17 叔父の屋敷で内緒話
門を抜けた先の広いが手入れの行き届いた庭園を抜けると、高い天井から下がるシャンデリアが美しいエントランスへ迎えられる。
すでにディオンの執事アレクが待ち構えていて、懐かしい笑顔でリリアナたちを迎えた。
「リリアナ姫。お久しゅうございます!姫にお会いできて爺はまた寿命が伸びましたぞ」
アレクは大げさな身振りでリリアナを迎え入れてにこりと笑う。年齢にするとすでに引退していてもおかしくない年ではあるが、ピンと張った背筋や衰えを見せない話しぶりのおかげで相変わらず若々しい。
「アレク、しばらくぶりね。元気にしていた?」
「先ほどまでは引退を考えておりましたが、姫のお顔を拝見して考え直しました。姫はしばらく見ない間に何と美しいレディになられたことか!」
「ふふ。1年やそこらでそんなに変わらないわよ?」
「それではリリアナ姫が元より美しくいらっしゃるのでしょう。さぁ、皆様こちらへどうぞ。殿下がお待ちです」
アレクは嬉しそうに笑って、奥の部屋へとリリアナたちを招き入れた。連れて行かれた部屋はディオンの私的なリビングルームだった。この大きな屋敷には立派な客間もあるのだが、リリアナが訪れる時は大抵このリビングルームへと通される。リビングルームとは言っても、普通のそれよりはかなり立派で広いものではあるが、王位継承権二位の王族の屋敷と考えるのであればこじんまりしているのだろうと思う。
「ようこそ。我が屋敷へ。爺ときたらリリアナを見ると中々連れて来ないのだから困ったものだね」
「おや。殿下、毎日いい年した男の顔ばかり見ている爺の気持ちにもなっていただけませんか。リリアナ姫のお顔を見ると、まるで心が洗われるようですな」
「嫌だね。年寄りは口煩くて敵わないよ。……ああ、悪かったね。どうぞ、座ってくれないか。ジゼル嬢とそこの騎士さんもどうぞ」
ディオンは悪戯めいた笑みで笑うとリリアナたちへソファへ座るように促した。長年仕えているジゼルに関してはディオンも既に知った顔で、名前まで覚えている。
「相変わらずお元気そうで安心しました。遅れてすみません。彼は先日私の専属になりました、ローレンス・ベルリナーズです」
「そうか。リリアナ姫が専属を付けたと噂には聞いていたがベルリナーズ家の?私はディオン・オレール・フランディア。リリアナの叔父だよ」
「ローレンス・ベルリナーズです。先日、専属にしていただきました。お会いできて光栄です、ディオン様」
にっこりと笑ったディオンとローレンスが立ったままで机の上で挨拶の握手を交わす。
「どうだい。リリアナ姫は迷惑をかけていないかい?この子は行動派なところがあるから大変じゃない?」
「いえ。よく気を遣っていただいていますし、楽しいです」
「それならよかったよ。叔父として頼むよ。リリアナをよろしく」
「はい。お任せください」
ローレンスはディオンを真っ直ぐ見てしっかりと頷いた。そんなやり取りを聞いていると、まるで自分が問題児にでもなったかのようで恥ずかしい。リリアナは二人の会話に割って入るようにお土産の箱を差し出した。
「心配されなくてもローレンスに迷惑はかけませんわ。それとこちらどうぞ召し上がって下さい。お口に合えば嬉しいのですけれど」
「可愛い姪っ子のことが心配なんだよ。ありがとう。気を遣わせたね」
「ディオン叔父様、選んだのはジゼルなのでジゼルに言ってくださいな」
「おや。それは悪かったね。いつもありがとう、ジゼル」
「……い、いえ!これは私の仕事ですので。ディオン様にお礼を言われることではありません」
ジゼルの方を見てにっこり笑顔を浮かべたディオンにジゼルは顔を赤に染めて下を向いた。リリアナはそんなジゼルに笑顔を浮かべると、ディオンに向き直した。
「それにしてもアレクはまだまだ元気で安心ですわね」
「ああ。むしろ爺は元気すぎて困るくらいだよ。もう引退してもおかしくない年だっていうのに」
ディオンへ菓子箱を手渡すと、ディオンはその箱をアレクに渡して茶目っ気たっぷりに嫌そうな仕草を示す。
「私はディオン様がご結婚されるまでは辞めませんぞ。たとえ墓に片足を突っ込んでも仕えますので。それではお茶をお持ち致しますので、しばしお待ち下さいませ」
にっこりと笑ったアレクは年齢を感じさせない動きで礼をすると、さっと下がって見えなくなった。さすが長年仕えているだけあって、その動きはお辞儀一つにも無駄が無い。
「はぁ、嫌だね。城を出て自由になれるかと思いきや、爺が何時まで経っても側仕えから離れやしない」
「仲がよろしくて羨ましい限りですわ。いらないのであれば私が欲しいくらいですもの」
「リリアナ姫にリボンを付けてあげたいくらいだけど、止めておくよ。あれの口うるささに文句を言うのは私一人で十分だからね」
「まぁ、残念ですわ」
ディオンの物言いにリリアナは残念そうな声色を出しながらくすくすと笑う。何だかんだと言いながらも仲の良い二人はこのような軽口も日常だ。本当にアレクがリリアナの元に来てくれるのであれば嬉しいが、アレクはディオンの元を決して離れないだろうし、ディオンもそれを許さないだろう。
「さて。リリアナ姫、フリアンでは楽しくしいているのかい?手紙には楽しそうな話が多かったけれど、あのような晩餐会の場所ではゆっくり話ができないからね。…全く誰が聞いてるか分かりやしない」
ディオンはそう言って本当に嫌そうな顔で眉を顰めた。王位に限りなく近い継承権を持つ彼は、本来ならば王城に住まいを置いていてもおかしくない。贅沢が出来、自由と引き換えに大抵のことは思い通りになる。しかし、その王城から出た理由は自由がないことだけでなく、監視の目が強いこともある。常日頃から大勢の目に晒される立場で、周辺の貴族たちからの探りも多い。王城に勤めるにはある程度の身分があることが必要条件で、下の方の仕事であっても身分がはっきりした人間からの紹介が必須だ。それはつまり貴族の息がかかった者しか城に入れないということだ。
「フリアンでは伸び伸び生活させていただいておりますわ。王城と違って人も少ないので楽です」
「羨ましいなぁ。私はさすがに王都から外へは住まいを移せないし」
ディオンが王城から住まいを外へ移したのも前例の無いことだった。今までの王族は継承権2位までの者は城へ住むのが慣わしだった。それはもしもの時のために万全の守りの中へ身を置くことが良しされていたのが理由であったが、そのためディオンが外へ出たいと言った時も反対する者が多かった。王が認めたことで城から出ることは叶ったが、それでも王都から住まいを移すことは認められないだろう。
「それで最近は子供たちに文字と計算を教えて教師の真似事もしているのです」
「リリアナが教師を?それは本当かい?」
リリアナの言葉にディオンは驚いたように目を見開いて、確かめるように隣に座っているローレンスやジゼルを見た。
「ええ。本当ですわ。楽しそうに城を出て行くのでお止めすることも憚られまして。他の侍女にごまかすのにも苦労していますのよ」
ジゼルはくすくすと笑ってリリアナをちらりと見た。リリアナはその視線を気まずい気持ちで受け止めて、視線を彷徨わせた。
ちなみにディオンがリリアナ姫と呼ぶのは愛称のようなものです。
 




