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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
35/61

34 意志の宿った瞳

 次の日、リリアナは以前と同じように簡素なワンピースを着てフリアンの孤児院に訪れていた。お供はいつもようにローレンスだ。そのローレンスはの周りには小さい子どもたちが纏わり付いてる。農作業に明け暮れている彼の綺麗な顔には泥が付いているのがおかしくもあり、微笑ましい。時々男の子が木の棒を持って戦いを仕掛けにいくも、さすがの騎士である彼は上手く流している。そんな子どもたちを眺めながら、洗濯物を片付けていたエリーに声をかけた。

「ねぇ、エリー。ちょっといいかしら?」

「はい。何ですか?王女様」

「もう。いつも通りリアって呼んでいいのよ?」

「でも」

 エリーは戸惑った顔でリリアナを見た。今まで身近な存在であった教師が国の王女だと言われて、戸惑わないわけもない。リリアナはふわりと笑って、まるでおねだりでもするかのようにエリーを見る。

「いいのよ。ね?」

「――分かりました。リア先生、どうかしましたか?」

「貴女はここを出たら商人のところで働くって言っていたけれど、その当てはあるの?」

「いいえ。それはこれから探そうかと……」

 昨日、エリーは孤児院を出たら町に出て雇ってもらうつもりだと言っていた。確かに孤児院出身の子がきちんとした勤め先を見つけられれば、それは良い前例になる。だが、孤児院出身で身元保証人がいないエリーが金銭を扱う仕事に就くことは簡単ではないだろう。

 エリーはリリアナが教えていた中でも優秀で、計算もかなりよく出来る方だった。学習意欲が高い子でリリアナはエリーのために本などを貸し出すことも多かった。エリーはあっという間に本を読み終わってしまうので、リリアナの離宮に置いてある本もほとんど読み終わっているかもしれない。そんな優秀なエリーでも就職は簡単なことではないと思われた。

「そう。当てはないのね。身元を保証してくれる人は決まっているの?」

「……それは、まだです」

 エリーは言いにくそうに顔を俯かせた。リリアナは厳しいことを言っているように思われるかもしれない。だがリリアナにはエリーに頼みたいことがあった。

「エリー。貴女、教師になってみる気はない?」

「え?私が、ですか?」

 エリーはその言葉を信じられない様子だった。エリーはリリアナの言葉を確かめるような目で見ている。リリアナの誘いは突然のことであったし、エリーにとっても思いがけないものであったに違いない。

「もちろん、エリーが嫌じゃなければの話よ。返事は条件を聞いてから、よく考えた後でいいの。だから、まずは聞いてもらえる?」

「分かりました」

 頷いたエリーを安心させるようにできるだけ優しい声色で言葉を選ぶ。

「あのね。私は今貴族じゃない人も通える学校を作ろうとしてるの」

「貴族じゃない人も通える学校ですか?」

 エリーは信じられないものを聞いたような顔でリリアナを見た。これだけ驚かれると面白いくらいだが、顔が緩まないように気を付けて気持ちを引き締める。

「ええ。そうなの。その準備をしているんだけど、どうしても教師になってもらえるちょうどいい人がいなくって。それでエリーならとても優秀だったし、年下の子たちの面倒も良く見ているでしょう?向いているんじゃないかと思って。もちろん空いた時間は貴女の好きにしてもらってかまわないし、今まで通りエリーが学びたいことがあればそちらも応援するわ」

「でも、そんな。買い被りすぎです!」

 エリーは首を横に振って、きゅっとエプロンの裾を掴んでいる。その表情は頑なで、どう説得すれば良いかと考えているとエリーの後ろからふわりと声が届いた。

「――いいえ。そんなことありませんよ」

 シスターは優しい笑みを浮かべて、ぽんとエリーの肩に手を置く。エリーはその手の先からシスターの顔へと視線を動かした。

「リア先生、私もエリーを推薦致しますわ。エリーはとても優秀ですし、できれば教師の道を歩ませて勉学の機会を作ってあげたいのです」

「……シスター」

「シスターが言うのなら間違いはないわ。ねぇ、エリー考えてみてもらえないかしら?きちんと給料も出るし、勉強も続けられるわ。貴女にとって悪い話ではないと思うの」

 リリアナはエリーのぎゅっと握られていた手を優しく包んで広げる。その手にぬくもりを伝えるようにしながらにこりと微笑む。

「少し……考えさせて下さい」

「ええ。ゆっくり考えていいと言いたいのだけれど、一週間で返事をもらえると嬉しいわ」

「はい」

 エリーはそう頷いたきり何も話さなかった。リリアナも傍に居るのを控えようと、後はシスターに任せて教室としている部屋へと戻った。

 教室へ戻ると、片付けをしながらリリアナは一人考えていた。

「エリーが引き受けてくれたら教師の問題はとりあえず安心なのだけれど……」

 リリアナは学校建設を考えていたが、初めから一気に何校も開校させようとは考えていなかった。まずはモデルプランとなる事例があった方が説得力があるし、それにいきなり大きなお金を動かすのは難しいだろう。だからとりあえず一人確実な人間が教師になってくれることがリリアナにとっては望ましかった。エリーであればリリアナの考えをよく理解し、子どもたちのために働いてくれることが期待できる。だが、さすがに一人きりに任せてしまうのは難しい。ここで行ったようにリリアナが自ら教鞭に立つこともなかなか現実的ではないだろう。

「ほーら!ジゼルさん、リア先生ここにいるって言ったでしょう?」

「あらあら。本当ね。みんなすごいわ」

 明るい複数の声に顔を上げると、女の子たちに囲まれたジゼルが傍に来ていた。

「ジゼル、大丈夫?」

「ええ。……普段はこんなに子どもに囲まれる機会がありませんので、戸惑いましたけれど。でも、かわいいですわ。弟のことも思い出しますし」

 騎士団所属だったローレンスは置いておいても、王女の傍仕えをするということはジゼル自身もそれなりの貴族令嬢だ。どちらかというと、世話をしてもらう立場である。ここの子どもたちは普通の平民ということもあり、やんちゃで元気な子が多い。ジゼルが相手をするのは大変なのではないかと思ったが、予想に反してジゼルは本当に楽しそうに笑っていて安心した。

「そういえばジゼルには弟が居たのだったわね。息災に暮らしていらっしゃる?」

「ええ。先日の休暇で実家に帰りましたら、何だか大きくなったように見えて驚きましたわ」

「あら。おいくつだったかしら?確か私と年が近かったのよね」

 もちろん直接見たことはなかったが、昔聞いた記憶を頼りに思い浮かべる。世話焼きのジゼルは世話を焼くことに熱心で、こちらが聞かない限りはなかなか自分のことを話してくれないのだ。それは侍女であるジゼルとしては当然の姿なのかもしれないが、長いこと一緒に過ごして姉のようにも思っているのに少し寂しいとも思う。

「はい。リリアナ様の一つ下ですので、今十七歳ですわ」

「そう、一つ下だったわね。ジゼルをあまり家へ帰さないから私は嫌われているわね」

 ジゼルには本来であればもっと休みがあるはずなのに、ジゼルを付きっ切りにさせてしまっているので、なかなか実家へ顔を出す暇も無いことだろう。

「まさか、そんなことはありませんよ。私のリリアナ様好きには呆れておりますけれどね」

 ジゼルはそう言ってくすくすと笑みを零す。

「あたしもリア先生好きだよー!」

「うん。いっつも先生はいい匂いがするもん」

 ジゼルの周りに居た女の子がそう言って、リリアナの腰に抱きつく。その衝撃を受け止めながら、リリアナも頷く。

「ええ。私もみんなのこと大好きよ」

 リリアナの大事な大事な国民。だが、それだけではない。実際に顔を合わせて、触れ合って、話して。昔のように姫らしく城に籠もっていたときよりも、沢山の色々なことが見えるようになった。


 そして数日の日が経った。リリアナは孤児院での活動を終え、夕暮れが迫って来たので居城へと戻ることにした。リリアナは子どもたちに別れを告げ、孤児院を出ようとすると複数の子どもたちが見送りに出て来る。

「みんな、また明日ね」

「はーい!」

「ローレンスさま、ちゃんとお城までリア先生をお守りしてね」

「はい。私に任せて下さい」

 子どもの一人に目線を合わせてローレンスが笑う。子どもたちはローレンスやジゼルにもすっかり懐いて、そしてそれを受け止めてくれる侍従たちが嬉しい。思わず顔に笑顔を浮かべながら歩いていると、後ろから駆け寄ってくる足音が聞こえる。ローレンスの空気が一瞬ピリッと尖り、だがすぐに元に戻ってリリアナを見て笑って頷いた。

「――リア先生!」

「エリーじゃない。どうしたの?」

「あの。先日のお返事を言いたくて」

 振り返ると、そこに居たのはエリーだった。ここ数日何となく元気が無く、リリアナがエリーのことを悩ませてしまっているのはよく分かっていた。だから、エリーが答えを出したのだということがすぐに分かった。

「分かったわ。聞かせてもらっても良い?」

「はい。私に先生のお手伝いをさせて下さい!」

 エリーの瞳には決意の炎が宿り、リリアナを見ていた。その意志は固く、もう揺らがないという決意が現れているようでもある。

「まぁ!本当に?いいのね?」

「はい。私に出来る限り頑張りますので、お力になりたいです。よろしくお願いします」

「ありがとう!」

「わ、りっリア先生?!」

 思わずエリーに抱きついたリリアナをエリーは困ったような顔で受け止めた。

「これからよろしくね。エリーが手伝ってくれたら心強いわ!」

「いえ、そんな!」

 リリアナが笑うと、エリーも困ったように笑った。

「――まぁまぁ、リリアナ様。嬉しいのは分かりますけれど、そろそろ日が暮れてしまいますわ。エリーを離してさしあげませんと」

 そんな二人にジゼルはくすくすと笑って離れるように言って、リリアナは慌ててエリーを解放したのだった。

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