リア様もお気を付け下さい」

 ローレンスはそう言って、口を閉じた。それはヴィルフリートの姿がリリアナたちの視界に入ったからだ。


「――待たせてすまない。一人では行かせられないと言うものでな。これはルイ。俺の事はヴィルと呼んでくれ」

 そう言ってヴィルフリートは茶化すように笑って、後ろに立っていた護衛の男を指した。後ろに立っているのは、昨日も顔を合わせたこちらでは珍しい褐色の肌の長身の男だ。ルイと呼ばれた彼は、はぁと大きくため息を吐いて文句を口の中に留めたようだ。

 リリアナたちの前に現れたヴィルフリートは自身の護衛たちと同じ制服を身に纏っていて、紺色のパンツにシャツだ。上着は身につけていないが、腰に帯剣しているので護衛だとすぐに分かる。わざわざ上着を着なかったのは仕事中ではないというアピールなのかもしれない。

「ヴィル様、ですね。分かりました。私の事はリア、この者はローレンスとお呼び下さい」

 そこで簡単な挨拶を済ませ、自身の仮名を告げる。

「分かった。それで、リア様はどちらへ?」

「ええと、初めに町の方を見て、それから教会に行ってみたいと思っておりました。この町の外れにある教会のステンドグラスはとても美しいと聞きましたの」

 リリアナは怪しまれない程度ににっこりと笑って答えた。この街の外れにある教会のステンドグラスが綺麗であるのは本当のことらしいので、嘘は吐いていない。

「そうか。それでは参ろうか」

 ヴィルフリートはそう言うと、正面に居た彼はすんなりとリリアナの左隣を陣取った。元々右手側ローレンスが隣に並んでいたので、両手に男性がいる格好になってしまう。

「え、あの?侍女の私にこのようなことをされますと、その目立ちすぎてしまうかと……」

「どうかされたか?」

「ヴィル様、リア様がお困りです。リア様には護衛の私が付いておりますので、ご心配なく」

 途惑うリリアナが視線を彷徨わせると、ローレンスがヴィルフリートに向かって答えた。確かに今のリリアナの格好は侍女のそれだ。いくら姫付きであろうともここまで厳重に護衛される必要があるものではなく、むしろ街中ではかえって目立ってしまうことだろう。ただでさえ、異国の服を纏った彼らと町で見かけない顔というのも目を引いてしまうものだ。

「ほう。そうであったな。では護衛の役はローレンス殿に任せよう。リア様、行こうか」

「え?」

 ヴィルフリートはにやりと笑うと、リリアナの手を取って歩き出す。


「――ヴィル様が申し訳ない」

「……いえ」

 リリアナの背後からはそんな会話がされていたが、当然二人には聞こえていない。


 あっという間についたそこは小さいながらも、賑わいがある。ちょうど昼時の少し前ということもあり、人気が多いと言えるだろう。

「思ったよりも賑わいがありますね」

「そうね。みんな幸せそうだわ」

 リリアナにとっては呆気に取られるくらいだった。暮らす人は会話を交わしながら町を歩き、買い物をする。人々は皆楽しそうで、幸せそうだ。

「――おや、お兄さん。もしかしてお姫さんとこの騎士様かい!」

「はい、そうですが?」

 声をかけてきたのはパンに肉を挟んだ簡単な軽食を売る屋台の女性だった。恰幅の良い体から発せられる声ははきはきとしていて、明るい笑顔と共に人を惹きつけるものがある。

「やっぱり!実はこの間聞いたばかりなんだよ。いやぁ、お兄さんもやるね!おばさん応援しているからね!ほら、これをお食べよ!」

「え?聞いた?――ああ、代金払います!」

 ローレンスは女性から食べ物を無理やり渡されながら聞き返すと、女性は楽しそうに笑う。

「いいから、いいから!王都ではお兄さんとお姫さんとの恋物語が流行っているそうじゃないか!」

「一番上の王女殿下のことではないですか?ランベルト様との婚姻もお決まりですし。私は第三王女の騎士ですが……」

 実際、二人を題材にした恋愛小説が流行っている。実在しない生き物などもたくさん出てくる架空の物語なのだが、大層な人気であるという話だ。

「いーや、アンタのことだよ。何でも何十年ぶりに専属騎士を付けたのはお姫さんがお兄さんと少しでも傍に居たいかららしいじゃないか!でもお兄さんを見たら納得したよ。お兄さんみたいなきれいな人ならおばさんだって傍にいたいもんねぇ。はっはっは!」

 女性が楽しそうに笑うのを見ながら、リリアナは乾いた笑みを漏らす。

 以前、そんな話を叔父のディオンが言っていたのだ。『もう何年も居なかった王族の専属騎士を滅多に姿に見せない末の姫が側に置いたなんて格好の噂のネタだろうね。騎士の禁断の恋という噂が主なものだけれど。おかげで君の名前は王都では旬な話さ』そう言って笑った彼の笑顔が脳裏に過ぎる。

 あの話を聞いたのは数ヶ月前であったが、王都から離れたこの町に話が来たのは最近のことなのだろう。

「禁断の恋、か」

「それは、その!」

 傍に立っていたヴィルフリートは表情の読めない顔でぽつりと言う。リリアナは何か言おうと口を開こうとしたが、何を言っても言い訳みたいなものを言いそうになるので、そのまま開閉しただけで口を閉じた。

「そういえばお姉さん」

「なんだい?お姉さんだなんて嫌だねぇ。照れちまうじゃないか!」

 にやりと笑ったヴィルフリートは突然女性に声を掛ける。声を掛けられた女性は嬉しそうに笑いながらヴィルフリートの話に耳を傾けた。リリアナたちもヴィルフリートが何を言う気なのかと見ていると、彼の口からは予想もしないことが発せられたのだ。

「うちの殿下も王女様に横恋慕しているとかって聞いたな」

「ヴィ、ヴィル様ッ!何を言っているんですか!」

「はは。そう怒るなよ、ルイ。聞いた話を言ったまでさ」

「ああ、もう、本当に貴方という人は……」

 確かこのルイはヴィルフリートの護衛係のはずだが、二人を見ているとそれだけではないのだろう。ルイのお説教モードに入ったのを見て、ローレンスもはぁとため息を吐いた。

「はっはっは!アンタたち面白いねぇ。本当にお代はいらないよ。うちの食べ物はどれも美味しいよ。アンタたちがその辺りで食べてくれればそれで宣伝になるだろうし、気にしないでおくれ」

 楽しそうに笑う女性には結局お金を受け取ってもらえなかったので、ありがたくお礼を言って人数分を頂戴して屋台を離れた。


 そして、次にやって来たのは町の外れにある教会だった。 教会が町外れにあると言っても、町自体が小さいので街中までは徒歩でもすぐだ。

 教会は豪華でもなければ、洗練された最先端の建物でもない。だが開けた野に立つというそれだけでどこか強さと厳かさ、そして優しさを兼ね備えているようだった。

 教会の敷地内に入ると、数人の神職者の姿が見えた。それぞれ静かに仕事をこなしているようだ。

「お仕事中すみません。少し中を見学させていただきたいのですが、中へ入ってもよろしいでしょうか?」

「ああ、伯爵様のところに来ているお客様ですね?どうぞ、何でも見ていって下さい」

 どうやらこんな場所にまで話は通っているらしく、ローレンスが聞くとにこやかに了承の返事をもらえた。リリアナたちはお礼を言うと、礼拝堂の中へと足を進めた。

 中は天井が高く、光がステンドグラスの藍色とも言えるような青を通って差し込んでいる。床の一部が、その光を纏って青に変わっているのがまた美しいと言えるだろう。

 そうやってステンドグラスを眺めるようにしながら、中の様子を伺う。神職者以外の人は数人だ。静かに祈りを捧げる老婆、祀られている神の像をぼんやりと眺めている男性、そして数人の子どもと神父と思われる男性だ。

「――ねぇ、おねえさんってお姫さまのところの人?」

 下の方から声が聞こえたので、そちらに顔を向けると癖のある赤毛の小さな女の子がリリアナを見上げていた。

「ええ。そうよ」

 少女の視線に合わせるように屈んで答えると、少女はにっこりと笑う。

「やっぱり!この間ね、伯爵さまが言っていたの。今度お姫さまがこの町に来るんだよって」

「伯爵様とはお話されたことがあるの?」

 少女の無邪気な言葉にリリアナは驚きを隠せない。リリアナが少女に聞き返すと、少女は大きく頷く。

「うん!よく教会に来るんだよ。いつも聞いたことがないような楽しいおとぎ話をしてくれるの!大きなくだものから出てきた王子様のお話とか、あとあたしが好きなのは白くてきれいなお姫さまのお話なのよ」

「果物から出てきた王子?どんな話なんだ?」

 横にいたヴィルフリートが興味を引かれたらしく楽しそうに笑って、少女に聞く。

「ええとね。川から大きなくだもの、確かルリモを桃色にしたようなものって言ってた。それを拾ったおじいさんとおばあさんがお家に帰って、それを割ったら王子さまが出てくるの!それで、動物をお友だちにして悪い人をやっつけるのよ」

「確かに聞いたことのない話だな。伯爵様は随分と楽しい人なのだな」

「うん!いっつもむずかしい顔で面白い話をするの。わたしの友だちもみんな伯爵さまのお話を聞くの大好きなのよ」

 少女はにこにこと笑うと、母親らしき女性に呼ばれて行ってしまった。少女の話を聞いていると、どうやら子どもたちにとても好かれていることが分かる。そして――。

「リア様、ご気分でも優れませんか?」

「え?そんなことないわ」

「でも、お顔が真っ青です」

 ローレンスの言葉に平然として答えたつもりが、指先が震えているのに気付いた。それを隠すように自身の両手を組んで握ってにっこりと笑う。

「大丈夫。ここが暗いからじゃないかしら?さぁ、次に行きましょう。時間はあっという間に無くなってしまうわ」

「あまり無理をされないようにな。心配しているのは貴女の護衛だけではない」

「……はい」

 ヴィルフリートの言葉に頷いて、四人は教会を出た。


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