15 晩餐会
天井には煌めくシャンデリア。壁には美しい花々が飾られ、絨毯には塵一つ落ちていない。そんな晩餐会の会場には細長く大きなテーブルが、ピンと美しく糊付けされたテーブルクロスを纏って中央に設えられていた。部屋の一番奥には王と王妃が座る豪華な椅子が置いてあり、その側に王子や姫たちが座る椅子が置いてある。リリアナはその一つの自分の名前が書かれた席札を見つけると、その椅子に座った。
ちらりと視線を遣ると、一番端の席を王としてリリアナから見て左隣がヴィルフリート、王子夫婦。王の右隣は王妃、ユリシア、ルシール、リリアナと続いていた。ヴィルフリートの席が王の隣なのは隣国の王子への敬意を示しているのだろう。
「やっぱり赤似合ってるわよ」
「そうだといいのだけれど」
隣の席に座ったルシールがリリアナへ片目を閉じて笑う。その笑みに笑みで返していると、兄夫婦がやって来たようだった。兄が来たのに合わせて立ち上がると、軽く礼をすると兄たちも同じ様に返した。
「リリアナ。体調は良いのか?」
目つきの鋭い兄のギルバートはその見た目から勘違いされることが多いが、本来は心の優しい男である。口数は多くないが、昔からリリアナのことをよく心配してくれている。
「兄様、エミリア様も今晩は。最近は体調が良いことの方が多いのです」
「まぁ、そうなの?それはよかったわ」
にこりと笑ったリリアナを見て、ギルバートの妻エミリアも嬉しそうにふわりと笑った。可憐な少女のような風貌の義姉は兄の鋭さを中和するかのように柔らかな印象の女性だ。今日来ている薄桃色のドレスも雰囲気と合わせてよく似合っている。
「お二人もお元気そうでよかったです。お二人の仲の良い姿が何よりの薬になりますもの」
「あら。リリアナったらお上手ね!ふふ。嬉しいわ。ねぇ、ギルバート?」
「ああ、そうだな」
兄はエミリアに笑いかけながら、さりげなく椅子を引いて座らせる。こんなに気の利く男ではなかったと思っていたが、3年の間に兄も成長したらしいことが分かりくすぐったいような気分になった。
「先日は舞踏会へお越しいただき感謝をしております」
「いえ。王太子様のお招きに預かり光栄です」
兄とヴィルフリートがそんな会話をしていると、王のフェルディナンと王妃レオンティーナが会場へ入りこれで全ての人が揃ったようだった。一旦座っていた人も王の先触れを聞いて、皆立ち上がり待機する。
王の容姿の中で子どもたちと共通しているのは、それぞれ色合いは僅かに異なるが緑の瞳を持っていることが挙げられるだろう。それ以外の容姿で王と一番よく似ているのはユリシアだ。細身のユリシアと恰幅の良いフェルディナンは体型こそは似ていないが、白金の髪の色も穏やかな雰囲気がよく似ているのが分かる。隣に立つ王妃はルシールと同じ艶やかな黒髪に目が惹かれる女性だ。目尻が上がった瞳が厳しい印象を与えるが、母親の違う子どもたちにも同じように優しく厳しく接することができる、とても出来た人である。
「ヴィルフリート殿、何か不自由にしておることはないか?」
「快適に過ごしております。ガルヴァンとは違った雰囲気を楽しませていただいております」
「そうか。それならば良いが。何かあれば何でも言ってくれ。――さぁ、皆も座ってくれ」
会場にいた王族たちは王の許しを得て、ようやくそれぞれ椅子に腰掛けた。
「今晩はガルヴァンのヴィルフリート王子をお招きした晩餐会である。皆も色々話はあるだろうが、楽しんでいってくれ」
全員が座ったのを確認して、王が前を向いて簡単な挨拶を述べた。それが終わると予め決まっていた様子でギルバートが杯を持って立ち上がる。
「それでは皆もグラスを持っていただきたい。フォンディアとガルヴァンの友好に。――乾杯!」
王子の声で周囲の人とグラスを軽く掲げて挨拶を交わす。隣のルシールと叔父に挨拶を交わした後、前を向くと予想外にヴィルフリートはリリアナを見ていた。小さく笑みを作ってグラスを掲げると、ヴィルフリートも小さく笑みで返した。
「……なぁに?目で会話しちゃって」
ルシールは楽しげに目元を緩ませて、リリアナの耳元に口を寄せると小声で笑った。
「もう。姉さま、そういうのではないって言ったでしょう。私は年下だし、話したこともあるからこの中で一番気安いだけだわ」
「はいはい。そうだったわね」
リリアナは咎めるようにルシールを見たが、ルシールはそう言って楽しげに笑うとグラスのぶどう酒を一口飲んだ。
「それにしてもリリアナ姫とは久しぶりだね。しばらくこちらに居るのかい?」
「ディオン叔父様。ええ。今は体調が良いのでもう少しだけこちらに滞在する予定です」
人の良い笑みを浮かべ隣に座っているのは、ディオン・オレール・フォンディア。王弟であり、王位継承権二位を持つ叔父だった。恰幅の良い王のフェルディナンとは違い、細身で長身の優男風の男で年齢の割に老けて見えない。そんな叔父は王である兄と年齢が離れていることもあり、昔から子どもたちの兄の様によい遊び相手であり時には相談相手になってくれ、数いる王族たちの中でもリリアナにとって身近な存在であった。
「それなら、時間が空いた時にでも私の屋敷に顔を出してくれないかい?」
「はい。それなら明日にでも行きますわ。ご都合はよろしいですか?」
ディオンの言葉にリリアナは考えるまでもなく頷いた。リリアナは普段離宮に住む姫であったので、リリアナに与えられた公務もそう多いものではない。夕食を兼ねた晩餐会や舞踏会などがあるくらいなもので、後は暇なのだ。
姫の身分で城から出歩くことはそう褒められたものではない。しかしディオンの元に訪ねに行くのは幼い頃からよくあることだ。それ故に誰にも咎められることもない。
「ああ。リリアナ姫が来てくれるならどんな用事だって後回しさ!」
「ディオン叔父様ったら」
「ははは。冗談だよ。明日の午後でいいかな?爺に美味しい茶菓子を用意させておくね」
ディオンはそう言って前よりも少しだけ皺の深くなった顔で茶目っ気たっぷりに楽しげに笑う。若かりし頃はこの笑顔に胸を奪われた女性も多いと聞く。
さらに言うならば、リリアナの初恋はこのディオンだった。それ故に、病弱の母と共に離宮に移るまではディオンにべったりの子どもだった。今では笑い話の一つであるが、離宮に移る際には幼いながらもそれこそ究極の選択のように感じたものだ。
「まぁ、それは楽しみですわ。アレクによろしくお伝え下さいませね」
「ああ。爺もこんなオジサンの世話をするよりも喜んで菓子の用意をすることだろうよ」
ディオンはそう言って、きっとアレクのことを思い出してくつくつと笑っている。爺とディオンが呼ぶのは、ディオンの元に仕えている老紳士アレクのことだ。ディオンの世話係の長である彼はディオンが幼い頃から仕えており、もうかなりの年であるが今でも現役で年齢を感じさせないくらいに若々しい。ディオンには妻も子どももいないため、アレクはそれこそ目に入れても痛くない程にリリアナを可愛がってくれていた。
「あら。叔父様はいつでも私の王子ですわよ?」
「そう言ってくれるのはリリアナ姫だけだよ。こんなに可愛い姪っ子を持って僕は幸せだねぇ」
そう言って楽しげに酒を飲むディオンをリリアナは懐かしい気持ちで見つめた。




