04話 フィーリッツ地方は過酷な場所です
「うわっ」
考え事をしながら歩いていた僕は飛んできた剣をとっさに避け、顔を上げた。
「悪い、フィル」
カインが苦笑しながら走って来る。余談だが、僕らのような飛べる種族がそれほど羽を使わないのは広いスペースが必要なのと突風が起きるからだ。さすがに羽だけでは飛べないから、魔法も使っているし。
「危ないなぁ。またグロウ?」
グロウというのは、グロウリアルスの愛称である。カインもそうだが、竜人はいちいち名前が長いらしい。そのため、呼びやすいように略すのだとか。
「ん、まぁ、あの通りだ」
折れた剣を拾いながら、カインは後方をあごで示す。
「あぁ~、うん。お気の毒さま」
どうやら騎士団の訓練中のようだ。グロウは気のいい青年(外見は)だが、訓練はかなり鬼だ。僕の師匠でもあるから身をもって知っている。相手は見覚えがないから新人なのだろう。グロウの気迫にのまれて涙目だ。
僕に武術の先生が二人いるのは一口に武道といっても様々である事と、マクレン伯父上が王都に住んでいる事が理由である。何せ元帥だから、そう長い間ウチには来れないのだ。
「あれ新人でしょ?わざわざ一対一で訓練するの?」
「何か上下関係を理解させるためだってさ。まぁ、ここらじゃあしっかりしてないとすぐ死ぬ事になるしな」
「あ~、だね」
フィーリッツ地方はリッツィア王国の最東端に位置するのだが、リッツィア王国の地形は少々特殊だ。浮遊大陸だから当たり前なのだが。
リッツィア王国は国土を山脈で囲まれている。山や森といった場所は魔物の巣であるため、王都はほぼ中央だ。王国を囲う山脈の中でも、ルルグ山脈と呼ばれる山は特別強い魔物が多かった。伝承ではドラゴンが住むらしいが、事実かどうかはわからない。
そのルルグ山脈に面しているのがフィーリッツ地方なのである。他国から攻められる心配がほとんどない我が国にとって最も脅威となるのが魔物。フィーリッツ地方は“鉄の翼”と呼ばれるほど崩れない、逆に言えば崩れてはならない防衛ラインだった。
そんなわけだから、ここでは弱肉強食。守るべき住民ならともかく弱い騎士などは簡単に切って捨てられる。そうでなければ、多くの町や村が犠牲になるからだ。せめて命令くらいはきちんと聞いてもらわなければ困る。
「たま~にいるからね。手柄を立てさせるために送られてくる貴族の息子が。あいつもそんな感じ?」
「いんや?あいつは確か、騎士にあこがれて~とか何とか言ってたっけな。家が貧しくて働きに来たヤツの方がよっぽど根性あると思わないか?」
まぁ、生活にゆとりがある人、特に違う地方から来た人にはここの大変さがあまり理解できないのだろう。
「あこがれ、ねぇ。おきれいな騎士様なら王都へ行くべきだと思うけど?」
「お前結構キツイ事言うよな」
そう言いながら、おかしそうに笑う。
「王都の騎士は簡単になれるもんじゃないしな。学校を出るか貴族の推薦がいるんだっけ?ここなら楽になれると思ったんだろ」
「楽になれたとしても、すぐ死ぬんじゃないかな」
ここで生き残れる人はそれほど多くない。覚悟がない人ほど早く命を落とす。
フィーリッツ地方に生まれて、実戦経験のない者はごくわずかだ。父上お抱えの騎士団がいるとはいえ、その騎士団が到着するまでの時間稼ぎぐらいは住民達がしなければならない。自衛団がある街もあるが、最低限自分の身を守る術を何よりも先に教わるのだ。
かくいう僕も、刺客以外――つまり魔物との戦闘経験はある。将来公爵位を継ぐ者として、領地を自らの目で見ておく事は大切だ。本来なら十一、二歳かららしいが、武術の授業の一環としてグロウリアルスやマクレン伯父上と何度か出掛けていた。
「ま、すぐにわかるだろうさ。ここでは魔物との戦いなんてよくある事だしな」
「しぶとく生き残ったら化けるかもね」
そういう人もたまにいる。
「特にシーナ達の戦いぶりを見たら男としては、なぁ?」
翼人は魔法の得意な種族だから男女差があまりないし、男が女を守るとか、女が働くな、という考えは少ないが、男として女に負けたくないという気持ちはあるものだ。黒竜騎士団の約四分の一は女性で、彼女達は女だからと言われないように頑張っている。それを見た男達も彼女達に負けないように努力し――という相乗効果である。
「フィーリッツ地方以外から来た新人ってそこらのおばさんより弱いからね。そうなったら万々歳だよ」
ちなみに、長命種である翼人に中年以上の外見をした人は少ない。おばさんというのは既婚女性に対する呼称で、奥さんと同義である。人間が奥さんをお姉さんと呼ぶのと同じように、翼人の既婚女性をおばさん、おばちゃんと呼ぶと喜ばれるのは寿命の違いだろうか。おじさん、おっちゃんも同様だ。
「そういや前に入団した貴族のお坊っちゃまだけどな、最近丸くなってきたみたいだぞ」
「ヴァンツの次男だっけ?」
ヴァンツは北のヨーデル地方を治める伯爵家だ。フィーリッツ地方ほどでなくても、そこそこ強い魔物が出る。
「そうそう。実力も少しずつだがついてきたしな」
「そっか」
フィーリッツ地方はその厳しさから、貴族達の間で子息を鍛える場として一種のステータスになっている。万が一死んでも責任は追わない、貴族扱いはしないという契約の元あずかっているのだが、どうなるかは本人次第である。ヴァンツ家の次男は平民を見下しているところがあると聞いていたが、どうにかなりそうだ。
「カイン!何をしている!」
訓練場から声が聞こえてきて、カインはゲッという顔をした。
「ごめんカイン。長く話しすぎたね」
「いや、オレが悪いからな。フィルはこれからどうするんだ?」
「んー、また庭で本でも読もうかなって思ってたんだけど、訓練に混じろうか」
丁度良いし。
「そうした方がいい。親父のやつ、最近フィルが顔を出さねぇって言ってたからな。あんまり間を開けるとひどい目に合うぞ」
「うわ……一応体は動かしてるんだけどね。これからはこまめに顔を出した方がいいかな」
「あぁ、そうしろ。相手が誰でも容赦ないからな、親父は」
僕の体が成長しきっていないのと、経験の差でグロウとカインには未だに勝てない。いや、竜人相手に勝てる方がおかしいんだけど、今日はボロボロになる事間違いないだろう。
「カイン!!」
「今行く!」
怒鳴り声に叫び返し、剣を持って歩き出したカインの後を遠い目になりながら付いていく僕であった。
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