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エイジ オブ アイアン ~Ground zero~  作者: ほんこんさん
第1章 バチ当たりロンリー・デイズ
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1-06

 結局僕は、服の上から重たい防弾チョッキを着せられ、何やら禍々しい得物を持たされた。M4だとさ。ガキでも使えるような軽量カービン銃。ご丁寧にレーザーサイトまで付いている。素人には丁度いい、と再度合羽姿に戻った女は言った。いいわけねえだろ。

「AK47や74もあるが、少々取り回しに癖がある。弾持ちもよくない。こいつは御守りだと思っておけ。もっとも、お前が引金を引くような事は無いだろうが。一応、取り扱いはわかるか?」

「分かる。空チャンバーじゃなけりゃそのまま弾出てくるんだろ。」

エアガンのおかげだ。僕は側面のコッキングレバーを引いてみせる。思ったより軽い。レバーを戻しても弾は排出されなかったが、と言うことはそのまま引き金を引いても弾は撃てなかったと言うことだ。このアマいい加減にしろよ。

「…そうか、ならよかった。」

僕のささやかな怒りなどよそに、女は溜め息と共に呟いた。

 武器庫を出て、廊下の突き当たりの非常ドアから外に出た。電子ロック。暗証番号を打ち終えると、電子音声が扉の外に誰もいない事を告げる。合羽は耳の無線機を触り、外へ飛び出すと同時に周囲を警戒する。戦争映画みたいだ。片手で手招き。外に出ると、扉には自動的にロックがかかった。僕は女の後に続いて、地上まで延びる非常階段を下りた。

 夜も9時を回ると、皆川通りの裏路地は静かなものだ。降り続く雨の音だけが耳に付く。排ガスと生ゴミの臭いが混ざった腐臭。ビルの谷間の細い路地は濡れ、重苦しい空気ばかりが立ち込めていた。

 女は僕にかがむように指示し、音を立てずに移動する。ゴミ箱の裏に身を隠し、そして得物を構えると、20メートルほど向こうの電柱の前で得物を持つ人影に、一発だけ放った。

 カシッ、と軽いサイレンサーを挟んだ間抜けな銃声とともに飛び出した弾丸は、そいつの頭部を正確に弾き飛ばした。

 声一つ上げることなく崩れ落ちるそれを横目に、女は僕の手を引いて動き始める。この様子を見ていたのだろうか、誰かが何やら大声でわめきながら、目の前の三叉路の向こうから走ってくるのが聞こえた。人数が多い。だが女は慌てる様子も無く道の中央で立ち止まると、怒声の響く三叉路の中心に銃口を向ける。その数秒後、怒鳴り声の主数人がそこに飛び込んで来るや否や、袋のネズミとばかりに掃射した。

 悲鳴はほとんど無かった。合羽の放った弾丸が、ことごとく運の無いチンピラの頭部付近に叩き込まれていったからだ。魔法だ。そして、もとより肝の太くない僕は、強烈な血の臭いが鼻を突くと同時に、腹をよじって吐いた。胃酸で酸っぱい口の中を気にする暇も無く、女は僕の腕をつかんで走り出した。

 屍になった奴らが飛び出してきた路地の先には、黒のピックアップトラックが停められていた。行き止まり。荷台から人影が2つ、銃を構えて乗り出していたが、そいつらは何故か撃つのを躊躇った。女はやはり無慈悲にも短機関銃を流し撃ち、片付ける。すると続けざまに腰から何かを取り出し、またピンッ、と嫌な音を立て、トラックに向けてぶん投げた。今更になって僕はこれが手榴弾である事に気付いた。

「伏せろ!」

またそう叫ぶや否や、合羽は僕が伏せるよりも早く頭を抑えて地面に押し倒す。数秒後、グラウンドレベルに落ちた視界の向こうで、ガラスが砕ける音と共に車が盛大に爆破を起こした時、どこからか悲鳴にも似た中国語の怒鳴り声が上がった。女は僕を制したまま飛び起き、膝立ちのまま炎に包まれたトラックへ向けて放つ。銃声、金属音、叫び声と、中国語。声は炎を挟んだ向こう側から聞こえてきている。何度かすぐ頭上を弾丸が掠め飛んでいくのが分かった。合羽女は立ったり伏せたりを繰り返しながら、人目をはばかるそぶりも無く撃ち続けている。この島の警察はどうなっているんだ。

 ふと、横倒しになった僕の視界に、背後からそろそろと忍び寄る人影が映った。スチールのゴミ缶の陰に潜むそいつは、30メートル以上離れていてもそれと分かるバナナのようなマガジンをちらつかせている。確かカラシニコフ製は日本ではどこの公的機関も採用していない。とりあえず、撃っても公務執行妨害にはならないわけだ。僕は寝転がったまま、御守りのはずのM4カービンの引金を引いた。

 迷いはなかったが、その衝撃も音量も、想像していたより遥かに大きなものだった。5.56ミリ弾が手元で連射されている、と言うよりは、銃口で正月の爆竹の束が弾けている、と言った感覚のほうが近い。火花。煙臭い。衝撃で若干頭が痛い。やはり銃は苦手だ。アスファルトが跳弾で白く光っている。まともに狙いもせずに出鱈目をやり続けて十数秒後、気が付くと弾倉は空になっていて、向こうの方では、砕け散ったゴミ缶の隣で、足を抱えた人影がのた打ち回っているのが見えた。1発命中。やった。

「全弾撃ち尽くす奴がどこにいる...っ!」

女が頭上で唸り、僕が足を潰した男に3発ずつこま切れにして、きっちり9発撃った。いわゆるバースト撃ちと言うやつで、ゲームだと命中精度が上がる。うち2発が頭を砕くのが見える。僕の前に薬莢が転がった頃には、哀れな男はぴくりとも動かなくなっていた。

「なあ、あんた。」

僕は女からマガジンを受け取りながら、言った。

「僕はもしかして盾なのか。」

「よく分かったな。」

合羽はさらりと認め、リロードしてまた炎の向こうに向けて放つ。相手の応戦は無かった。嘘のように。

「敵は素人で恐れを知らないが、だからこそ同時に迷いを持つ。獲物を盾にするのは両刃の剣だが、この手の利益優先主義で、強欲な相手にはもっとも有効な手段だ。それに比べてお前…」

女は、ふと僕を冷たい目で見下ろし、呟いてみせた。

「迷わなかったな、殺しに向いた人間だ。私は嫌い。」


 合羽の手にかかると、事態の収拾までは実際15分とかからなかった。半数近くまで数を減らした相手が、さっさと引き上げていったからだ。女は僕をあくまでも盾に使った。そうすると、成る程相手は攻撃をためらった。彼女はそんな素人の中国人達を容赦無く狙い撃ったのだ。

「終わったか?」

「そのようだ。」

元の非常階段まで辿り着くと、合羽女は路地に目を配りながら階段を登り、扉を開き、先に僕の体を押し込んだ後自分も入った。ストックを畳み、弾倉を外して合羽の内側に入れる。ごついオートロックを作動させ、鋼鉄の扉に鍵をかける。僕は言った。

「ポリに目を付けられないのか。もんなもん、機動隊にでも突っ込まれたら射殺ものだぞ。」

「その心配は無い。我々は国家公安委員会公認のPMCだ。」

「…はあ?」

PMCとは海外でよく聞く「民間軍事企業」のことだ。かつてのイラクやアフガンはじめ、軍隊の補助的な役割を受け持つ戦闘で飯を食う連中。そんなもんが国内にあるなんて初耳だった。合羽女はため息を吐き、得物を壁に引っ掛ける。よく見てみると銃身はじめあちこち塗装が剥げた古い銃だった。木製のストック、少し反り返ったレバー。そしてそのボディには見たことのあるマークが刻印されていた。かのナチの紋章、探さ卍。これが本物でなければ、こいつの趣味が絶望的に悪趣味だということになる。

「MP40を見るのは初めてか?」

女は言った。

「防衛省をはじめ、その他多くの公的機関の支援を受けている。上層部からの依頼がある限り、我々の作戦行動は万物たりとも阻害できない。現在は警察こそ支援機構の外にあるが、そこは公安が抑えているから問題ない。」

呆れて言葉が出なかった。女は僕からM4を奪うと、マガジンを外し、排莢して同じように壁に立てかけた。銃刀法違反も何もあったもんじゃない。僕は言った。

「侵入される可能性は無いのか。」

「出来るものならしてみればいい。この壁にしても、C4くらいではビクともしない。」

「外から壁が抜かれる事は。」

「一度やろうとした奴がいたが、事前に発見して射殺した。もっとも、RPGでも抜けない壁を何が抜けるものか。」

 この話が本当なら、こいつらは政公認の軍隊と言うことになる。僕は、そのよく聞く都市伝説のひとつ――この島の抗争の全盛期に、それをたった数十人で制圧した武装組織が存在すると言う話を思い出した。そいつらは一般人に紛れて行動し、どこに潜んでいるか分からない。だが一度狩り場に姿を現すと、圧倒的な運動量と火力をもって、場にいる人間を一人残らず狩り尽くす。防弾チョッキを脱ぎながら、僕は白髪の女にそれとなく尋ねてみた。

「昔話だ。」

チョッキを受け取り、壁に引っ掛けながら、女はそれを認めた。だが、と言って続ける。

「私はその時の事を直接知っているわけではない。だから、これは伝え聞く話だ。当時は公式の支援が厚かったから、数も火力も強大だったそうだ。でも今では、こんなしょうもない相手でもこの程度が精一杯。当時のメンバーは皆独立し、傭兵になったり、フリーランスの荒事師になったり、死んだり。」

「今の数は。まさか2人じゃないだろう。」

「そのうち分かる。お前が気にする事ではない。」

それ以上の質問は許さない、とばかりに言い切ると、女は雨粒の光る合羽を脱ぎ、大雑把に折りたたむと、2,3度と頭を振り、白銀の髪をなびかせた。腰にサブマシンガンを下げている辺り、こいつのファッションセンスはどうかしている。

「私はエリ。小野田絵里。コールネームは“エンジェル”。好きに呼べ。」

色が白いから天使なのか、とは聞かなかった。僕は黙って頷き、言った。

「そうか。僕はあきら。楠本章。通り名は――」

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