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オンハーツ  作者: 陽光
【02】王都は同胞の名前です
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05話 兄と父親と王太子


「面を上げよ」


 いかにもな威厳のある低い声を聞いて、僕は立ち上がった。貴族ではあるが臣下ではないので女性や子供、領主などはこうする。現に、宰相であるお祖父様は膝をついたままだ。


 艶のある黒髪に灰色の目。華奢な人が多い翼人にしては良い体格をしていて、うらやましいほどに男らしい方だ。立派な羽は広げたらどのくらいになるのだろう。目と同じ、きれいなグレーだった。


「お初に御目にかかります。フィル・ブーゲンビリアにございます」


 立ったまま改めて礼をする。羽を広げ、右手で左肩、右肩の順に触れて胸に添え、四十五度。その間左手は体側である。これが貴族の正式な礼だった。


 なお、フィリアスではなくフィルと名乗ったのは公的な場ではあるが正式な場ではないからだ。正式な場とは任命式や結婚式などを言う。


「かねてより話は聞いていた。フィル・ブーゲンビリア」


「はい」


「其方は将来ブーゲンビリアを継ぐだろう。我が国にとって要とも言える地。心して勉学、武道に取り組むように」


「は」


 僕が短く返し、簡単な礼をすると陛下は右手を振った。同時に魔力に包まれる。


「さて、堅苦しい話はここまでにしよう。楽にしていいぞ」


 僕は目を瞬いたが、陛下が結界を張ったのだと気づいた。これは防音だろう。


「やれやれ。早かったのはこの時間をとるためか」


 ある程度予想はしていたのか、言葉ほど呆れた様子もなくお祖父様が言った。口調から私的な場として態度を崩しているのがわかる。だから、僕も少しだけ肩の力を抜いた。


「何せ我が宰相様自慢の孫息子だからな。一目見たいと思っている貴族は多いだろうよ」


 そう言う陛下は先程までとは打って変わって親しみやすい雰囲気をしている。あれが王としての顔であるなら、今のこれはどうだろう。少なくとも素ではないと言える。防音しただけの場所で、会ったばかりの僕に素を見せたりしないだろうから。


「そうそう、フィル。夜会は今夜行うとして、その前に息子が会いたいらしいのだが」


「私はかまいませんが……」


 曖昧に笑って返しつつ、僕はプチパニックになっていた。


 まず夜会とか聞いていない。服とか大丈夫なのだろうか。今日だって侍女が服がないと嘆いていたのに。


 それに息子って第一王子の事だよね。名前はアグニス様。ジオラス殿下の兄上であり、ファメル殿下の父上だ。兄弟間の年齢差は千歳以上であるため、次期国王はアグニス殿下で決定している。つまりは、王太子殿下であらせられる。


 陛下についてはお祖父様からよく聞いていたからだろうか。そこまで緊張しないのだが、アグニス殿下となるとドキドキする。奥の戸が開くのを見ながら、僕は必死に心臓を宥めた。




 成人した翼人男子の平均身長は大体160前後だ。小柄でないと飛べない事もあり、ドワーフほどではないものの小さく、エルフほどではないものの細い。


 アグニス殿下は平均より少し高いようで、目測ではあるが165cmくらいに見える。灰色の目は父親譲りだろう。髪は青みがかった、濡れ羽色と言われる烏の羽のような艶のある色をしていた。


 この方が次代の王。


 陛下はそれなりの御年で、近いうちに王位を譲られるだろう。現在王子はアグニス殿下、ジオラス殿下、ファメル殿下のお三方しかおられず、ジオラス殿下とファメル殿下は成人しているもののまだまだ大人とは言い難い。隔離状態なので尚更。だから、アグニス殿下が継承する事は決定している。



「初めまして、と言うべきか。噂はかねがね聞いている」


「どのような噂かは存じ上げませんが、王太子殿下のお耳に入るなど光栄にございます」


「名前でいい。人目もない事だし、楽にしてくれ」


 まぁ、あまり堅苦しくされるのも嬉しくないのだろう。王族生活も長いから慣れてはいるだろうが。


「そうだぞ、フィル。友人の親になるんだからな」


「ルンダート、お前は気さくすぎだ」


 隣から聞こえるBGMはスルーする事にして、アグニス殿下に笑いかける。


「ではそうさせていただきます、アグニス殿下」


 さすがにタメ口は無理だが、そのくらいは譲歩していただこう。何せ千年どころではない年の差があるのだ。二十にも満たなかった前世を思うと気が遠くなる。


「あぁ、その方が良い。それで、話したいのはジオラスとファメルの事だ。もちろん君に会ってみたかったのもあるが」


 軽くウインクされたが、反応に困る。美形がウインクすると似合うので余計だ。それを感じとったのか、アグニス殿下は返事を待たずに続けた。


「二人とは明後日にでも会うといい。明日は疲れているだろうしな。君のお祖父様は仕事だから、ぜひ泊まって行きなさい」


「それはいいな。今日の服も用意してあるから、しばらく城にいるといいさ」


 陛下が横から口を出し、満足げに頷く。


「城に?……まぁ頻繁に出入りするよりはマシか」


 お祖父様は眉を寄せたが、言葉からして賛成なのだろう。となると、僕に断る余地などない。


「わかりました」


「部屋へは後で案内させる。それからフィルに言っておきたいのだが……」


 アグニス殿下は真剣な顔つきで僕を見た。


「あの子達は最近、少し荒れているんだ。暴走してものを壊す回数も増えている。もし危険だと思ったらいつでも言ってくれ。無理はさせたくない」


 その目からは弟と息子だけでなく僕への心配もうかがえて、僕は笑った。


「大丈夫ですよ、任せてください。うちの屋敷がほぼ全壊したのに比べたらかわいい暴走じゃないですか」


 おまけにすぐ直ったりしたものだから、情報操作が大変だったらしい。一般には半壊して直るまで大変だった、と伝わっているはすだ。さすがに陛下やアグニス殿下には報告されているだろうが。


 それを冗談混じりに言うと、アグニス殿下は表情を緩めて頷いた。


「そうだな。君より適任はいないかもしれない」




 この時の僕は知らなかったが、王太子であるアグニス殿下や国王陛下は危険だからという理由でジオラス殿下とファメル殿下の側へ行けなかったらしい。万が一があってはならないという事だろうが、お二人はどういうお気持ちだったのだろうか。



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