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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
22/61

21 靴磨きの少年

 そしてまた先日と同じように隠し通路を抜け、街外れの教会へ出た。物置の扉を少し開けて様子を伺い、誰もいないことを確認すると物置を出て街へ出る。ローレンスの執事の家はミランダの食堂がある中心部からは少し離れた住宅街にある。リリアナとローレンスはそちらへ向けて歩いていると、ふいに聞き覚えのある声に声を掛けられた。

「――どちらへ行かれるのですか?」

 背後の高いところから聞こえてきた声に振り返ると、それはクロヴィス・オリオール。第二騎士団の隊長であるその人だった。

「……まぁ、騎士様ではないですか。どなたか人違いをなさっておりませんか?」

「前回はそういうことにしておきましたが、毎回そういうわけにはいきませんよ。確か本日は姫君の外出申請は無かったように覚えておりますが?」

 咄嗟に返した言葉にクロヴィスはにっこりと笑みを作って返してきた。

 王城に住む王族が王城から出るためには外出申請を騎士団へ提出しなければならない。そしてその申請を元に何人の警備を何処そこに付ける等の計画をして、厳重な警備の元に外出となるのだ。しかし今回のリリアナはローレンス一人しか付いていない。

「そうね。出していませんもの」

「……ローレンス。君が付いていながら何故こんなところへお連れした?それとも自分一人で姫を守れるとでも過信しているのか?」

 リリアナが返した言葉にクロヴィスはため息を一つ吐いて、呆れたようにローレンスを振り返った。

「姫が行かれるところにお供するのが私の務めです。何があってもリリアナ様のことは守り抜きます。たとえ命に代えても」

「お前がリリアナ様を守って死ぬのは当然のことだ。しかし、お前が死んだ後にまだ暴徒が残っていたらどうするつもりだ。お前が死んだ後にリリアナ様の命が危険に晒されることには変わりないぞ。ローレンスの命は一つしか無いんだぞ」

 オリオールの顔は真剣そのものだった。中性的な容姿でよく女性に声を掛けている様子からは想像できないが、根は真面目で仕事熱心な男なのである。いつもの調子の良い様子とはすっかり様子が異なって隊長らしい。

「オリオール様、ローレンスをあまり責めないで下さい。私が街に出たいと無理を言ったのです」

「しかし。それをお留めするのが彼の職務です」

「分かりましたわ。彼一人というのが問題なのですね?」

「……まぁ、そうですが」

「では、貴方も着いて来て下さい」

 困惑した表情のクロヴィスにリリアナはにっこりと笑みを作って言い切った。

「は、い?」

「警護が一人なのが問題なのでしょう?私はこれから行かなければならないところがあります。これは譲れません。貴方が今お一人であるところを見ると、いつも一緒にいるはずの部下とは別行動になってしまっているのでしょうし。私に声を掛けるのに気を遣ってくれたのですね」

 もしクロヴィスが本当にリリアナを王城へ今すぐ連れ帰ろうと言うのであれば、一緒にパトロールして廻っている部下も一緒に連れてくるはずだ。しかしそうはせずに一人で声をかけてきたのは事を大事にしないようにとクロヴィスが考えた結果なのだろう。

「……分かりました。ご一緒しましょう。どちらへ向かわれるのですか?」

「ベルリナーズ家の執事の家へ向かいます。街では私のことをリアと呼んで下さい」

「分かりました。それではリア、私のこともクロヴィスと」

 いつもだったらオリオールと呼ぶところであるが、リリアナだけが家名で呼ぶのは変である。リリアナはそっとため息を吐くと頷いた。



 そしてクロヴィスを迎え、しばらく歩いたところにあるのがアルベール家。ローレンスの執事の家だ。しっかりと手入れの行き届いた屋敷は見ていて気持ちが良い。門を抜けると、来る時間が分かっていたかのように家の主人であろう初老の男性が玄関の扉を開けた。

「マルセル・アルベールです。ようこそおいで下さいました。どうぞお入りください」

「突然押しかけ申し訳ありません。リリアナです」

「いえ、ローレンス様の主様にお会いできるなんて光栄です。ただいまルークを呼んで来ますので、お寛ぎになってお待ち下さい」

 マルセルはにっこりと笑うと、客間にリリアナたちを残して部屋を出て行った。

「リア、私は部屋の外で待機しております。私は聞かない方が良い話のようです」

「……そう、ね。一応そうしてもらいましょうか。申し訳ないけれど、お願いします」

「了解しました」

 にっこりと笑って出て行ったクロヴィスと入れ替わりに少しして入って来たのはマルセルと靴磨きのルークだった。

「失礼致します。ルークを連れて参りました」

「ありがとう。私のことはリアと呼んでくれる?少し話が聞きたいのだけれど、良いかしら?」

 リリアナは立ち上がると、ルークの側へ寄り目線を合わせるように屈むとにっこりと笑う。先日街で会った時のルークはサイズの合っていない、洗濯はしてあるが古びた服を着ていた。しかし今日のルークは身体に合った清潔感のある服を着ている。それだけで今の彼が前の彼とどのくらい違う生活をしているのかが分かるようだった。

「おれの話でよければ。姉ちゃんたちはおれたち家族の恩人だから。何でも答えるよ」

「申し訳ありません!ルーク、言葉遣いをきちんとしなければいけませんよ」

 にっこりと笑ったルークをマルセルは焦った様子で咎めている。リリアナはそれを笑顔で制すると、再びルークに向き合う。

「いいのよ。話しやすい口調でいいわ。では、こちらに座って話しましょう?」

「おう。今は父ちゃんもマルセル様に雇ってもらってるんだ。おかげで下の弟と妹もお腹いっぱいになれる」

「それは良かったわ。仕事は辛くはない?」

「今は屋敷の雑用をしてるけど、街で靴磨きをしてるよりずっと良いよ!マルセル様も他の働いてる人も優しい人ばっかりなんだ。マルセル様は時間がある時に文字を教えてくれるんだ」

「文字を?」

「役に立つから覚えておいた方が良いって。まさか文字を読めるようになる日が来るなんて思ってもみなかった」

「そうか。ではしっかり勉強に励みなさい。それが君の暮らしを必ず良くするから」

 ローレンスの言葉にルークは嬉しそうに笑って頷いた。確かにあのまま街で靴磨きをしている生活であれば、文字を学ぶ機会に恵まれることはなかっただろう。毎日暮らすのに精一杯で、文字を学ぶ場も無ければ時間もお金も無い。

「ルークは街にお友だちは居た?」

「居るよ。みんな仕事があるからあんまり遊べないけど」

「そのお友だちはみんな働いているの?」

「ほとんど働いてるよ。下の弟とかが小さければ子守で手一杯のやつもいるけど」

「そう。ルークは何才くらいから働いていたか覚えている?」

「うーん…。5才だったと思う。弟が妹の世話ができるようになったからおれも働くようになったんだ」

 子どもは子どもで面倒を見るようになっているらしい。確かに大人の手を子守に使うよりも、仕事をして金銭を稼ぐ方が良いのだろう。子どもが稼げるような仕事は限られているが、大人であればさらに幅が広がる。

「そんなに早いの。他の友だちも同じくらいから?」

 しかしリリアナにはショックな出来事だった。リリアナが5才と言えば公務すらも無く、ベッド中心の生活だったとは言え毎日遊んで過ごしていたような時だ。そんな年頃から子どもが働いているのだ。

「そうだと思うよ」

「分かったわ。ありがとう」

「おれの話で役に立った?」

「ええ。助かったわ」

 少年のきらきらとした瞳にリリアナはにこりと笑って頷いた。

「良かった!おれができることなら何でもするから!」

 ルークはそう言って笑うと、マルセルに連れられ部屋を出て行った。ふうと息をついたリリアナをローレンスが気遣わしげに見た。

「……リリアナ様、あまりお気を病まずに」

「悲しいわね。どうしたら子どもが子どもらしく過ごせる世の中になるのかしら」

 リリアナが思い浮かべる世界は前世での記憶のその場所だった。

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