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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編

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13/61

12 残された時間

「はい。お待たせしたね。名物のテリヤキだよ」

「おいしそう……!」

 テーブルにやって来た料理を見て思わず漏れてしまった声を留めるように手で口元を塞いだが、すでに遅い。ちらりと視線を向けるとにこにこと笑顔を浮かべるローレンスと女将が居た。

「お嬢様の口に合うかは分からないけど、ゆっくりしていっておくれ。お忍びデートっていうやつなんだろう?」

「……え?」

 女将の笑みはまるで聖母の慈愛のそれだった。きょとんとしたリリアナを他所にローレンスはにっこりと笑って頷いた。

「はい。実はそうなんです。分かってしまいましたか?」

「まぁね。あたしの目は誤魔化せないよ。お嬢様相手じゃ大変だろうけど頑張りな。あたしは応援してるよ。禁断の恋だなんて女なら一度は憧れるもんさ」

 とウインクをして言い残すと彼女は他の客に呼ばれて行ってしまった。

「……ええと、ローレンス?」

 リリアナはローレンスを眉を寄せて睨むような目で見た。しかし、ローレンスはにっこりと笑顔を浮かべてそれを受け流している。

「そういうことにしておきましょう。そういう設定の方が馴染みやすいってことですよ」

「……もう」

「はい。そういうものです。さぁ、食べましょう。折角の温かい料理が冷めてしまいます」

 にっこりと言い放つローレンスに言葉を飲み込んだ。何より久しぶりの温かい料理を味わいたい方が先だった。何しろ、王宮に居ては温かいものなどお茶とお風呂以外にありえないのだから。

 リリアナたちは食事を終えて、ミランダの温かい視線に気まずい思いをしながら食堂を出た。久しぶりの温かい食事は王宮の繊細なものとは違うが、優しい気持ちが込められているような気がしてとてもおいしく感じた。

「温かい食事なんて久しぶり。出来立てのおいしさには何も敵わないわね」

「そうですね。特にテリヤキなんてこの辺りでは変わっていますが、おいしいですよね」

「……そうね」

 テリヤキという言葉に思考が沈む。ミランダの母は前世の記憶を用いて、この食堂の看板メニューをしっかり作り上げた。しかし、リリアナも同じように前世の記憶があるのに何も役に立ちそうなこともできないでいる。せっかく姫として生まれたのに、自分はこのまま消えてしまうのかとふいに不安に襲われた。

「――リア様?どうかされましたか?」

「何でもないわ。テリヤキに浸っていたの」

「そうですか。それなら良いのですが。…リア様、向こうから騎士団が来ます。隠れましょう

 ローレンスと話をしながら次はどこへ向かおうかと思案していると、向こうから騎士団の制服が見える。まだ遠い姿ではあるが、気付いたローレンスが路地裏へとリリアナを導いた。

 ここがフリアンであったならば、駐在している騎士が居ないので滅多なことでは騎士に遭遇するなんてことはありえない。しかし、ここはフリアンではなく王都だった。王都の城下では犯罪防止のために日に数度騎士が巡回を行っている。リリアナは久しぶりの王都であったので、そのことがすっかり失念していたらしい。もし騎士がリリアナを知る人であれば、そう広い街ではないのですぐにリリアナの存在に気付くだろう。

「隊長自ら巡回をしているのね」

 路地裏の木箱に陰に隠れて、そっと様子を伺う。5、6人の騎士服に身を包んだ男性が表の通りを歩いていくのが見える。その集団の先頭にいるのに居るのはクロヴィスだった。先日舞踏会で会ったときのようなきらきらした正装ではなく、シンプルな仕事用の制服に変わっているが彼が一人際立っているのが分かる。

「ええ。街の様子を知らなければ非常時に動けないということです」

「そうなの」

 そう言って、クロヴィスから目を逸らそうとした時だった。向こうとは結構な距離が空いている上にこちらは暗がりで向こうからは良く見えないはずなのに、彼がこちらをちらりと視線だけを寄越した…と思ったが、すぐに視線を戻した。

「ねぇ、そこのお兄さん!靴磨きはどう?」

 後ろから掛けられた声に振り向けば、ローレンスのちょうど腰くらいの背丈の男の子がこちらを見上げていた。

「……リア様、お時間よろしいですか?」

「ええ」

 申し訳無さそうに振り向いて確認するローレンスにリリアナは頷いた。

「では、お願いしようか」

「ありがとう!じゃあ、そこの木箱に足を置いてくれるか?」

 すぐ側にある果物の小さな木箱にローレンスが右足を置いた。少年はその右足の前に屈むと、布を取り出して靴磨きに取り掛かり始めた。それを見てリリアナは少年の側に目線を合わせるようにしゃがみ込んだ。

「リア様」

「いいのよ。君、何才なの?」

 ローレンスが制止するように名前を呼んだが、リリアナはそれを制して少年に向き合った。

「おれ?7才」

「そう。いつもここで靴磨きしているの?」

「んー。大抵はここでやってるよ。家に弟と妹がいるからおれも金を稼がないとメシ食っていけねぇから」

 少年はそう言って、にこりと笑ったのを見てどきりと心臓が痛んだ。

「君の友だちも同じように仕事をしている子多いの?」

「多いよ。酷いやつだと盗みまでやってたりする。おれの父ちゃんが盗みだけはしちゃいけねぇって言うからおれは絶対しねぇけど。……はい、じゃあ次反対の足を出してよ」

「君の名前は何て言うんだい?」

 それまで黙っていたローレンスがふいに口を開いた。

「おれはルーク」

「分かった。ルーク。君は靴磨きには自信があるか?」

「ああ。もちろん!」

「そうか。では、明日の朝にミルレイ通りのアルベール家へ行きなさい」

「アルベール家?」

 ローレンスの物言いにルークはきょとんとした顔で状況が飲み込めないようだった。

「分かるかい?」

「分かるけど……何で?」

「アルベールの靴磨きの仕事を紹介する。働き次第ではもっと良い仕事を紹介させるように言っておくよ」

「え?いいの?」

「ああ。君の靴磨きの腕は確かなようだから」

 ローレンスはルークを安心させるかのようににっこり笑うと、ルークにコインを渡した。

「お兄さんアルベール家の人なの?」

「いや。知り合いなんだ。君のことはよく言っておく。やれるか?」

「ああ!ありがとう!」

 笑顔の少年ルークと分かれると、大通りへと戻る。

「他に行かれたい場所はありますか?」

「もういいわ。戻りましょう」

 広場の時計を見ると、2時の辺りを示している。まだ遅い時間では無いが、早く戻る分にはジゼルも文句を言わないだろう。そして何より今後のことをゆっくり考えたかった。

「アルベール家って何なの?」

「私の執事の家です。さすがに私の家に、知り合って間もない彼に来てもらうのは危険ですからね」

「…あなたが羨ましいわ」

「リア様?」

「私には何も出来ない。もうそんなに多い時間は残されていないのに、嫌になっちゃうわね」

 ぽつりと漏らした言葉に苦笑が浮かんだ。リリアナが死亡する年齢については詳しくは分からない。しかし、ユリシアが攫われる年齢は22才。あと1年も残されていなかった。

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