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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
32/61

31 優しさ

アンケートへのご協力ありがとうございました。

3月22日の活動報告へ結果について載せさせていただきました。

 リリアナが王城へ戻ってすぐにギルバートの執務室へ呼び出された。王女ともなれば少し出かけるだけでも荷物が多くなってしまうらしく、侍女たちは片付けに追われていたのでローレンスを伴って執務室へと向かった。

 ジゼルに言わせればそれでも姉のルシールと比べて少なすぎるくらいらしいが、本人としてはもっと身軽で良いと思うくらいだ。似合う人や好きな人だけがそうすれば良いと思うのだが、お姫様というやつはそういうわけにはいかないらしい。あまりジゼルに言いすぎると逆にごてごてと着飾られてしまうのでリリアナは早々に注文をつけることを諦めている。

「ディカードでのことかしらね」

「おそらくはそうでしょうね。リリアナ様にとっては初めての遠出でのご公務でしたから」

 執務室に向かって歩きながらローレンスと会話を交わす。さくさくと進みながら兄との会話を脳内でシミュレーションをしてみる。実の兄とは言え、真面目で忙しい兄と話すのはいつも少しだけ緊張してしまう。

「叱られないといいのだけれど」

「リリアナ様は立派にお役目をこなしておられましたよ。心配には及びません」

「ふふ。ありがとう。――それじゃあ、行きましょうか」

 ローレンスならそう言ってくれるだろうという気持ちもあって、冗談めかして言うと予想通りの答えが返って来る。その言葉に勇気をもらって、ギルバートの部屋付の侍従に訪問を告げた。するとすぐに中に入るように伝えられた。

「リリアナ、疲れているところ呼び出してすまない。まずはご苦労だった。問題は無かったか?」

 リリアナが執務机の前まで進むと、初めから気配を察していたかのようなタイミングでギルバートが書類から顔を上げた。

「いいえ。私は大丈夫です。ディカードでは特に問題もなく視察が終わりました」

「そうか。先ほどヴィルフリート殿からもリリアナが良くやってくれたとお褒めの言葉をいただいた」

「――それは、良かったです」

 予期せぬ時にヴィルフリートの名前が出たのでどきりと胸が鳴って、そうとだけ返すのが精一杯だった。唐突に言われた告白はまだリリアナの心を動揺させている。

「リリアナももう成人の年だ。このような視察に一人で赴いてもらうことも増えるだろうが、大丈夫そうだな?」

「はい。――、何かあるときは申し付けて下さい」

 ギルバートの探るような視線にリリアナは頷く。いつものように『私で良ければ』と言いそうになって、寸前の所で内に留めた。私でという言い方は自信がない、自分を卑下する言葉だということに気付いたからだ。こうして他の人と話している時でもヴィルフリートの言葉がリリアナの心に甦っている。

「そうか、分かった」

「それで、お話はそれだけではないのでしょう?」

「ああ。ディカードに行く前にもらった学校創立の提案書についていくつか聞きたいことがある」

「はい」

 ギルバートの声に僅かな緊張が走り、リリアナは体を固くする。ここ数日忘れていたわけではないが、それでも少し気が緩んでいたのは事実だろう。

「まず、リリアナに聞きたいのは二点だ。一つ目はリリアナも知っているように我が国に余分な財はない。資金はどうするつもりだ?貴族による寄付は期待できないだろうな」

「それは、分かっております。学校の建設自体はせずに、既存の建物などを利用することで経費の削減をと考えています」

 ギルバートの問いにリリアナの声は詰まる。考えていなかったわけではない。すぐに気持ちを持ち直して答えたが、兄はきっとこの答えでは不十分だと言うのだろう。

「気になることもあるが、とりあえず分かった。次に学校で教える教師のことだ。文字を使える人間はおのずと貴族が多いし、平民で文字が使えるものは重要な仕事に就いている者だろう。教師として雇う人材はどう考えている?貴族を使うとなれば条件はかなり厳しいぞ」

「――それに関しては心当たりがあります」

「心当たり?」

 リリアナの言葉にギルバートは予想外だと言いたげに訝しげに片眉を上げてリリアナを見た。だがリリアナはそれも当然だろうと思えた。彼の中ではリリアナというのは病弱で大人しく、部屋に籠もりっきりの妹のままなのだろう。実際そうやって過ごしている時間も確かにあって、それは当然ながら仮病ではない。しかし体力面に関してはまだ劣るところがあるかもしれないが、今のリリアナは健康そのものだ。どうしたらそれをギルバートに分かってもらえるのだろうと考えながら、問いの答えを返した。

「はい。フリアンに何人かいるのです」

「フリアン?お前の住んでる離宮のあるあの町か?」

 ギルバートはリリアナの言葉を聞いてもまだ納得がいかないような顔でこちらを見ている。リリアナは自分がやっていたことをギルバートに告げるべきか悩んでいた。あれは身分を隠しての行動だったし、一国の王女が付き添いも付けずに外に出るなんで褒められた行動ではない。きっと兄はリリアナを心配するだろう。

「そうです。と言っても本人たちに承諾は得ておりませんし、しばらくフリアンに戻りたいのですがよろしいですか?」

「……うむ。そうだな。ヴィルフリート殿もお国へ帰られるし、しばらくは公的行事にリリアナが居らずとも良いだろう。問題ない」

「ありがとうございます。ではヴィルフリート殿がお帰りになられたらフリアンへ向かいます」

 そう言うとリリアナは部屋を出ようと後ろに下がる。それをすぐにギルバートの声が遮った。

「――リリアナ」

「はい。何かありましたか?」

 振り返って兄の顔を見ると、兄は少しだけ険しい顔でリリアナを見ていた。

「いや。体には気を付けろ。――そこの騎士。ローレンス・ベルリナーズとか言ったか」

「はい」

「いや。立ったままで良い」

 ギルバートは唐突にローレンスに声をかけた。すぐにその言葉に反応して膝を付こうとしたのをギルバートが止めた。

「くれぐれもリリアナのことを頼む」

「はい。勿論でございます」

「リリアナも外に出る時は必ず騎士を連れて行け」

「え?」

 ギルバートの声は心配に満ちていた。つい先ほどまでとは打って変わって、兄としての顔を見せるギルバートにリリアナは戸惑った。兄は席から立ち上がるとリリアナの前へ立った。

「ちゃんと返事をしないか」

「……はい」

 リリアナがようやく返事をすると、少しだけ目尻を下げてリリアナの整えられた髪を不器用に、それでも慎重に撫でる。兄に頭を撫でられるのは幼い頃以来のことでリリアナは驚いて身動きができない。ただ優しく触れられるそれをじっと見ていた。

「これでもお前を心配している。リリアナは昔から一人で何でもできていたが、だからこそ心配だ。私はお前にしてやれることはほとんど無い。兄であると言うのにリリアナを心配することしかできず、すまない」

「それは当然です。執政者であるお兄様が私の言うことを全て聞いてしまえば国は破綻してしまいますもの。……でも。私のただ一人のお兄様に心配くらいはかけさせて下さい」

 リリアナはそう言って冗談めかして微笑んだ。兄も同じように少しだけ笑みを作って、撫でる手を下ろした。

「王子としてはお前に厳しくしなければならないが、私はリリアナを応援している」

「ありがとうございます。お兄様が厳しいくらいの方が国も安泰というものですわ」

 にこりと笑ったリリアナは兄の優しさが嬉しかった。

 兄がリリアナの提案を受理するのは簡単だ。だが安易な考えで作られた計画で物事が上手く進むはずがない。だからギルバートがだめな所を厳しく指摘してくれる方が、計画が実行された後のことを考えると安心できるというものだろう。リリアナはそれが分かっているので当然ながら文句はない。むしろ厳しく指摘してくれることが兄の優しさなのだろうと思うのだった。

「それにしてもリリアナ、雰囲気が変わったな。髪でも切ったのか?」

 そう言ってギルバートはリリアナの変化の正体を探ろうとまじまじとリリアナを見た。当然ながらリリアナは髪を切っていない。兄の唐突な物言いで普段気にかけもしないことを言い出すのでリリアナも首を傾げた。

「髪、ですか?切っていないですけれど」

「ふむ。そうか。女の様子が変わった時は髪を切った時か化粧を変えた時だと聞いてな。指摘してやらんとエミリアが拗ねるのだ」

 ギルバートはそう言って肩をすくめて笑う。そんな風に義姉に叱られている様子は何だか想像ができなくておかしい。この全て自分が正しいということを体現しているような兄が義姉の機嫌をとっているというのが意外だと思った。

「ふふ。仲がよろしいようで」

「……まぁ、当然だな」

 兄はそう言ってにやりと笑う。

「それは結構なことですわ」

 兄と義姉が仲睦まじいことはリリアナにとっても嬉しい。この苦労性の兄が少しでも心を預けられる人が居てくれて本当によかったと思う。

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[気になる点] 26 二つの国 ギルバートはリリアナを安心させるように鉄仮面のような固い表情を僅かに目元だけ緩めて笑ってリリアナの頭を撫でた。 31 優しさ リリアナがようやく返事をすると、少しだ…
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