06話 退屈と好奇心には勝てません
謁見の間を後にすると、僕は客間の一室に案内された。お祖父様は宰相や元公爵という肩書きのため元々部屋を持っているのでここに泊まるのは僕だけだ。
転生してから、想像していたものと違う事が多々ある。その一つが使用人の少なさで、貴族の屋敷や城にはたくさんの侍女やら何やらがいるのだと思っていた。父上に聞いた事があるが、そもそも種族的に数が少なく子供ができにくいからだそうだ。さもありなん。
まぁ、つまりは慢性的な人手不足。リッツィア王国は基本的に翼人以外が住まない国なので尚更である(人間や竜人、ダークエルフがいるウチは色々と特殊だ)。
そんなわけで、漫画なんかであるように専属の侍女さんや騎士が付く、なんて事はない。そんなに欲しいなら許可取って家から連れて来い、といった感じである。王族の世話や警護、広い城の掃除などその他諸々のせいで国の賓客でもない限り人手を回す余裕などないのだろう。
要するに僕は暇だった。お祖父様は仕事だし、つい先日王都へ来たばかりの僕に知り合いなどいない。使用人がいたところで楽しく談笑できるわけでもないのだが(フレドやサーシャは例外だ)、広い部屋に一人きりも寂しいものである。
夜会は夜会と言うだけあって夜に開かれる。今は昼を過ぎて少し経った頃なので、まだまだ時間に余裕があった。準備にしたって女性ほどかからないし、四時間ほどはフリータイムとなる。
せめてここが城でなければ……。
僕はイスに腰掛けながら思う。お披露目前の子供がうろうろするのは好ましくないだろう。公爵家の者として貴族の顔と名前は把握しているしそつのない挨拶もできるが、紹介される前に会うのは歓迎すべき事とは言い難い。
もしここがお祖父様の屋敷なら城下へいくなり読書するなりできる。しかしながら、城なので勝手に出入りするわけにはいかないし本もない。こんな事なら持参すれば良かったが、こうなる事など誰が予想できただろうか。
暇をもて余した僕は、とりあえず室内を見て回る事にした。自室より少し小さいくらいだが、置かれている小物や家具はかなり高価だとわかる。まぁ、客間は謁見の間に次ぐ権力を見せつける場なので自然とそうなるのだろう。
この部屋は青を基調としているらしい。絨毯やカーテンは青で、金の刺繍が入っている。壁紙もうっすらと青みがかっているようだ。全体的に緑や紫といった青に近い色が多用され、落ち着いた雰囲気である。
足元の深い青を眺めつつ僕の目みたいな色だな、と思ってハッとした。もしかして、目の色に合わせたのだろうか。
僕は深海のような、と形容されるにふさわしいラピスラズリの目を気に入っている。別にナルシストのつもりはなく、その色が好きなのだ。お祖父様も知っている事なので陛下がご存知でも不思議ではない。
よく見れば、飾ってある絵は海をモチーフにしてある(ように見える)。抽象的に表現されているためわかりにくいが、きっとそうだ。花を生ける花瓶も同じ。
空に浮いているこの大陸には海がない。だから現世で海を見た事はないが、きっと美しいのだろう。オンハーツは景色も空気も前世とは比べ物にならないくらい綺麗だ。夜なんてプラネタリウム並に星が見える。
写真のように実写的ではない。だが、絵からは海がいかに綺麗か、作者がいかに海が好きなのかが伝わってくる。
思わず手を伸ばし、絵を外した。持ち上げたり下げたりして色んな角度から見る。絵というものは稀に作者の思わぬ悪戯心が隠れていたりするので、探してみるのもまた楽しいものだ。
「……あ」
あった。
絵ではない。何気なく見た壁の方だ。斜め下から見た時だけうっすらと矢印が浮かび上がる。
僕は絵をテーブルに置き、矢印の方に目を向けた。そこにあるのは魔道具の明かりである。翼人は光属性の魔法を最も得意とするのでない家が大半らしいが、翼人以外が泊まる場合のために付けてあるのだろう。
照明は球体が三つ(三角形になるように)並んだ形で、シャンデリアのように豪華ではない。ああいうものをこの部屋に置くと浮いてしまうだろうから、やはり部屋をデザインした人はセンスが良いと思った。
しかし天井か……。届かない。
元々日本の家に比べると遥かに天井が高いのだ。何かに乗ったとしても子供の僕に届くはずがない。
飛ぶ?……いや、そんな事をして周りのものを壊したらマズイだろう。
そもそも、あんな高いところ台もなしに届くはずがない。大柄な竜人の大人でも無理だ。なら、他の方法があるはず。触って調べたいところではあるが、触る必要がないという事だろうか。
しばらくうんうん唸って悩んだり色んな場所から見上げたりしてみたが、何が隠されているのかは全くわからなかった。仕方がないので思考を放棄する。
気分転換にテラスに出ると清々しいほど晴れ渡った空が目に入る。まぁ、今は雲より上に大陸があるので当然なのだが。
この客間は高くもなく低くもないという微妙なランクのものだ。成人していないため明確な爵位はなく、かといって次期公爵という立場なので扱いも微妙なところなのだろう。だから、ここからの景色も格別良いというわけではない。けれども城の庭だけあって丁寧に手入れされた庭は綺麗だと思った。
影がさし、頭上を黒い点が通り過ぎる。形からして竜種だろう。こんなに高い場所を普通の鳥が飛ぶ事などできない。大抵魔物である。
既に一時間半ほどは過ぎていたが、やはり暇だ。僕は手すりに腕をのせ、もたれかかるように体重をかけた。
ガコン。
音がして手すりが下がる。
「……は?へ?」
突然の事に混乱した僕は手すりを叩いたりなでたりして、我に返ってから赤面した。なんかすごく恥ずかしすぎる。外に誰もいなくて良かった。
それから辺りを見回し、人一人がギリギリ通れるくらいの通路ができた壁を発見する。城と言えば隠し通路。暇つぶしにはもってこいだ。
僕は喜々として足を踏み入れた。
07/29 誤字修正




