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理想のお姫様  作者: 香坂 みや
本編
12/61

11 ミランダの食堂

 真っ暗な隠し通路を手に持ったランタンの僅かな灯りを頼りにしばらく歩く。隠し通路の入り口自体が隠されたものであるせいなのか、通路の中は侵入者防止の迷路や罠などはない。周りを見渡す必要もないくらいまっすぐで狭い通路を歩いて行くと、それまで静かに黙っていたローレンスが口を開いた。

「――昨日は申し訳ありませんでした」

「昨日のことは気にしてないわ。特に何を言われたわけでもないもの」

 考えるまでもなく、ローレンスはエリーズのことを言っているのだと思った。確かに視線と感情は気持ちの良いものではなかったが、エリーズに不快に思うことを言われたわけでもない。

「……エリーズは私の婚約者だったのですが、しばらく前に婚約解消したことを納得していないらしく」

「そう。ちゃんと話をした方がいいと思うわ。ただ『婚約解消しましょう』と言われても普通は納得できないもの。相手が納得してくれるまで真摯になるしかないと思うわ」

「はい」

 普通の女の子だったらローレンスと結婚できることを喜びこそすれ、喜ばない人はいないだろう。顔立ちも整っているし、家柄もしっかりしている。まだ数日の付き合いではあるが、性格も誠実で悪くないと思われた。

 そして会話の途切れたまま歩いていると、二手の分かれる岐路に辿りついた。一方はすぐ近くに上に伸びる梯子が見えるが、もう一方はまだしばらく歩く通路だ。リリアナは迷うことなく、前者の梯子の方へ足を進めた。

「こちらはどちらへ行くのですか?」

 後ろでもう一方の道を見ていたローレンスがリリアナに尋ねた。

「あれを行くとグレンダーレの森に抜けるわ」

 もう一方の道をそのまま進めば、王都の南側をぐるりと囲むグレンダーレの森に出る。ここにフォンディアを築いたのも、このグレンダーレの森があったからだと言われている。

「グレンダーレの森ですか。また、良い場所に出ますね」

「ええ。森の中ならば追っ手が出ても、手を出せないものね」

 前の人生で見たような漫画や映画などの中に出てくる魔法や召還というようなものはすでに存在しない。大昔には存在していたらしいが、現在は失われてしまっていてそれを扱える人は公には残されていない。もしかしたらリリアナの知らないところでひっそりとそれを伝える人がいるのかもしれないが、それはリリアナには知り得ないことだったし、あまり興味もなかった。

 しかしこちらの世界では不可侵の森が存在している。ただ通るだけ、入るだけならば問題は無い、太古の昔から命を育み慈しむ森。その森の中では戦いで血を流すことが禁じられていて、それを破ると大いなる災いが降りかかると言われている。そしてこちらの人間は何よりもそれを恐れているのだ。実際に災いが起こったということは聞いたことが無いが、町の子どもですら災いを恐れているのだ。だが、そんな森も普段は穏やかで鳥のさえずりが心地よい森だ。

「私が先に」

「いいの。今回は私が先でなければいけないの」

 先に梯子を上ろうとしたローレンスを断ってリリアナが先に梯子を上る。そして上に被さっていた蓋を退けようと手を触れると、僅かにふわっと白く光った。その蓋を寄せて、梯子を上りきる。リリアナたちが出たのは街の外れにある教会の荷置き場だ。少し埃っぽいそこは普段はほとんど人が訪れないことを表しているようだ。

「先ほどのものは…まさか、魔法ですか?」

「そうらしいわ。私にもよく分からないけれど、王族の血に反応しているらしいわよ。ローレンスが触っても床と変わらないわ」

 梯子を上ってきたローレンスは驚いたようにまた元の様に被された蓋を凝視している。先ほどまではっきりと蓋に見えていたそれも、今では床と変わり無いように変わっていて、蓋が存在していないように見える。ローレンスは不思議そうに蓋があったであろう場所をぺたぺたと触っているが、変化は無く石のタイルにしか見えない。

「魔法なんて、初めて見ました!この目で見られる日が来るなんて。やはり姫に専属騎士にしていただいてよかったです」

「私だってここのくらいしか知らないのよ?王城にはまだあるのかもしれないけど、きっとほとんどが壊れているのだと思うわ。魔法が失われて長い年月が経った今ではここのも時間の問題かもしれないわね」

 数少ない魔法の痕跡。しかし、今ではそれがどうやって成り立っているのか知る人間は残されていない。

「そうですか……」

「残念だけど、人には過ぎたる力ということね」

 大きすぎる力は何も残さない。だからきっと魔法も消えてしまったのだろう。

「……そうですね。さて、今日はどちらまで行かれる予定ですか?」

「単純に町の様子を視察をしたいの。とりあえずミランダの食堂にでも行ってみましょう。今日はそうね、お忍びの令嬢と護衛ということにでもしましょうか」

 リリアナはそう言いながら、口調を変えようか一瞬逡巡して止めた。令嬢という設定にするならば護衛には気安い口調の方が良いだろう。

「わかりました」

 そう返事をすると、ローレンスが物置の扉をそっと開けて辺りを伺い見た。人の気配はまばらだが、教会の敷地の片隅にあるここに視線を向ける人はいないので堂々と出れば変に思う人はいないだろう。二人は何でもない顔をして物置を出ると、食堂へ向けて歩く。

 街の中心地には2代前の王がフォンディア治世300年を記念して作った大きな噴水がある。もう随分古いものではあるが、凝った装飾が美しく、年代を感じさせるそれがかえって見栄えを良くさせている。その立派な王都の名物の噴水の近くにあるのが、ミランダの食堂だ。庶民が利用する平凡で安価な食事を提供をするが、味と女将の笑顔が最高で店はいつも大賑わいだ。

「いらっしゃい!空いてるところに座ってちょうだい!」

 食堂に入ると昼前だと言うのに、すでに8割ほどの席が埋まっていた。ざっと見渡して、窓際の二人掛けの席を見つけてそこに腰を下ろす。

「ローレンスはここに来たことがある?」

「ええ。仕事仲間にこの辺りに住んでる者がいましたので。フォンディアの家庭料理がメインですが、チキンのテリヤキというのが名物なんですよ」

「……テリヤキ?」

 ローレンスから発せられた言葉にリリアナは心臓がどくりと鳴った。記憶に基づいて言うならば、この国の料理はフランス料理に近いと思う。それは王宮料理だけでなく、庶民の食べ物もワインに似たぶどう酒で煮た肉やチーズなどが主流である。それなのにこの店の名物はテリヤキだと言うのだ。テリヤキは前世ではよく食べていた料理の一つだった。一緒に住んでいた家族が好きだったのでよく作っていた。しかし、この国では見たことがない料理だった。

 リリアナが知る限り、醤油らしき調味料が存在しないこの世界では、テリヤキは存在しえない食べ物である。しかしそれがこの世界に存在しているということは、リリアナが宮廷で叩き込まれた地域以外でそれが発生しているか、もしくはリリアナと同じような記憶を持つ人間がいるということだ。

「――いらっしゃい。ミランダの食堂名物のテリヤキは他の店ではやってないから食べてみてよ。それと今日のおすすめはエスタ産の豚の煮込みだよ」

 女将が愛嬌のある笑顔を浮かべて水の入ったコップをテーブルに置いた。

「そのテリヤキはどんな味なのですか?」

「そうだねぇ。甘い辛いって感じだね」

「……私はそれを」

「それでは、テリヤキ二つと日替わりスープとサラダを適当にお願いします」

「分かった。テリヤキ二つに日替わりスープとサラダだね」

 女将はにこりと笑うと、さらさらと簡単な記号のようなメモを取って厨房に声をかける。

「あの。このテリヤキというのは誰が考えたのですか?」

「これかい?あたしの死んだ母さんが作ったんだ。美味いけど変わった料理を作る人でね。それじゃ、ちょいとお待ちね」

 店の混雑の割りに接客を担当するのは女将一人らしく忙しそうなのが目に取れた。女将は慌しく言い残して、もう満杯になった客席をくるくると回るように移動している。

 おそらく、女将の母はリリアナと同じように日本人としての記憶を持つ人だったのだろう。そして、その懐かしい味を自分で作ったのだ。

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