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オンハーツ  作者: 陽光
【01】フィルと呼んでください
17/30

緑芽3 うちの子は天才(3)

番外編その5。

今回はフィル視点です。

魔力暴走時や人を殺した気持ちをのせたかったので。


「うちの子は天才」はこれで完結です。

次回は本編になるか番外編になるか未定。

番外編ならカインとの出会い話になるかと思います。


またお気に入りが増えました。

今後とも「オンハーツ」をよろしくお願いします。


 あの時、“僕”としての意識ではなく子供としての本能が表に出ていて良かったと思う。“子供としての本能”は僕の意識を元にしてできているから、母上を守らなくては、という気持ちだけで動いた。けれども、“僕”だったら恐怖で固まってしまっただろう。


 “僕”の意識は魔力が暴走している最中に戻った。あふれ出す魔力を無理矢理抑え込み、辺りを見た。崩れた屋敷、鎌鼬やハンマーのような跡が残る庭、何より崩れてきた建物で負傷した使用人や騎士達が痛々しい。


 魔力の暴走、というものがどれほど恐ろしいものなのか。元の世界に魔法がなかったのもあって、僕はそれを理解していなかった。今回は無意識に刺客以外の生き物を傷つけないようにしていたようだけど、次がどうなるかはわからない。瓦礫に埋もれて死んでしまう人も出てくるかもしれない。


 それに、公爵家に生まれる意味。日本に貧富の差はあれど、身分はなかった。公爵家に生まれる事で命を狙われる。考えなかったわけではないが、どこか現実味のない話としてとらえていた。実際に狙われたのは母上だったが、僕だって十分にあり得る話だ。うちの騎士は優秀だから、気付かないうちに排除されていたのかもしれない。


 そしてもう一つ、命を奪うという事。何も刺客だけではない。聞いた話では、ここは魔物の多い地域だという話だ。それなら、領主として命を奪わずに過ごすなんて事はできないだろう。できないし、したいとも思わない。


 転生していながらも、まだ前世で生きているような気持ちだったのだろうか。オンハーツは安全な世界ではない。戦争はもちろんだが、魔物がいる。種族間の問題も深い。何より、たとえ武器を持ち歩いていなかったとしても魔法や魔術という簡単に命を奪える力がある。



 覚悟を決めなければならない。この世界で生きてゆくという覚悟を――……






   ◆◇◆






 目覚めたら見慣れた部屋だった。翼人のものは大きいからわかりやすい。天井は高いし、ドアも大きい。ソファも、ベッドもそうだ。


 翼人の羽は不思議で、羽を下に寝転んでも痛いとは思わない。ところが他人に触られるとぞわっとしたり、何となく敏感になるようだ。自分で爪を立てても痛くはないが、他人にやられたら痛いのかもしれない。


 そんな事をぼんやりと考えていると、ノックの音がした。


「フィル、起きているか?」


「はい」


 返事を返すと、お祖父様と父上が入ってきた。僕は上半身を起こす。


「そのままでかまわんぞ。倒れたばかりだろう」


「いえ、むしろたおれるまえよりもちょうしがいいみたいです」


 強がりなどではなく事実だ。前は熱が出ていなくても体力を奪われるような感じだったが、今は何ともない。あれが普通だったせいか軽く感じる。そう伝えると、二人は考えるようなそぶりを見せた。


「どうかしましたか?」


「いや……フィル、変わった事はそれだけか?」


「かわったこと……?」


 僕は首をひねって考えた。


「そういえば、なにかがながれるようなかんじがします。これがまりょくでしょうか」


 暴走した時は雨で増水した大河のようだったが、今は落ち着いている。水の量は戻ったようだ。


「魔力が感じられなかったのか?」


 お祖父様が驚いたような声を上げたので、僕は目を瞬いた。


「おかしいのですか?」


「おかしいも何も、普通は生まれつき感じられるものだ」


「体調不良はそれが原因だったのでしょうか」


 父上が口を開いた。敬語なので、お祖父様に言ったのだろう。


「おそらくな。魔力を制御できていなかったに違いない。サーシャの話では量が多いという事だったし、感じられないのであれば無理もないだろう」


「魔力の流れが乱れているというのはそれですか」


 要するに、僕の中で魔力が暴走しているような状態だったらしい。とっさに魔法を使おうとしたから爆発してしまった、と。


 そう解釈した僕は、二人に目を向ける。


「じゃあ、まりょくをあやつるれんしゅう、したほうがいいですよね。ぼうそうするの、こわいです」


 また暴走なんて事になったら困る。魔力の量は全く減っていないように感じるのだ。というよりも、一気に減ってまた増えたような感じ。もしかすると、魔力が回復するスピードが常人ではあり得ないくらいに早いのかもしれない。女神様は「無限」なんて言っていたし。


「そうだな」


「それがいいだろう」


 父上が頷くと、お祖父様も同意した。それから急に真剣な顔つきになったので、思わず居住まいを正す。


「ところでフィル、お前屋敷を直した時の事は覚えているか?」


「なおしたとき、ですか?なんとなくはおぼえています」


 魔力が暴走した時は風船が割れて、中のものが一気に流れ出たような感じだった。直した時は魔力が僕の周りに集まってリング状になり、広がっていくような感覚。


 僕は感じた事を話し、あの時の事を思い出した。前者は多くの魔力を無駄にしたが、後者は必要な分しか使っていない。制御できていない場合とできている場合の違いだろう。


「そうか。その力だが、恐らくはアーリア神のものだろう」


「アーリア神?」


「お前に名をくださった神だ。生と死を司る」


 僕は初めて女神の名前を知った。というか、生と死だなんて嫌な予感しかしない。


「お前が使ったのは“生”の力。再生と治癒だろう。わずかではあるが、記録が残っている」


「さいせいと、ちゆ……」


 僕の顔はひきつっているのではないだろうか。魔法は魔術に比べて幅が広く万能だとも言われているが、さすがに壊れたものを直したり怪我を治したりする力はない。


 最近こっそり本で読んだ話だが、神の守護というのは個人に作用するものが多いらしい。力が強くなったり、賢くなったり。精霊の守護は魔法や魔術の威力が増したり、精霊との契約が有利になったりする。ところが僕のものは違うようだ。むしろ自分以外のものに作用する力だろう。


「ますます狙われるようになるな……」


 小さくつぶやいた言葉を、僕は耳ざとく聞き取った。転生してから五感が鋭くなったようである。


 狙われる、というのが“命を”なのか“力を”なのかはわからないが、今までも狙われていた事はわかった。そして、これからそういった輩が増えるだろうという事も。


「ちちうえ」


 僕はベッドの横にいる父上に向き合い、真っ直ぐ見つめた。



「ぼくはつよくなりたいです。ちしきを、ちからをください」






 その日から、僕は今までよりもたくさんの本を読んだ。ベッドにいる理由もなくなったので体力をつけるために外で遊ぶようにもなった。


 三年後本格的に勉強を始め、更にその一年後には武術、暗殺術を学ぶ。


 ブーゲンビリア公爵家の嫡男は天才だ、という噂が流れるのもそう遠くない未来の話である。



魔法や魔術、守護等の詳しい話は本編で。


フィルは幼い話し方を意識していますが、話している内容にまでは頭が回っていません。

とても三歳児とは思えない思考回路をしています。

その事に気付いているのかいないのか、三歳児相手とは思えない会話をする保護者達(笑)。

きっと気付いているでしょう。

「天才」の一言で片づけてしまう辺り大物です。



12/12 誤字修正

12/27 誤字修正

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