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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
29/61

28 月夜(前)

 少し休んでから急いでドレスに着替えた。その日着たドレスは久しぶりの淡い黄色のドレスだった。デザインはシンプルに胸元から下で切り替えがあって大げさに膨らまずに下に落ちるものだ。袖は肩の所が少し膨らんでいるがそこから先は腕にフィットするようなデザインになっている。華美なフリルや飾りが付いていないので派手ではないが、色味が明るいのでこのくらいシンプルでも目に留まるだろう。

「こんな明るい色、何だか落ち着かないわ」

 ぽつりと不満に似た声が漏れる。後ろでドレスのフリルの形を直していたジゼルがその言葉を拾ってにこりと笑う。

「とってもお似合いでいらっしゃいます。いつもこのくらい明るいお色をお召しになってくださればよろしいのに!リリアナ様、まだ18才であらせられるのですから」

「……考えておくわね」

「もう、姫様ったら。絶対お似合いでないと考えておられる顔をしておいでですわよ」

「ジゼルには敵わないわ。ええと、アクセサリーはこれで良い?」

 控えめな赤い石のついたイヤリングとネックレスを見に付けた。赤い石の傍には小ぶりで透明な石が花びらのようにきらきらと輝いている。

「はい。大変お似合いでいらっしゃいます」

 にこりと笑ったジゼルに頷いて支度室を出る。

 気をつけて優雅に歩きながら大広間まで行くと、すでにヴィルフリートが席に着いていた。慌てて少し早足気味に傍に寄って謝るとヴィルフリートはリリアナを見てにこりと笑った。

「お待たせして申し訳ありません」

「いや、女性には色々準備があるのだろう?私が早く来過ぎてしまっただけだ。気を遣わせてしまってすまない。……それにしても、リリアナ様がその様な色を身に付けられているのは珍しいな」

 ヴィルフリートが言うのはもっともであると思われた。夜会や晩餐会だけでなく色々な場で会うことの多かったヴィルフリートだったが、リリアナが彼の前で黄色を着たのは初めてだった。城に居るときは大抵ユリシアも居合わせているので、彼女が着ることの多い黄色は避けてしまいがちだ。フォンディアでは婚約者がいる未婚の女性は彼の持つ色に近いものを身に付けるという風習なようなものがある。それは貴族だけでなく、一般の女性に広く広まっているが、特別な決まりでも何でもないので守る必要はない。だが好きな人の色を身につけていたいと思うのが乙女心というものだ。ユリシアの婚約者であるランベルトは金の髪であるので、おのずとユリシアは黄色の服が多くなり、姉妹たちはそれを避けるようになった。

「ありがとうございます。……確かにこの色はあまり着ない色ですね。私には派手すぎですわね」

「いや。そういう意味ではない。よく似合っている。美しいな」

「……え?あ、ありがとうございます」

 冗談めかして言ったリリアナへ返ってきたのは予想外の褒め言葉だった。仮にも王女と王子であることを思えば、彼がお世辞を言うことは当然のことであったが彼が『美しい』という言葉を使うことは予想外だった。おかげでリリアナは戸惑いを隠せなかったのだが、ヴィルフリートはそんな様子は意にも留めずに優しく微笑んでいた。

「さぁ、どうぞ」

 領主の館の執事が出てくる前にヴィルフリートが立ち上がり、リリアナの椅子を引いてエスコートする。彼と食事をしたことは何度かあるが、こんなことは初めてだ。

「ありがとうございます」

 とりあえず疑問は頭の隅に寄せて礼を言うと椅子に座る。ヴィルフリートがそのまま隣に座りじっとリリアナを見つめている。

「いや。私がしたいだけだから気にするな」

「そう、ですか?」

 にこやかなヴィルフリートに首を傾げて無理やり戸惑いを飲み込むと、領主が現れて二人に酒を注いでいった。

「ささやかな宴ではございますが、楽しんでいただければ幸いです。音楽師も呼び寄せておりますので、ごゆるりとお過ごし下さいませ。ヴィルフリート様、お言葉を頂戴してもよろしいでしょうか」

「ああ。この様な会を開いていただき感謝している。皆もどうか楽しんでくれ。ディカードの夜に」

 そう言ってヴィルフリートがグラスを上げると、皆も同じようにグラスを掲げ乾杯となった。しばらくするとディカード特有の料理が出てくる。王城で食べるような豪華さや繊細さというのは無いが、どこか懐かしいようなほっとする味だ。特に果物が名産ということもあり、フルーツをソースに用いているのだろうと思われる料理が並んでいた。さらにさすがの名産である果実酒やフルーツがおいしい。フォンディアでは18才から飲酒をしても良いことになっているので、リリアナも嗜む程度には飲む。だがディカードの果実酒はまるでジュースのように飲みやすいので飲みすぎてしまいそうで怖いくらいだった。名残惜しい気持ちを感じながらも、すぐにただのジュースに切り替える。

 そうして料理を楽しみながら時折珍しい音楽に耳や目を楽しませ、会は和やかに過ぎていった。しばらくすると宴も酣となり、リリアナは静かに席を立とうとした。その気配に気付いたのかヴィルフリートと目が合う。

「もう部屋にお戻りになられるか?」

「あ、いえ。少し庭の空気を吸おうかと」

 賑やかな部屋の空気は楽しいが少し暑い。先ほど少し果実酒を飲んだこともあり、酔いもあるのかもしれない。視線を外に向けるとヴィルフリートも頷く。

「確かに少し熱いかもしれんな。私もご一緒しても良いだろうか。少し貴女と話したい」

「はい。かまいませんが……」

「では、行こうか」

 それを断る理由もない。リリアナは頷くとさりげなく出されたヴィルフリートの手を取ってエスコートを受ける。会場内は皆賑やかにそれぞれ楽しんでいるようでリリアナたちに目を向ける者は少なかった。

「――リリアナ様」

「大丈夫。ローレンスは近くで待機していて」

「しかし」

「すぐに戻るわ」

「……承知致しました」

 食い下がるローレンスににこりと笑みを浮かべて言うと、彼は不服そうに渋々と言った表情を漏らしながら頷いて下がった。

「リリアナ様は随分侍従に思われているようだ」

「そうでしょうか」

 彼の言葉にリリアナは首を傾げながら応える。ジゼルやローレンスのことはかなり信頼しているし、彼らも同じような思いを返してくれれば嬉しいし、そうであれば良いと思う。

「ああ。他所の男になぞまかせてはおけないというところかな」

 ヴィルフリートはそう言ってくすりと笑みを零す。

「そんなことありませんわ」

「そうだといいのだがな。……さて、姫。こちらへどうぞ」

 話しているうちに庭園の中央に設えられた東屋へ辿り着いた。リリアナはヴィルフリートの案内に従ってベンチに座り、ちらりと周りに視線を遣ったが他に人は見当たらなかった。庭園の入り口のあたりにはローレンスが立っているが、こちらの声は聞こえない程度に距離が空いている。

「ありがとうございます。何だかこうしていると初めてヴィルフリート様にお会いしたことを思い出しますわね。あの日もこんな風に月の綺麗な夜でしたもの」

「――ああ。そうだな。あの日貴女に逢えたこと感謝せねばなるまいな」

「いえいえ。そんな大層なものではありませんわ。ご冗談を」

 くすりと笑ってヴィルフリートを見ると彼は首を振る。

「残念ながら私は冗談は言えない性質の男なんだ」

「そんな。……ありがとうございます。しかし縁とは不思議なものですわね。こうしてヴィルフリート様と顔を合わせてお話ができること、今の世でなければできなかったことでしょう」

「……そう、だな。リリアナ様、貴女に話したいことがある。どうか聞いてもらえないだろうか」

 彼の声は有無を許さないような様子で言い切っているのに、その瞳は不安に揺れている。リリアナがヴィルフリートの話を聞かないわけがないのにと不思議に思いながら彼を見ると彼はいつになく真剣な様子だった。

「私でよろしければお聞かせ下さい」

 リリアナは改めてヴィルフリートに向きなおして彼を見上げた。

「ああ。私はこの度の視察を終えたら国へ帰る」

「まぁ。そうなのですか?せっかく親しくさせていただいたのにご帰国されてしまうなんて寂しいです」

 兄に言われているせいでこの様なことを言っているわけではなかった。リリアナにとって侍従や王家に連なる者以外でこうして二人きりで話したりしたのはヴィルフリートが初めてだった。ようやく親しくなれたのに彼が居なくなってしまうのは寂しいと思った。そう思って彼を見ると、ヴィルフリートがリリアナの手をきゅっと握った。

「――私と一緒にガルヴァンへ来てくれないか?」

「え……?」

 彼がリリアナへ言ったことは予想外すぎる言葉だった。リリアナがその言葉を聞き間違いか何かかと戸惑ってしまうのも無理はなかった。

「いきなりこの様なことを言って困らせてしまうのは百も承知だ。私は第三王子でガルヴァンの王にはなる気はないが、もしリリアナ様が私に王なれというのならばなってみせよう。貴女には何不自由のない生活をさせると約束をする。……だから、私の妃になってもらえないだろうか」

 彼の瞳は真剣そのものだった。リリアナに冗談を言っている雰囲気ではないことはすぐに見て取れた。

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