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「クライアントは公安調査庁。法務省のヒューミント機関...ざっくり言うと諜報機関。」
大女は煙を吐くと、足を組んだまま言った。
「大層な額を出してくれるんで断る理由は無かった。あまり詳しい容は教えてもらえなかったから目下調査中。それで、こっちがそれに人を使っている間に敵が動いた、てわけ。どうやらずっと監視されてたみたい。意味分かる?」
意味不明だった。僕は黙って首を横に振る。そりゃね、と女は妙に納得した様子で続ける。
「分かりやすく言ったら、つまり私達は『楠本章を保護しろ』ってナメた依頼を受けた。何の説明も無い上に、ほら、依頼主に聞いたんだけど、君の親父さんって警察官じゃない?きな臭いにも程がある。それで、裏を洗うために4人ほど人を使って一時的に人手不足になっている所を、待ってましたと敵が動いた。ねえ、楠本君、中国人から恨みを買うようなことは?」
覚えがありすぎて分からなかった。島のチンピラの10人に1人くらいが外国人で、その3分の2が中国人だった。色々やらかしてきたから、知らぬ間に恨みを買っていたかもしれない。分からない、と答えると、女はケラケラと笑い声を上げた。
「そうでしょうね、君の経歴ほんと嘘じゃないかと思うくらいクリーンだったもん。」
「ユーリ。」
サブマシンガンの女が何やら不満げに言った。
「本当にこいつにやらせるの?」
「合格合格。上等よ。」
ユーリ、と呼ばれた目付きの悪いほうの女は胸を張る。白い女は大きくため息をつくと、それ以上何も言わなかった。
「何の話?」
僕が尋ねると、正面の女は嫌な笑みを浮かべた。
「本来は、ウチの戦力で君の周囲をブロックするつもりだったのだけど、生憎数が足りない。悪いけれど、しばらくの間は君の戦力として、エリのパートナーとして働いてもらうわ。得物はいくらでも貸してあげる。やばくなったら善処してかまわない。」
「ちょっと待て!」
呆れた女だった。僕はほとんど怒鳴っていた。
「保護するのが依頼じゃなかったのか。なんで僕が前線に立たなきゃならねえんだ。」
「処遇の指図まではされていないわ。それに割と時間の余裕も無いの。しかも――」
もったいぶる様に一瞬溜めて、
「――残念なことに、このビルは包囲されている。数は20人前後、相手の無線はデジタルだったけど、暗号変換がまるでド素人。聞いてて面白いったらありゃしない。」
隣の部屋は、地元のヤクザはおろか、恐らく警官隊も真っ青のごちゃごちゃした武器庫だった。壁一面に立てかけられた、大小さまざまな火器の列。しかも誰でも知ってる有名なのばっかり。自衛隊ご用達の64式や89式小銃、米国製のM16やそのコピー。カラシニコフの弾倉なんか、部屋の隅に山積みにされている。3、400は余裕であるんじゃないだろうか。壁際に縦長の木箱があり、中を覗くと対戦車砲が――RPG-7が入っていた。他にもいくつか似たような木箱が見える。どうかしてる。
「もう一部屋あるが、そちらにはスティンガーが置かれている。攻撃ヘリを蚊のように落とせるが今回は関係ない。」
関係あったら大問題だ。
「その、外を包囲してるとか言う奴らを始末するのか。」
僕が当然のことを尋ねると、白い女はやはり当然と言うように頷いた。
「あなたは私の傍から離れないで、背後だけに気を配っていたらいい。20人程度なら、30分以内に片が付く。」
「頭おかしいだろ。」
明らかに無理な話だったが、防弾チョッキの上からまた黒のレインコートを被りながら、合羽女は言い放った。
「大丈夫。私の歩いた背後には、死体の山以外何も無い。」