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オンハーツ  作者: 陽光
【02】王都は同胞の名前です
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10話 白い青年

今回説明は結構はぶきました。

魔法についての説明はまたの機会に(笑)


 倒れていた白い青年は魔法をくらったわけではないようで、体も服も凍ってはいなかった。ほっとしたのもつかの間、白い青年が苦しそうにうめく。


 いやいや、大丈夫じゃない。魔法が当たっていてもいなくても、倒れていた事に違いはないのだ。うめくという事は呼吸はあるはず。そういう心配はいらないだろう。


「もしもし?大丈夫ですか?」


「だ、大丈夫……」


 小さくだが答えが返ってきた。起き上がろうとするので微力ながら支える。十歳児と十代後半くらいの青年では体格差がありすぎるため、どのくらい助けになっているのかはわからないが。


 近くにベンチがあった事を思い出し、僕はそこへ連れて行った。腰かけた白い青年は幾分良くなった顔色で微笑む。


「ありがとう」


 弱弱しいがしっかりした声だった。


「いえ、当然の事をしたまでです」


「それでもありがとう」


 まだつらいだろうに笑みを浮かべる白い青年に、僕はふと前世を思い出した。手のかかる僕を案じてくれた家族や幼馴染みは元気にしているだろうか。よく無理をして怒られていたような気がする。


「少し失礼します」


 声をかけ、僕は手のひらを白い青年に向けた。


【治療――キュア】


 つぶやくように唱えたとたん、白い青年を薄い光が包む。アーリアの加護である“生”の効果だ。本来呪文もエフェクトも必要ないのだが、魔法のように見せかけておいた方が何かと都合が良いのである。


 呆然と見開かれた灰色の瞳を見つめ、僕は口を開いた。


「楽になりましたか?」


「今の魔法……君は」


 我に返った白い青年は数回瞬き、僕を観察するように見る。それはさりげなく配慮されたものだったので不快には思わない。育ちの良さがうかがえた。


 僕は一歩下がってバサリと羽を広げる。左肩と右肩に触れて胸に手を添え、一礼。


「ブーゲンビリア公爵家嫡男、フィル・ブーゲンビリアと申します。ファメル殿下」






 ジオラス殿下とファメル殿下の情報はあまり出回っていない。警備上の理由や例の暴走が関係しているのだろうが、そこはまぁ、今の話にはそれほど重要ではない事だ。


 基本的に殿下方は正反対側に位置する塔から出てこない。誰も言わないだけで事実上の隔離状態なのは明白である。最低限の人以外の立ち入りも禁止されているため、庶民に限らず貴族でもお目にかかる機会はないに等しい。


 要するに、どういった容姿をしているのかもきちんと伝わっていないのだ。何歳頃に成人したらしい、という程度にしかわかっていない。ちなみにジオラス殿下は二十五歳、ファメル殿下は十八歳だったはず。


 けれども、ある程度は予想できる。陛下は黒髪に灰色の目で、アグニス殿下も同じく。アグニス殿下の正妃――つまり王太子妃は白髪に茶色の目、だったか。


 そして青年の容姿。白髪に灰色の目で、羽も灰色。謁見の間で見た陛下の羽は灰色だった。お祖父様に聞いた体が弱いという話と合わせて考えると。


 つまりは、そういう事である。




 殿下の要望で僕が借りている部屋に移動し、窓際のイスに腰を下ろす。


「アーリア様のご加護は素晴らしいものだね」


 ファメル殿下はほわほわと笑いながら言った。周りに花が飛んでいるように見えるのは目の錯覚だろうか。前世では笑ってしまいそうなおかっぱ頭が似合うのだから美形は恐ろしい。


「万能ではないので一時的に緩和させただけです。根本的に治ったわけではありませんよ」


 “生”の力は悪くなっている原因がわからないと正しく作用しない。そのため怪我ならともかく、病気を治療するのは難しいのである。母様の体を治せないのも同じ理由だ。


「十分だよ。フィルのおかげで楽になった」


「そうですか」


 それは良かった。


「ところで、ファメル殿下はなぜ庭にいらっしゃったのですか?」


 数時間もすれば僕と対面するはずだったのだ。もちろん塔の中で。


「どうにも退屈でね。体調も良かったから抜け出したんだけど……」


 苦笑。


 まさか倒れるとは思っていなかったのだろう。僕にも覚えがあった。ずっとベッドの中にいると気が滅入るのだ。筋肉も弱くなるし、良い事なんて一つもないように思えてくる。


 それにしても、塔の警備は厳重なはずだ。


「抜け出す事などできるのですか?」


「城には抜け道や隠し通路がたくさんあるんだよ」


 小さく首を傾けてウインク。美しい容姿も相まって見惚れそうな仕種だが、何というか読めない。天然なのか計算なのか……。


「それはそうと、フィルは私と友達になってくれるんだよね?」


「えぇ、学友となるようお祖父様に申し付けられておりますから。殿下さえよろしければ、ですが」


「こっちからお願いしたいぐらいだよ!」


 笑顔で手を握られ、僕は目を瞬いた。


「あ、ごめんね。びっくりしたよね。同年代の子って周りにいなかったから」


 手を離して恥ずかしそうにしながらも僕から視線をそらさず、緩んだ顔で言う。僕は十年単位の年の差を“同年代”でまとめられてしまう事にはまだ慣れなくて曖昧に笑った。


「友達になるんだから敬語とかなしにしてね。絶対だからね」


 念を押すように繰り返され、その喜びようにこっちが照れくさくなってきた。友達と学友は違うとか、そういった指摘をする気にもなれない。


「わ、わかりまし……わかった」


 期待に満ちた目から視線を外してしまったのは仕方のない事である。


「名前も敬称とかいらないからね。つけたら一回ぶつからね」


 本人は真剣なのだろうが必死に言うその姿に先ほどとは一転、笑いが込み上げてきた。噴き出してしまった僕は悪くない。きょとんとしたファメルはかわいらしく、僕よりよっぽど天使なんじゃないかと思う。


「あはは、ぶつって、ふふ」


「……そんなに笑わなくても」


 むすっとしてしまったファメルに、涙を拭いながら笑いをおさめる。強くて弱い人だな、と感じた事は胸にしまっておこう。


「よろしく、ファメル」



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