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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

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37 温室

 リリアナは僅かな従者、ローレンスだけを連れて王都の外れにあるディオンの屋敷にやって来ていた。屋敷とは言っても小さな城のような外観であるが、住んでいる人間が王族の人間なのだから仕方のない話であるだろう。

 そんな叔父の元にやって来た理由は一つだけだった。ローレンスにも退出してもらい、ディオンを二人きりになるとすぐに話を切り出した。そして渋るディオンに再度、口を開く。

「――お願いします!リコンテ領に行ってみたいのです」

 リリアナがディオンに頼んでいることはリコンテ領の見学だった。先日初めて顔を合わせたオービニエ伯爵が管理する地方だ。彼によって管理されたリコンテ領は良質なルージュとブランシュの産地として知られ、あまりたくさん飲んだことのないリリアナにも分かるほどに美味しかった。ルージュは艶めくような赤色が美しく、ブランシュは透き通るようである。

「――そうは言ってもだよ、リリアナ」

「お願いします」

 言い含めるような口調で、ディオンは何とか断ろうと考えているのがすぐに見て分かる。口元の口ひげの先を指先で触りながら、リリアナを諦めさせるための言葉を考えているのだろう。だが、それを遮るように再度告げる。ディオンの瞳からは視線を外さずにじっと見つめたまま言うと、ディオンは諦めたように息を吐いた。

「はぁ。分かった、分かったよ」

「え!よろしいのですか?」

「困ったことに僕のお姫様の顔には『梃子でも動きません』としっかり書いてある。こうなったら仕方ない。僕が何とかしよう」

 ディオンは困ったように笑って、降参するように両手を上げた。

「ありがとうございます!」

「君に無理をさせないようにするために少し考えがあるからね」

 ディオンはそう言うと楽しげにおどけてウィンクをしてみせる。

「そんな無理なんて」

「僕のお姫様は案外お転婆で気が強いということ、僕が知らないとでも思っているのかい?あんまり行動力がありすぎると目を瞑っているのも大変なんだよ。君もそろそろお年頃なんだから、あんまり城を抜け出すのは関心しないよ」

「……ご存知でしたのね」

 楽しげにおどけていた顔からは一転し、ディオンはまるで幼子を叱るように真剣な顔でリリアナを見ている。てっきり知られてはいないと思っていたことが気付かれていたことを知って、言いようのない気まずさがリリアナを襲う。

「王都は警備も行き届いているかもしれないが、それでもどんな場所にも必ず闇は潜んでいるものだよ。この世に光があるなら、必ずそこに影も生まれるんだ。美味しいブランシュの作り方以外にも色々気になることがあっても無理はしないこと。――約束できるかい?」

 ディオンには『先日飲んだブランシュがあまりにも美味しかったので、どのように作られているのか見てみたいのでリコンテ領に行ってみたい』とだけ言っていた。だが、ディオンのその顔を見るとリリアナの考えなんてまるでお見通しらしい。

「はい。決して無理はしませんわ!」

「それならいい。本当にリリアナはいつからこんなにお転婆になってしまったんだか。リリアナがリコンテ領に訪れることができるように手配をしておく」

「叔父様!ありがとうございます!」

 ディオンはリリアナに言い含めるように言い終わると、満足したのか目の前に置いてあったお茶を飲む。

「……まぁね、あの男が怪しいのは分かる。でも、あの男が危険なことも幼子にも分かる話だ。とてもじゃないがリリアナの手に負えるものじゃない」

「分かっております」

 ディオンの言葉にリリアナも頷く。あの男の目はどこか寒々しいものがあった。ルシールが忠告してきたようにリリアナが傍へ近寄ることなんてやめておいた方が良いに決まっている。

 ――だが。

「お兄様が議会で学校のことを議題に出してくれたと聞きました」

「リリアナ」

 この先にリリアナが言わんとしていることにディオンも気付いたらしかった。ディオンはそのことをリリアナが知っていることを驚いた様子でリリアナを見つめている。

「反対している貴族がいることも知っています。でも。叔父様、私はもう小さな姫ではありません。反対されても、人に嫌がられても、それでもやらなければならないことがあるのです」

「……そうか、そうだった。君はもう立派なレディだったね。リリアナはリリアナの成すべきことがあるのだね」

 ディオンは寂しそうにぽつりと呟くとぎこちなくリリアナに微笑んだ。

 リリアナにとって、叔父のディオンは父よりも親しい大人の男だった。父は当然ながらリリアナだけの父ではない。優先しなければならない王妃の子である兄と姉がおり、さらにそれよりも大切な民がたくさんいる。生まれたその瞬間から王である父は自分だけの父ではなかったのだ。だがディオンはいつもリリアナの傍に居てくれる数少ない大人だった。王弟である彼は結婚をしていなかったこともあるのか、まるで実の兄のように寄り添い、そして父のように見守ってくれていた。

 しかしその温室のように安全な居場所も少女だった頃までの話にしなければならない。すでにリリアナは成人の年を迎え、一人の王族として国のためを考えていかなければならないのだ。子どもの頃のように、ディオンに甘やかされてぬくぬくとしていて良い時間はすでに過去のものになっている。

「はい、ディオン殿下。どうか温かく見守って下さいませ」

「――そうだね」

 リリアナの言葉にディオンは静かに頷いた。


 最小限の人数で訪れたために、帰りの馬車の中はリリアナとローレンスの二人だけだ。走り出して少しすると、ローレンスが心配そうにリリアナを見た。

「ディオン殿下とのお話は上手くいったのではなかったのですか?何か心配事でも?」

「いいえ。何でもないわ。ただ、少し昔のことを思い出していたの」

 リリアナの脳裏には子どもの頃にディオンが傍にいてくれたことが浮かんでいた。物心がついて以降の記憶で傍に大人の男性がいると思えば、そのほとんどはディオンであったように思う。他の子どもが父に褒めてもらうのと同じように、リリアナのことを褒めて甘やかしてくれるのはディオンだった。

 リリアナは誤魔化すように笑みを作ると、ローレンスを見る。ローレンスは今だ気遣わしげながらも、リリアナの表情を見てそれ以上口にするのは止めたようだ。

「……先日の夜会で聞いた声の主が分かりました」

「そう、誰だったの?」

「共通点はまだ見つかっておりませんが。バランド家、アレオン家、それからカリエール家の嫡男のようでした」

「バランド子爵、アレオン男爵、カリエール子爵ね。あまり大きな家ではなかったわね?」

 名前と顔が一致するかは別にして、リリアナも一応王女であるので貴族の名前だけは大体覚えている。暗記は得意だったので貴族の家名だけは分かる。だが顔まではやはり分からないのであまりピンと来ない。有力な貴族であればそれなりに名前を聞いただけでどんな人物なのか、どんな家柄なのかが思い浮かぶ。つまり思い浮かばないということはあまり有力な貴族ではないということなのだろう。

「はい。そうですね。まぁ、あのような場所で口走るくらいですから程度が知れるということでもありますが」

 ローレンスはそう言ってにっこりと笑って頷いた。どうやらあの時の男達の話し方が気に入らなかったらしい。

「もう、ローレンス」

「他にも何か分かりましたら報告致します」

「ええ。お願いするわ」

 一転して普通の笑みに戻ったローレンスに頷く。ふいに視線をやった馬車の窓からははディオンの屋敷はもう見えなかった。

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