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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
4/61

03 主役級の笑顔

 リリアナが離宮に戻ったのは夕方になる少し前だった。こっそり隠し通路を潜ると、そこには当たり前のように一人の侍女がいる。

「まぁまぁ、今日も楽しまれたようで。さぁ、湯浴みへどうぞ」

 優しい笑みを浮かべるのは王城から着いてきてくれたジゼルだった。ジゼルはリリアナの秘密を知る唯一の侍女であり、リリアナが帰って来るまではこの部屋の秘密を守ってくれている。ジゼルはリリアナを浴室へ追いやると、すっかり土埃を被ったリリアナを元の王女へ戻していく。

「そろそろ日差しも気になりますし、今日は美白対策をさせていただきます」

「いつも迷惑かけるわ」

「とんでもありません。止めても聞いていただけないことは分かっております。ただ、危険なことだけはお止め下さいね」

「ええ。分かったわ」

 快く返事をしたリリアナに調子を良くしたのか、ジゼルは美白に効くという何とかという薬草やらオイルやらを丁寧にリリアナの肌に刷り込んでいく。慣れてはいるが、辛いそれをじっと耐えてリリアナは目を瞑った。


 今日やってきたローレンスという男性は本当に綺麗な人だった。話して分かったのはどうやらリリアナの一つ下のようであったが、それを感じさせないくらいにすっかり体は男性のものだった。力仕事や泥仕事も嫌な顔一つせずに笑顔でこなす姿は好感を覚え、シスターや子どもたちはすっかり彼に気を許していた。

 けれど、とリリアナはため息を吐く。確かに運命を変えたいと決意したけれど、姉のことを好きになるはずの人に懐かれてしまうとは。キラキラとした彼に笑顔を向けられるのは嬉しいが、正直心臓がもちそうになかった。美しい姉たちとは違い、リリアナは平凡な容姿で彼の隣に立っていられる程、顔の皮は厚くない。それに今は敬称やニックネーム的な意味合いで姫と呼んでいるだけのようだったが、騎士という彼の職業柄、いつ自分が本当に姫だと分かってしまうかも気が気でない。

 考えれば考えるほど気が重いリリアナであったが、黙って作業をしていたジゼルの作業終了を知らせる声に意識を浮上させた。

「リリアナ様、以上で終わりです。それとこちら、ギルバート様から招待状が届いておりますわ」

 そう言ってジゼルが差し出すのは町では見ることのない、美しい紙に書かれた招待状だった。

「お兄様から?……ああ、そうね。もうご結婚されて三年になるのね。ギルバートお兄様の招待なら行かないわけにいかないわね。今から返事を書くから明日朝一番に出してもらえる?」

 兄のギルバートから届いたのは、成婚三年を記記念した舞踏会への招待状であった。ギルバートは現国王と王妃の王子であり、次の王太子である。三年前にめでたく成婚し、その際の数々の式典や結婚式、舞踏会にはもちろんリリアナも参加した。切れ長の瞳と表情に乏しいために冷たい印象を与える容姿の兄ではあるが、新婦である可愛らしい印象の妃の前では心なしか幸せそうに見えた。王太子という身分上、幼い頃からの婚約者ではあったが年々育んだ愛情がきちんとあったらしい。政略結婚ではあったが恋愛結婚のようで、リリアナもいつか結婚する時はどんな形であれ兄夫婦のように想い合える人と結婚したいと思っている。

 そんな兄の成婚三年の祝いの舞踏会が開かれるのだと言う。リリアナは何かと理由を付け、夜会や舞踏会には必要最低限しか顔を出さない。だが、今回は必要最低限のそれにあたる。兄夫婦主催の舞踏会であれば、下位の妹も出席の必要がある。

「はい。かしこまりました。それでは、明日はドレスの採寸も致しましょう」

「前と同じので良いわよ。まだ綺麗だし」

「せっかく珍しく舞踏会に出席なさるのに何てことですか!ダメです。明日はそれが終わるまで外出禁止ですからね」

 きつく言い含めるジゼルに思わず黙り込むと、ジゼルはにっこりと笑う。

「当日のことはお任せ下さいね」

「……ええ、ジゼルに全部任せるわ。ただ、あんまり派手にしたら嫌よ」

 リリアナに言えるのはそれで精一杯だった。きっと衣装のことを考えているのであろうジゼルは意気揚々と部屋を出て行った。リリアナはその背中を見て、あまり飾り立てないでくれますようにと小さく祈るしかない。

 そしてテーブルへ向かうと、新しい便箋とペンを出して兄から届いた招待状を改めて見る。そこには、王太子夫妻のダンスの後に妹たちのダンスを頼む一文が加えられていた。

 きっと、ユリシアは婚約者のランベルトと踊る。ルシールは取り巻きの中からダンスの上手い誰か。そしてリリアナは誰にしようかと考えを巡らせていた。婚約者がいない上に引き篭もりのリリアナには知合いも少ないし、ルシールのように適当な誰かもいない。

「お兄様には悪いけど、体調が悪いってことにしてしまおうかしら」

 そういう言い訳で壁の側の椅子に座るのも良いかもしれない。リリアナは唯でさえダンスが苦手である。それなのに大勢の前で踊らなければならないなんて特別悪くない心臓であるけれど、動悸がしてくる気がする。会に華を添えるという意味ならば、姉二人で十分なのだ。優しく美しい姫ユリシアと騎士のランベルトのカップルは国民に広く人気がある。さらに大輪の薔薇の美しさを持つルシールと一緒に並べと言う方が無理に決まっている。どうせ、ルシールのエスコート役を勤める男性も美しい人に決まっている。リリアナは当日は顔色が悪く見えるように化粧をしようと心に決めた。


 そして次の日は採寸が終わっても髪型セットの予行やら、アクセサリー合わせ、靴選びなどで一日の大半を奪われてしまった。ようやくリリアナに自由な時間ができたのは、疲れたから休ませてくれと侍女に頼んだからであった。


「……ローレンス様、来ていらしたのですか」

 太陽が真上から降りてきた頃にようやく孤児院に着くと、すぐにプラチナブロンドが子どもたちと黒板を囲んでいるのが目に飛び込んできた。昨日着ていた白の制服ではなく、白のシャツに茶色のパンツだった。それぞれの質はかなり良さそうではあったが貴族にしてはかなりラフなものだった。

「はい。今日は非番でしたので、何かお手伝いできないかと」

 にっこりと笑うローレンスにリリアナの心も揺れる。王都とこの町は馬で2時間ほど。ものすごく遠いわけでもないが、馬車では半日かかる距離だ。王都から通うのは楽ではない。

「……それはありがとうございます。子どもたちも喜びますわ!」

 リリアナが心から笑みで返すのには十分な理由であった。ローレンスがこうやって孤児院に来てくれる理由は分からないが、こうやって子どもたちに文字や計算や他にも色々なことを教えてくれる人が増えればどんなに素晴らしいことか。

「……リア様は喜んで下さらないのですか?」

 リリアナの言葉に一瞬固まり、すぐに切なげな顔でローレンスは顔を上げた。

「えっ、それは私も喜んでいますよ?」

「それならよかった。私だけがあなたに会いたがっているのであれば少し悲しいですからね」

 慌てて答えたリリアナにローレンスはにっこりと笑う。その笑顔は漫画の主役級らしく、破壊力が十分だった。

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