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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

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24 お茶の香りと淑女の嗜み

 ローレンスとジゼルにその日は解散を告げて、当番の部屋付き侍女が入れてくれたお茶を飲みながら窓から庭を見ていた。すると扉をノックする音が聞こえて、控えめなノックの音に人柄が表れているのが分かる。リリアナは声がするよりも早く、その音の主に心当たりを付けて小さく笑う。

「――リリアナ様、よろしいでしょうか?」

「どうぞ、ローレンス。帰ったのではなかったの?」

 応接室に入るように進めると、ローレンスはどこか迷っているかのように少しだけ視線を彷徨わせてリリアナを見た。

「はい。以前、仰られていた書類が届きましたのでお届けに上がりました」

「ありがとう。せっかくの早上がりだったのに急がせたみたいでごめんなさいね」

「いえ。私は大丈夫です。少し気になることもありましたので」

「気になること?何か問題でも起こった?」

 座ったままローレンスが差し出した書類を受け取ってお礼の言葉を述べていると、ローレンスから気になる言葉が発せられた。顔を上げて聞き返すリリアナにローレンスは言葉を選ぶように言い難そうにしている。

「問題と言いますか……。ただ、リリアナ様が何か思いつめているような気がしまして」

 その言葉にリリアナは心当たりがあった。出きるだけ隠そうとはしていたのだったが、リリアナも一人の人間だ。どうしても何でもない素振りというのにも限界があり、自分でも仕事をしている最中にもぼうっとしてしまうのを自覚していたのだから、ローレンスが心配してしまうのも当然と言えた。

 臣下に心配をさせてしまうなんて、まだまだ修行が足りないなと心の中で呟いてローレンスを見る。

「……そう。ごめんなさい、心配かけちゃったわね」

「――私ではお役に立つことはできませんか?」

 ローレンスの瞳は真剣そのもので、思わずリリアナの胸がどきりと鳴った。アイスブルーの瞳は寒色系の色合いのせいかどちらかというと冷めた印象のはずなのに、その瞳はまるで熱がこもっているかのように熱い情熱の色にしか見えなかった。

 しかし、普段いつも側にいるせいで忘れがちであったがローレンスほどの美男に見つめられて動揺しない女なんているものだろうか。この胸の高鳴りも美男の彼に見つめられているせいだと、胸の高鳴りにそんな理由を付けてリリアナはにこりと笑みを作った。

「そんなこと無いわ。とっても助かってる」

「リリアナ様」

 つい、ごまかすように言ったのがローレンスにも分かったのか、彼は咎めるようにリリアナの名を呼んだ。いつもであれば見逃してくれるであろうそれも今日は許されないということか。

 リリアナは立ち上がると、ローレンスに背を向けて窓辺に視線を向ける。そして夕日に染まる庭園を身ながら覚悟を決めるようにふうとため息を付くと苦笑を漏らした。

 前世の記憶。それが残っているから、リリアナにとってどこかこの世界が他人事のように思えていた。しかしその記憶が分からなくなったことで、リリアナはこの世界が自分が生きる場所なのだと思い知らされているところだった。今の自分にはこの世界で生まれ育った記憶しか無いと言って過言ではない。身体は弱くいつも儚げに微笑む母、個性は強いが優しい兄と姉たち、誰よりも心配してくれるジゼル、そして自分の専属騎士になると言ってくれたローレンスや今まで出会った人たち。

「……昔の大切な思い出があったの。でも、気が付いたらほとんど思い出せなくなってて驚いてしまっていたのよ」

 ぽつりと漏れた言葉は本音だった。前世の記憶が無いことが悲しいというよりも、ただただ驚いていた。

 前世でもきっと自分を大切に思ってくれていた人はいたはずだ。だけどその人の記憶は何も無い。今の自分に残された前世の記憶は今の自分に繋がる僅かな漫画の話だけ。自分を大切にしてくれていた人のことを何一つとして思い出せない、それが酷く申し訳ない気持ちになる。

「それはきっとリリアナ様が思い出さなくても良くなったからかもしれません」

「え?」

 ローレンスの言葉に振り返ると、彼はリリアナが思っていたよりもずっと側に居た。もう少しで触れてしまいそうな距離にリリアナの頬が思わず朱色に染まるのが分かった。

「リリアナ様にはユリシア様、ルシール様、ディオン様、それにジゼルや私だっております。私たちがいますよ。……それとも、私では側でリリアナ様の瞳に映ることも叶いませんか?」

 距離に動揺しているリリアナに対して、ローレンスの言葉はただ優しい色をしていた。穏やかで包み込むような温かいものだった。だからこそ、彼の言葉はすっとリリアナの胸に入って来た。

 確かにリリアナは過去の自分に縋っていたのだろう。だから頻繁に昔のことを思い出していたから前世の記憶を無くすことが無かった。

 今の自分は今に精一杯で、それを楽しんでいるのだ。昔のことを思い出す暇もないくらいに。もうリリアナが前世の記憶に支えられなければならない状態を抜けたのだろう。

「……そうね。ありがとう。おかげで吹っ切れたわ」

 ふわりと笑うリリアナは今までに無いくらいの心からの明るい笑顔だった。

「い、いえ!私は何もしておりませんから」

「いいのよ。それでも、ローレンスの言葉のおかげだわ。お礼にお茶でもいかが?貴方に時間があればだけれど」

「そんな!滅相もないことです!」

 そうだ、と気付いた顔でローレンスに言うと彼は恐れ多いと仰け反った。確かに主が臣下のために茶を淹れるなんて機会はそうそう無いだろう。それでも今日のリリアナはローレンスに何かしたい気分だったのだ。幸い、淑女教育の一環でお茶の淹れ方は一通りマスターしている。侍女のように誰が飲んでも満足できるほどではないだろうが、それなりの味のお茶は淹れられるはずだった。何よりも料理は気持ちが大事だとか聞いたことがある気がする。――お茶は料理とは違うかもしれないが。

「あら。これでも一通りはちゃんとできるのよ。それとも、私が淹れるお茶なんて飲めない?」

「っ!有難く戴きます」

 慌てるローレンを茶化すようにくすりと笑って、侍女を呼ぶと新しいティーセットを頼んでお茶の準備をした。いつもは余裕たっぷりのローレンスが少し固まった様子で側に座るのが何だかとてもおかしかった。

 侍女が持ってきてくれた茶葉の中から苺に似た少しだけ甘い香りの茶葉を選んで丁寧に入れた。ローレンスに初めて淹れたお茶は甘さの中に少し酸味のある、甘酸っぱい味のするお茶だった。

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