緑芽2 うちの子は天才(2)
番外編その4。
引き続きログルス視点です。
次回辺りフィル視点で終わるかと。
久しぶりに見たらお気に入り件数が200になっていて驚きました。
気まぐれ更新宣言をしているにもかかわらずこんなに増えるとは……!
皆さんありがとうございます。
「こうですか?」
「そうそう。上手ですねぇ、フィル」
マリー様が穏やかに微笑んだ。フィルはうれしそうに笑い、作ったばかりの花冠をマリー様の頭に乗せる。その様子を、私は少し離れた木陰でながめていた。
近親婚を繰り返したせいか、マリー様は体が弱い。これはマリー様の家系に限った事ではなく、ほとんどの王家で問題になっている事だ。我が公爵家も王家に近しいために、病弱な子どもが生まれやすくなってきていた。
うちの家系に降嫁する王女や王子が多いのは単に信頼が厚いからだけではない。魔物の強いフィーリッツ地方を治めるこの地の騎士団は少数精鋭ではあるものの、ともすれば王都のそれよりも強いのだ。それどころか王都の騎士見習い相手で一対一ならば、普通に生活する人々でも勝るかもしれない。
幸いだったのは翼人の気性が基本的に穏やかで、代々の王が愚かでなかった事だ。万が一を考えると野放しにはできないが、領地を変えるわけにもいかない。なぜなら、フィーリッツ地方を治められるのはうちの家系だけだからだ。
精霊の守護というものは十人に一人どころか百人に一人ほど、いや、もっと少ない人数しかもらえない。更に少ないのが神の守護であるが、どういうわけか我が家には神の守護が多かった。神でなくとも精霊の守護は必ずつく。同時に、変わり者も多いのだが。
おまけに長い間フィーリッツ地方を治めている家だ。気候や魔物に関する知識は他と比べ物にならない。今更変えて守りきれなかったら洒落にならない、というわけだろう。
フィルには確実に神の守護がついている。それもアーリア神の、ともすると守護以上の――庇護や加護が。
アーリア神は生と死を司る神で、国によっては最高神とされている。実際のところは知らないが、事実上最高位の神というわけだ。
そのアーリア神からお告げがあった時――つまりフィルが生まれた時――国どころか世界中に伝令が走った。今では遠い国の平民ですらフィルの名前を知っていたりする。
閑話休題。
「ごほっ、ごほっ」
「ははうえ、だいじょうぶですか」
二人の会話に、私は我に返った。
「大丈夫ですよ」
落ち着いたマリー様が言うが、フィルは心配そうな顔をしている。自分だって体が強いわけではないのに親想いの良い孫だ。
「マリー様、そろそろ中へ戻りましょうか。アガットも帰って来る頃合いですし」
私が言うと、マリー様は頷いた。
「そうですね。フィル」
「はい」
フィルはマリー様の手を取って立ち上がった。この年にしては大人びているというか、聞き分けの良い子どもである。
外見といい性格といい、フィルはマリー様そっくりだ。成長すればまた変わるのだろうが、二人が親子である事は一目でわかる。反対にアガットはさっぱりだが――かなりの愛妻家なので本人にしてみれば不満など見当たらないだろう。
そんな事を考えていると、頭の中で警告音が鳴り、全身が総毛立った。
「フィル!マリー様!」
ハッとして動くが、遅い。
「ははうえ!」
気丈にも、フィルがマリー様の前に立つ。
使用人の格好をした男が手にしたナイフを投げる――……
◆◇◆
少しの間気を失っていたらしい。私は体を起こして、辺りの惨状に絶句した。
屋敷はほぼ全壊。地面もかなりえぐれている。不思議な事に私やマリー様は何ともないが、使用人や騎士たちがどうなったのかはわからなかった。
「マリー!父上!」
丁度帰宅したらしいアガットが走ってくる。爆風で気絶したらしいマリー様を抱き起こし、近寄って来た。
「父上、これは……」
ちらりと視線を投げる。
濃厚な魔力。感知の苦手な私でもハッキリわかる桁違いな魔力だ。そこに在るだけで畏怖を、恐怖を抱くほどの――。
「魔力が、暴走しておられます」
アガットと一緒に来たサーシャが青ざめながら言った。
「このままでは不味いな」
膝をつきたくなるような威圧感。それを無視して考える。
屋敷が全壊どころか、町一つ消してしまうかもしれない。それに、魔力の暴走は持ち主自身も傷つける。
私はフィルを見た。光に包まれていて姿は見えないが、そこにいるのはわかる。強い風が渦巻き、近寄る事はできそうにない。
「フィル、魔力を抑えろ」
アガットがハッキリと通る声で言った。
「お前はマリーの子だ。できるだろう?」
自分の子だと言わない辺りがアガットらしい。
「ちちうえ……?」
かすかな声が聞こえ、光が小さくなってゆく。同時に風もやみ、フィルは呆然と立っていた。
私は二人の様子を横目で見ながら忙しそうに動き回る騎士の一人を呼び止めた。
「おい、被害状況は?」
「はっ、建物はほぼ全壊ですが奇跡的に死者はおりません。酷い者でも命に別状はないかと」
「そうか」
無意識にコントロールしていたのだろうか。刺客はフィルのすぐ側に倒れていたが、既に事切れていたため処分させた。いつまでも放置してフィルに見られるのも良くない。
「怪我はないか」
「ありません。しかし……」
辺りを見て顔を歪ませるフィルが見えた。屋敷も庭も荒れ地のようだ。まだ幼い子供だというのに、フィルは責任を感じているらしい。
「もうしわけありませんでした」
「済んだ事だ。お前はマリーを守ったんだろう?一つの命と屋敷なら比べるまでもない」
「……はい」
フィルは頷いたが何かを考える素振りをしている。
「負傷者は動かせそうなら一ヶ所に集めろ。片付けは後でいい。埋まっている奴らを助ける方が先だ」
指示を出しながら、自分の目でも被害を確認する。マリー様は優秀な侍女達に連れられて移動していた。
不意に暖かい風が吹く。違和感を感じ、魔力が込められている事に気がつくと同時、まるで時間が巻き戻されるかのように屋敷が、庭が修復されていった。
「傷が……!」
「おい、目を覚ましたぞ!」
「どうなってるんだ?」
困惑の声が上がる。
「今のは……」
「フィルの力です」
気を失ったフィルを抱えたアガットは、複雑そうな声で言った。
「魔力を使いすぎたのでしょう」
腕の中の息子をちらりと見やり短く話す。私は頷くと改めて辺りを見回した。
壊滅状態であった屋敷は見る影もない。えぐれた地面も倒れた木も元に戻り、負傷者の傷まで治してしまったようだ。
「“生”の力か」
「おそらくは」
アーリア神の守護――あるいはそれ以上のもの――を持つフィルならばこの現象も納得できる。しかし、あまりに強い力は厄介事をも引き寄せるものだ。おまけに魔力の多さや暴走した魔力を押さえ込む気力。
生まれつき与えられたものだけではない。精神なども含めて、こんな子供の事をこう言うのだろう。
麒麟児――すなわち天才、と。
「……面倒な」
ポツリと呟いた言葉は、隣にいたアガットにすら届かずに流されていった。
08/17 一部訂正
12/17 誤字修正
12/27 誤字修正




