07話 三大公爵家大集合
結論から言おう。通路の先には仕掛けっぽいものがあった。が、どういう仕掛けなのかはわからなかった。色々考えているうちに時間がきてしまったので引き返し、夜会の準備をする。
あの隠し通路と照明は関係があるのだろうか。それとも別物なのだろうか。気になって仕方がないが、しばらく滞在するのだから時間はある。ゆっくり解いていこうと思う。
さて、現在の僕の服装だが、怖いぐらい真っ白な貴族服だった。何が怖いって、うっかり汚してしまわないかが。夜会のための服装なので謁見の時よりも貴族っぽい、豪華でヒラヒラしたものだ。この顔には似合っているが、僕個人としては苦手である。
翼人の服は基本的に背中が大きく開いている。竜人なら切り込み程度だが、翼人は控えめな性格の割に大胆な服が多かった。まぁ、紫外線等は魔法で反射してるし(初代の知恵だと思われる)、気温等も調節できるのでそういった心配はない。
ただ、王侯貴族に限らず一般庶民も結婚式や葬式で着るような正装はきちんと背中も覆われている。穴に羽を通すのではなく、むき出しになった背中に布をかけるような形だ。カインに見せてもらった竜人の羽とは違い、翼人の羽は柔らかくないからありがたい。この鳥のような羽を穴に通すというのは結構難しいし、敏感すぎて他人にやってもらうわけにもいかないからこういう服になったのだろう。
正装を着る機会というのはそう多いものではない(立場にもよるだろうが)。普通の夜会やパーティーなら正装である必要はなく、割と自由な服を選べるらしい。今回は公爵家の嫡男のお披露目、しかも王族が出席するという事で正装だった。
先に書いた通り、服は純白を基調に金や青のライン。僕の容姿も相まって、まるで聖職者のようである(聖職者はプライベートでもない限り必ずこの三色を身につける)。年齢の事もあってか、装飾品は控えめだ。あまりジャラジャラしていても疲れそうなので、そういった配慮なのかもしれない。普段は訓練で邪魔だからつけないし。
僕って案外図太いのかもしれない。
そう思ったのは入室前の事である。緊張という言葉を知らないかのように、僕の心臓は平静だった。少しはバクバクいっても良いと思うのだが……どうやら僕の中で一番緊張するのはアグニス殿下との対面だったらしい。まぁ神様にタメ口きくような僕だしね。
女の子ではないのでエスコートしてもらう必要はない。むしろ一人で堂々と歩かなければならない。好奇の目を鬱陶しいなぁ、と感じる程度には(変な意味で)この世界に馴染んできたのだろう。
本来なら身分の低い人から順に入り、陛下が最後だ。でも今回ばかりは主役である僕が最後だった。赤い絨毯を踏み、陛下の前で頭を下げる。
「お招きいただきありがとうございます」
そう、この夜会の主催は陛下だ。陛下が出席している時点でわかるとは思うが。
「いや、皆が会いたがっていたから私も興味を持ってな」
訳:貴族共にどんな対応をするのか見物しに来た。
完全におもしろがってるような。まぁいいけど。
陛下の乾杯で人々は散り、仲の良い者同士で集まったりあいさつ回りをしたりしている。僕はアグニス殿下にごあいさつしてからお祖父様と合流した。
「お久しぶりです、ログルス様」
最初に声をかけてきたのは女性と男性の二人組だ。夫婦、という風には見えない。
「あぁ、エリシア。ウルフレドも数百年ぶりだな」
「はい。ウルフレド・ディン・グランディルクだ。よろしく」
お祖父様に返事した後、男性が僕に向かって言った。
「エリシア・ディン・アンフレイムよ。丁度あなたと変わらない年齢の息子がいるから、いずれ会った時は仲良くしてくれるとうれしいわ」
「フィル・ブーゲンビリアです。お会いできて光栄に思います」
驚いた。グランディルク、アンフレイムといえばブーゲンビリアに並ぶ三大公爵家の一つだ。しかもお二人とも当主。普段は領地を治めているから、今日会うとは思わなかった。
ブーゲンビリアがルルグ山脈の魔物の対処なら、グランディルクは軍部、アンフレイムは内政を主に担っている家である。ただ、現在の当主以外に適齢の直系がいないためお祖父様やマクレン伯父上が宰相や元帥を代行している。……というのは建前で、別に直系である必要はないのだが適任の人物がいないらしい。直接聞いたわけではないがある程度の情報があれば推測できる。実際、マクレン伯父上は父上の従兄弟なので直系じゃないし。
グランディルク公爵家やアンフレイム公爵家はうちと同じように王家との関係が深く、また同じ公爵家同士で婚姻を行う事も珍しくない。たぶんこれは政策の一環だろうと思われる。力の強い家同士が対立すればどうなるか目に見えているし、逆に三大公爵家が結束しすぎても怖いのだ。そのくらい権力が強い。
翼人の性格上争い事は好まないが絶対と言う事はない。何事にも例外はつきもので、実際反乱がなかったわけではないのだ。そのために婚姻は関係を良くする手段の一つで、公爵家同士が対立する事も公爵家が王家に反抗する事も抑えるための策となる。
現在グランディルク公爵は一人身であるため、お二人の王女のうちどちらかとの婚約が近々発表されるだろう。もしアグニス殿下に王女ができれば、アンフレイム公爵の息子さんと婚約するに違いない。僕の場合はお祖母様が王女だったから候補から外されるだろうが……とにかく公爵家とその他の貴族では力の大きさが桁違いだった。
建国からずっと、というわけではないようだが、現在の公爵家同士や王家との関係は良好である。父上とお二人はあまり年が変わらず、同じ時期に学園へ通っていたという話だ。アグニス様とも二百歳程度しか離れていない。だから考え方にも大きな違いが見られないのだろう。例えば僕とお祖父様みたいに、生きて来た年数が違いすぎると話が合わない事も少なくなかった。
「私の事は名前で良いわよ。長い付き合いになるでしょうから」
「私もだ。家名で呼ぶのも長いだろう」
「わかりました。ではエリシア様、ウルフレド様、と」
僕はにっこり笑って返す。これは一種の儀式のようなものだ。ある程度話して最低限認められると、目上の人から名前呼びのお許しが出る。少なくとも第一関門は突破したと思っていい。ここで拒否すると仲良くしたくない、という意味になる。リッツィア王国の社交界の暗黙の了解だった。
軽くあいさつを交わして別れ、他の貴族達ともにこやかに話す。一人二人ならともかく、何十人もの人と笑顔で会話するのはかなりの重労働である。これが王家ならもっと大変なのだろうなぁ、と談笑しているアグニス殿下に改めて尊敬の念を送った。




