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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

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22 お茶の作法

 話を終えて屋敷を出て街へ歩きながらリリアナの頭は一つのことで一杯だった。それはリリアナとローレンスがどうやって城から抜け出したのかをクロヴィスになんて説明しようか、そのことばかりである。

 クロヴィスが信頼できるできないの前に隠し通路は人に言いたいものではない。元々王族しか知らないものであったはずだし、それを部外者に言うのは良くない。しかしそれ無しでは言い訳が立たないのも事実。

「――それでは姫様、私の屋敷で着替えをしなければ」

「……え?」

 悩んでいたリリアナへ降ってきたのはローレンスの声だ。リリアナが意味が分からず首を傾げると、ローレンスはにっこりと笑うだけだ。

「そろそろ城へ戻られるのでしょう?私の屋敷でドレスへ着替えていただかなければ。来る時と同じように馬車を用意させておりますので、それで戻りましょう」

 どうやらローレンスはクロヴィスに隠し通路を隠すつもりらしかった。それならばとリリアナも頷いてローレンスへ返事を返す。

「ええ、そうね。クロヴィスにも見つかってしまったし諦めるわ」

「屋敷でジゼルが待機しておりますよ」

「……ローレンス、ありがとう」

「いえ。お礼を言われるほどのことではありません」

 ローレンスの言葉通り、彼の屋敷にはリリアナのドレスを持ったジゼルが待ち構えていた。なぜいるのかと訪ねると、ローレンスから連絡がありこっそりドレスを持ち出し城を出て屋敷で待っていたのだという。リリアナはローレンスの機転に感謝をしてさっとドレスに着替えると、屋敷の前で待っていた馬車へ乗り込む。

「待っていなくてもきちんと帰りましたのに」

 リリアナの言葉はほとんど本音だ。クロヴィスが居なければ隠し通路を使ってさっさと帰れたのだ。こんな面倒な馬車を使って門を通らずに済むはずだった。

「そうして差し上げたいのは山々ですが、きちんとお帰りになられるのを確認するのが私の仕事ですので。ジゼルさんにリリアナ様と麗しいお嬢様と一緒で大変光栄ですね」

 クロヴィスはしれっとした笑顔でそう言い切ると、当たり前のように馬車へ乗り込んできた。馬車は四人が定員なのでこれで定員ちょうどだ。

「クロヴィス様、私もおりますが」

 クロヴィスに冷たい視線を送ってローレンスが言い放つ。

「ああ、そういえばそうだったね。私の目には男性が入らないようになっていてね」

「そうなんですか。それならば今すぐ医者に見てもらった方が良いですよ。仕事に差し支えると大変です」

 ローレンスの冷たい視線にも堪えた様子も無く、クロヴィスはにっこりと笑みを浮かべて返した。そんな彼の表情にローレンスの周りの空気はいっそう冷たくなったのを感じた。

「何、大丈夫。かかりつけの医師には問題無しと言われているからね」

「……ではその医者がダメなのかもしれませんね」

 最後にぼそっと言い放ったローレンスの言葉に馬車は静かな沈黙に包まれた。その後王城へ着くまでの時間はいつもの市街から王城までのかかるよりも長く感じたのだった。


 王城へ帰って来た次の日、リリアナは王城内で貴族向けに開放されたサロンに居た。そこのサロンは植物園さながらに様々な花や木々が生き生きと育っている。リリアナはそんな植物を見ているのが好きだった。

「お招きありがとうございます。リリアナ姫」

 椅子にかけたまま植物を見ているうちにヴィルフリートがやって来たらしい。ヴィルフリートはにこりと笑みを作ってリリアナを見ていた。

「来ていただけて嬉しいですわ。どうぞおかけになって」

「はい。失礼します」

 ヴィルフリートがテーブルを挟んでリリアナの向かいに座り、それを見ると侍女がティーセットを側に持ってくる。

「少し下がっていて」

「はい。かしこまりました」

 予め申し付けていたように侍女に告げると、侍女は一つ礼をしてその場から離れる。侍女の姿は目に入るが、声が聞こえないであろう距離まで下がるとリリアナが口を開いた。

「急にお呼びして申し訳ありません。ヴィルフリート様にお聞きしたいことがありまして」

「その前に私が紅茶を入れても良いか?」

「え?でも、」

 ヴィルフリートは立ち上がると、ティーセットに手をかける。止めようとするリリアナを尻目にヴィルフリートとにっと口角を上げると、慣れた手つきで紅茶を入れている。リリアナも淑女の嗜みとしてお茶の入れ方を一通り学ばせられてはいたが、ヴィルフリートはリリアナのそれよりも明らかに手際が良い。

「実は好きでな。……口に合えば良いのだが」

 茶目っ気たっぷりにそう言って差し出されたティーカップを口につける。

「……とってもおいしいです。驚きました」

「荒れた心を落ち着けるには良いのだ。私の唯一の特技だ。さて、聞きたいこととは?私で答えられることならば答えよう」

「ありがとうございます。実はガルヴァンの教育制度についてお聞きしたかったのです」

「教育制度?」

 リリアナの唐突な言葉にヴィルフリートはリリアナの言葉の真意を探るように視線を送った。リリアナはその視線をまっすぐ受け止め、顔を上げる。

「はい。ガルヴァンではどんな身分の子どもも必ず文字を学ぶのだとお聞きしました。一体どんな仕組みで子どもたちに教えているのかお聞きしてもよろしいですか?」

「……そうだな。簡単にでよろしいか?」

「はい!簡単にでかまいません。分かる範囲で結構です」

 思わず飛び上がりそうな勢いで返事をするとヴィルフリートはくつくつとおかしそうに笑う。

「まぁ、落ち着いて紅茶でも飲んで。私の話は逃げないから」

「すみません。お恥ずかしいです」

「いや。意外だったが、興味を持つのは良いことだろう。リリアナ様がそれだけ民のことを考えているということでもあるのだろうから」

 かっと赤く染まった頬を隠すように手に持っていた扇子を広げると、ヴィルフリートから目を逸らして俯いた。しかしヴィルフリートはそんなことにも気も留めない様子で頷いて紅茶を飲んでいる。

「ガルヴァンでは5才になると文字を学ぶために家の近くの教育所へ行く。学校と呼ぶには粗末なものだが、文字を学ぶだけならば問題が無いのだ」

「家の近くということは、その教育所というのはたくさんあるのですか?」

「子ども100人に対して一つが目安だ。都市部はかなり多いが、農村部などは少ない」

「それは結構な量ですね。それは全て国が運営しているものなのですか?」

 ヴィルフリートが言う数はリリアナが思っていたよりも多かった。リリアナはふむと頷きながら質問を返す。

「国が運営するものもあるが、半分は民間の施設だな。国からの助成ももちろん出しているが。民間の施設は都市部に多く、国の施設は農村部などに多い」

「そうなのですか。施設で教えている教育者というのはどういった方なのですか?」

「一応国からの許可が出た者ということになっている。ある程度の教育を修め、国の試験に合格した者だ」

 それを聞くとリリアナが知っている『先生』という職業と大差が無いように思えた。国からの許可がある者と無い者では信頼感が違うし、それらの者の身元や教育内容を保障するものになるのだろうと思われた。

「――なるほど。参考になりました」

「リリアナ様はフォンディアの教育についてお考えですか?」

 リリアナがヴィルフリートを見ると、興味深そうにリリアナを見ている視線とぶつかった。

「はい。この国を良くするために私にできることがあればと考えております」

「国を良くするために?」

 ヴィルフリートの視線にリリアナは女が何を言っているのかと思われるのではないかと一瞬頭に過ぎった。しかしここ数日言葉を交わしたヴィルフリートはそのようなことを言う人ではないだろうとすぐに頭を振った。

「ヴィルフリート様から見てこの国はどう写りますか?私には貴族などの特権階級を持った者のみが恩恵を受けられるおかしな国のように見えております」

「……ほう」

「私は全ての民に明日を夢見る権利があれば良いと思うだけなのです」

 それは自分に言い聞かせる言葉でもあった。

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