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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
19/61

18 ここで生きている意味

 リリアナはふかふかのソファに浅く座り直して背筋を整えると、改めてディオンの方を見た。まっすぐディオンを見ることはできず、何を言おうか考えながらディオンの首元へ視線を遣った。

「ディオン叔父様。ご相談があるのです」

「……おや?改まって、どうしたんだい?私でよければその相談とやらに乗ろうではないか」

 ディオンは笑顔を真面目な顔へと切り替えてリリアナの方を向いた。口調は軽いが、その眼差しは真剣そのものだ。リリアナが子どもの頃から、ディオンが相談事に乗る時は子どものそれだから茶化したり笑ったりすること無く、どんな小さな悩みだって真面目に相談に乗ってくれる誠実な男だった。

 リリアナは膝の上で重ねていた手をぎゅっと握り締め顔を上げた。


「私、学校を作ろうと思っています」

「……学校を?それはどうして?」

 何を言おうかとずっと考えていたのに、ようやく出てきた言葉はとてもシンプルなものだった。ディオンはリリアナの言葉の意味を読むように意味を尋ねた。

 ここでリリアナが安易にそのようなことを考えたわけではないことをディオンに説明しなければいけない。そう思うとさらに緊張するのが分かる。しかし、リリアナに甘い叔父のディオンすらも味方に付けられないのであればこの案が成功する見込みは限りなく低い。姫の同情心からくる道楽だと思われてしまうのは困る。

「それは……民の暮らしを良くしたいからですわ。この国は文字を読める者も簡単な計算をできる者も庶民の中ではかなり限られた存在です。物を学びたくとも生活が逼迫しているせいでその時間もありません。そのせいで学校となると金銭に余裕のある貴族や豪商に限られたものになってしまっています」

「ああ。そうだね。庶民にとっては学校というのは金持ちが行く場所で憧れを抱く前に自分には関係のないものだと思っている者が多いだろう」

 リリアナの言葉にディオンは静かに頷いた。

「しかし、私はフリアンで子どもたちと触れ合ってみて分かったのです。子どもたちは学びたがっていると。文字と計算を教わる子どもたちの目は輝いています」

 そう言ってリリアナはフリアンの子どもたちを思い出した。もちろん初めから上手くなんていかなかった。それでも文字が読め、本が読めるようになった子どもは熱中して本を読みたがった。数を数えることを覚えてたくさんの数の足し算ができるようになった子どもは昨日よりも早く仕事が終わったのだと嬉しそうに笑った。

「私も何度か手伝わせていただきましたが、子どもたちは学ぶことを楽しんでいました。それは何度かしか行っていない私にもよく分かりました。きっと学ぶ機会を与えたら喜ぶ子どもが増えるでしょう」

 ローレンスがリリアナを援護するように続けた。

「リリアナの言いたいことはよく分かる。しかし、かなり難しいのが現実だ。前にも同じように庶民にも文字を学ばせようと国政会議の議題になったことはある。その時は庶民に学ばせる必要が無いという貴族の声、そして学ばせたいのは山々だか今日を生きるために子どもたちにそんなことをさせている時間がないという現実の声で立ち消えになった」

 実際に文字や計算はお金のある人たちの特権だと思っている者が多かった。まだほんの小さな子どもですらそう思っているのだ。それゆえにフリアンでも子どもに勉強をさせませんかと聞くと、我が家にそんな余裕はありませんと言われることが多かった。

「フリアンでも初めから子どもが集まってくれていたわけではありません。子どもたちは幼いうちから家の手伝いがあるか、それぞれが仕事を持っています。いつかちゃんとお金がもらえるよりも、明日食べるものを得るために働く方が大事に決まっていますもの」

「……リリアナの考えはよく分かるよ」

 ディオンはそう言ったきり黙ってしまい、部屋を重い沈黙が支配する。リリアナたちが黙ってディオンの言葉を待っていると、扉をノックする音にアレクの声が続いた。


「――失礼します。お茶をお持ちしました」

「ああ。入れ」

 アレクはディオンの返事を待ってから扉を開けると、部屋をふわりと香りの良い紅茶の香りが優しく包むのが分かる。

「まぁ。お茶でも飲んで、少しリラックスしよう」

 ディオンはにこりと笑うと、リリアナたちの前に並べられたティーカップを茶菓子を勧める。リリアナもディオンに倣って紅茶を飲みながらぼんやりと子どもの頃を思い出していた。

 幼い頃、リリアナはストレートの紅茶が苦手でミルクティーしか飲めなかった。独特の香りと味の良さが分からないのも、幼かったので当然でもあるが。そんなリリアナが紅茶を好んで飲むようになったのも、ディオンが紅茶を好きだったからである。好きな人と同じものを良いと言えるようになりたったがために嫌いな紅茶も克服してしまうのだから初恋とは恐ろしいものである。しかしこの紅茶というのも貴族などの富裕層しか飲むことができないものだ。最近では比較的安いものも出ているようだが、庶民が飲むにはまだ価格が高い。

「……ユリシア姉様は王女として積極的に慈善活動を行い、ルシール姉さまは社交の場へ出て貴族の心を掴んでいます。でも、私には何も無いのです。私は王女という身分にいて、民よりも良い暮らしが出来ているのに民に何も返せておりません。それが嫌なのです」

「それの何がいけないんだい?リリアナが恵まれている証拠だよ」

「……働きもせず、税を使うなんて姫としてあるまじきことですわ。ユリシア姉さまやルシール姉さまが姫として恵まれた生活を送れるのはそれ相応の公務や責務を行っているからですもの」

 この国にはない諺だったが、働かざる物食うべからずという言葉があった。実際リリアナも前世で学生であった頃からアルバイトなどの仕事に励んでいたものだった。確かに働かないで何でも与えてもらえる環境は楽だ。それでもリリアナにとっては嬉しいものではなかった。できることは自分でしたいし、誰かの役に立ちたかった。

 そうでもしなければリリアナがここで生きている意味を見出せなかった。

「何もしなくても私の名は父フェルディナンの娘として名前だけは残ることでしょう。しかし、私は名を残すなら何もできない役立たずの姫ではなく、国のために役に立った王女として名を残したいのです。少しでもこの国の役に立って、この暮らしに見合う対価を支払いたいのです」

「……分かった。そこまで言うのならば私が手を貸そう。私のお姫様はもう私の話を聞く気はないようだしね。ただし、やると言ったからには途中放棄は許されないよ?」

 真面目な顔をしていたディオンはここではぁと大きなため息を吐いて、そこでようやく優しく笑った。

「はい。私もそのつもりはありません」

 頷くと強い視線でディオンを見る。もうリリアナには引き返すつもりはなかった。

「――よし。では、作戦会議といこうではないか!ローレンスもジゼル嬢も何か気付けば話してくれ」

「はい!」

「はい。私がお役に立ちますのであれば……」

 ディオンの言葉にローレンスとジゼルの二人も頷いた。

 とりあえず、リリアナにとっての第一関門は抜けたようだった。

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