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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
26/61

25 気高く優しいもの

 まるで御伽噺に出てくるような金の装飾が美しい白い馬車が二台。扉には王国の象徴であるユリの花に似たフォンディアナが美しい装飾と共に刻まれている。その前には誰もが思い浮かべるであろうお姫様像にぴったりの女性が優しく微笑みながら立っている。その姿にはただ慈愛という言葉がぴったりで、聖女というのはユリシアに似ているのだろうなと頭の隅で考えていた。

「ユリシア姉さま、突然ご一緒させていただいて申し訳ありません」

「あら。私はリリアナと一緒に出かけられてとても嬉しいわ。リリアナと出かけるのなんて何年ぶりかしら?フリアンの離宮の側にある湖の側でお茶をしたのが懐かしいわね」

 申し訳無さそうなリリアナに対して、ユリシアは花のような笑みを浮かべて笑っている。

「是非またフリアンにも来て下さいな。また一緒に湖にも出かけたいです」

 そう姉妹で話していると、リリアナの後ろからローレンスが控えめに声をかける。後ろから掛けられた声にざわざわと胸が波立った。それを顔には出さないように意図的に表情を作って、ユリシアを見た。

「――そろそろご出立のお時間です。ヴィルフリート様は既に馬車にご乗車になっておられます」

「分かったわ。それでは行きましょうか」

 頷いてユリシアに言うと、白い馬車に二人で並んで乗車した。カタンカタンと音を立てて、馬車の車輪が石畳の上を走る。一定のリズムに身体をまかせながら窓を覆うカーテンの隙間から街並みを眺めていた。

 外にはローレンスが騎乗して傍に居るのが見える。ふいに目が合って、ローレンスが微笑むのにリリアナも同じように返す。

「――リリアナはすごいわね」

 その時だった。ぽつりと漏れたと表現するのが正しいような声。声の主は当然ながら、二人きりで馬車に乗っている姉のユリシアだ。リリアナが姉の顔を見れば姉は少し困ったように、僅かに眉を下げてリリアナを見ていた。

「姉さま?」

「メル様がお亡くなりになったときの貴女を忘れられないわ。私なんて母さまがお暇を貰って王城をお出になられる時は毎日寂しくて不安で泣いて縋っていたわ。貴女は私よりもずっと幼かったのに、ただ顔を上げて瞳に涙を溜めていただけ」

 ユリシアはそう言って、リリアナの瞳を見ていた。彼女の生母もリリアナと同じ側妃である女性だった。元は城仕えの侍女でたまたま目に留まったのがきっかけなのだという、ユリシアの母は小柄で気の弱い女性であった。そしてそんな彼女に貴族や王族たちとの見えない駆け引きや、自身の出自からの陰口に耐えられなかったらしい。ユリシアが13才になるまで見守った後、側妃の身分を辞して王宮を出て行った。今は市井でひっそりと穏やかに暮らしているらしい。

 メルと言うのはリリアナの無くなった生母のことである。彼女が亡くなった時、リリアナは10才であった。当時自分を生んでくれた人が亡くなって悲しかったのは確かだったが、現実感が薄かったことを覚えている。人が亡くなったことも、それが自分の母であるということも。母とは言っても、メルはリリアナを産んでから弱かった身体がすっかり参ってしまい、一日のほとんどをベッドの上で過ごす人であった。幼かったリリアナはメルに甘えることも叱ってもらうこともほとんど無かった。

 しかし、今思い出すと母と言う人はメルただ一人である。優しかった微笑みも、彼女がぼんやりと庭を眺める姿も、嬉しそうにリリアナの髪を梳いてくれたのも温かい気持ちで思い出せる。だからこそ、何故彼女が亡くなった時に泣いて悲しんであげられなかったのかと後悔する気持ちだった。

「……そうでしょうか。私なんて母の死を悲しんであげられなかった親不孝な娘です」

「そんなことないわ。あの頃のリリアナはメル様に心配をおかけしないようにと、いつも泣くのを我慢する子だった。だからあの時もぎゅっとドレスを握り締めて、涙が零れないようにしていたのよ」

「姉さま」

「今貴女がやろうとしていることも、きっとリリアナならやり遂げられるわ」

 ユリシアがリリアナの手をきゅっと握って微笑んだ。その微笑はまるで亡き母を思い浮かべるような優しいものだった。

「……私は姉さまが頑張っていること、知っています。だからユリシア姉さまもご無理をなさらないで下さいね」

 ユリシアの母はリリアナの母よりもずっと身分の低い女性だった。王女に面と向かって言うことは不敬にあたり大罪になってしまうため面と向かって言う人がいなかったが、影では身分の低い女の子どもとして貴族たちに蔑まれていた。しかし、彼女はそんなこと知らないといった様子でふわりと笑って普段と変わらずに民と接するのだ。今でこそ、貴族たちは民に人気のある彼女を馬鹿にすることなんてできない。だが、ここまで来るまでにどれだけ彼女は辛かったのだろうか。

「ありがとう」

 ユリシアは嬉しそうにふわりと綿菓子のような顔で笑った。彼女の笑顔はまるで砂糖菓子のように甘いのに、触れても決して壊れない気高くて優しいものだ。


 そうしている内に王立学校に到着した。馬車の戸が開くとローレンスが待ち構えていて、リリアナに手を差し出した。

「どうぞ。足元にお気をつけ下さい」

「ありがとう」

 彼の手に支えてもらいながら馬車を降りると、ヴィルフリートと目が合った。

「お久しぶりです。ヴィルフリート様」

「ああ。今日はよろしくお願いする」

「……うふふ。それでは、お二人共行きましょうか」

 リリアナがヴィルフリートと挨拶を交わしている間にユリシアが馬車から降りて傍まで来ていたらしい。彼女がふわりと笑って、リリアナとヴィルフリートを促した。

 校内へ入ると、早速校長室へと通された。まずはそこで簡単な挨拶やら口上やらを述べてからの視察である。今日は王女二人に隣国の王子が一人という豪華な顔ぶれなので、それ相応の催し物などもあるらしい。今回のそれはちょっとした式を開催して花束の贈呈などがあるとのことだった。それが終わってから、ようやく授業風景の視察というわけである。

 リリアナは式典が行われる講堂へ向かいながら、これが王女でなければこんな大掛かりでないのになと小さくため息を吐いた。そもそも、王女でなければ視察というものも行われないのだが。

「いつもこのような式が行われているのですか?」

 隣を歩く姉に小さく尋ねれば、彼女は笑みを携えたまま小さく首を振った。

「今日は貴女もヴィルフリート様もいらっしゃってるから特別なのですわ。私だけでしたら簡単な視察だけですもの」

「そうなのですか」

 そう返事をして、廊下の窓から中庭に視線を遣った。この学校は中庭をぐるりと囲うように廊下と教室が配してある。その中庭の中心には大きな木が一本、堂々とした出で立ちで立っている。今は休憩時間であるらしいので、貴族の子女たちも中庭に出て何やら楽しんでいるようである。

「気になりますか?」

 声を掛けてきたのはヴィルフリートだ。リリアナもその光景を眺めていたのだが、リリアナよりもじっと中庭を見ていたのはユリシアだった。そんな彼女に気付いてか、いつの間にか傍に立っている。

「私たちには縁遠い風景ですもの。つい見てしまいますわね」

 ふと寂しげにユリシアが笑みを作る。

「この国では王族はこういった学校には入れられないのでしたか」

「ガルヴァンでは違うのですか?」

「そうですね。個人授業では他と競争させるということが学べませんから。我が国では王族の男子であれば貴族の子らと同じように学校へ入れられます。さすがに平民と机と並べるというわけではありませんが、身分に関係無く学ぶ機会は与えられています」

 その話はリリアナだけでなく、ユリシアも羨ましいと感じたらしかった。

「……素敵なお国なのですね」

「姉さま、私たちの国もそのような国にしたいですね」

 リリアナの言葉にユリシアは何も言わずに小さく頷いた。窓の外からは楽しげな子どもたちの声が聞こえていた。


 帰りの馬車に乗るまでに少しだけ時間があった。ユリシアはと見ると、少し離れたところで学校の校長と何か挨拶を交わしているようである。何度か王族を代表して視察に来ているユリシアは知り合いでもあるのだろう。

「今日はユリシア姉さまとお話できましたか?」

「え?ああ」

 ヴィルフリートに近づいてにこりと笑うと、彼は戸惑ったように曖昧に頷いた。ヴィルフリートとユリシアが一緒に話すことができてよかったなと思っていたのだが、恋心というものは複雑である。もしかしすると、相手のあるユリシアと話すのはヴィルフリートにとって辛いのかもしれない。無神経だったかなと考えていると、ヴィルフリートが小さく笑みを浮かべた。

「――彼女のことはもういいんだ」

「え?」

 諦めた、ということだろうか。失恋したという割りには彼の表情に憂いや悲しみの色は見えない。

「リリアナのおかげだ。感謝している。今は同じ王族である者として彼女の幸せを祈るだけだ」

「いえ。私は何もできませんでしたし…」

 彼の表情は晴れやかだった。感謝を述べられても、リリアナは結局特に何もしていないので心当たりがない。困った顔で返すと、ヴィルフリートは笑う。

「リリアナのおかげだ。まだ私が国に帰るまでしばらくあるので引き続きよろしく頼む」

「はい。それはもちろんです」

「――ヴィルフリート様、馬車の用意ができました」

「ああ。分かった。…それではな、リリアナ。また後で」

 従者が馬車の用意ができたと告げに来て、その場は解散となった。帰りの馬車の中、リリアナは何かしたかと思い返してみたけれど何度考えても思い当たる節はなかった。

「リリアナ。難しい顔をしてどうしたの?」

「いえ……何でもないのです」

 心配そうにリリアナを見るユリシアに苦笑を漏らして返したのだった。

今回はユリシアに焦点を当てたお話になりました。

ユリシアは何を言われても受け止めます。けれど、微笑みで返されるので相手は毒気が抜かれてしまうという。

ルシールは何か言われでもしたら、言い返すか跳ね除けます。

リリアナはその場では聞いてるフリで受け流して忘れるようにします。


3/10 誤字訂正しました。

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