07話 別れ
「……って事で、王都に行く事になったんだ」
僕は庭の大きな木の枝に腰かけて言った。
「へぇ、王都に?いつ?」
「二日後かな。お祖父様も忙しい方だから、あまり休みをとれないらしくて」
ここから王都へ行くのに片道十五日はかかる。順調にいった場合の話なので、魔物が出たり雨の日が重なったりすればもっと遅くなるだろう。王都から僕らの屋敷があるオルディラまで来ようと思ったら、最低でも一ヶ月の休みが必要だ。だから、お祖父様もマクレン伯父上もなかなか来れないのである。
ただし、これは竜車を使った場合の話だ。単騎ならもう少し早くなるし(危険も多くなるが)、飛べばもっと早い。宰相や元帥が長期間王都を離れるのはまずいので、二人とも大抵飛んで来る。
「そうか。なら、二日後が別れになるかもな」
カインは僕が登っている木の幹にもたれ、遠くを見るようにして言った。
「近いうちに行くの?」
「あぁ。黄の月が終わる頃には出るかな」
「そっか。それならしばらく会えないね」
カインは世界中を旅して回る事が決まっている。グロウ曰く、見聞を広めるためだそうだ。世界には強い人がたくさんいるし、いろんな人や魔物と戦って経験を積む修行の一つである。それだけでなく、自分の目で様々な国を見るのも勉強だ。
僕はこれから王都に行くし、しばらくは帰って来ないだろう。もしかすると、向こうで数年過ごすかもしれない。それに、そう遠くないうちに学校へ通う事になっている。王都の学校は生徒達がいろんなところから集まってくるし、基本的に全寮制だ。長期休暇にしか帰って来れない。
「次に会うのはいつになるのかなー……」
「さぁな。でも、できるだけ帰って来る」
「いいの?」
一々帰って来るよりは、ずっと旅している方が有意義ではないだろうか。この国は高い位置にある時期だと竜人や翼人でも入国しにくい。色々と面倒だろうに。
「かまわない。フィルの顔も見たいしな。長期休暇の時期に来れそうなら来る」
「わかった。期待しないで待ってるよ」
「何だそれ」
「僕はカインが元気ならそれでいいからね。浮遊大陸に来るには命がけだって聞くじゃないか。危ない時期に無理して来られるよりは会えない方がまだいい」
要するに、無理はするなという事だ。葉季(夏)はともかく、芽季(冬)の休暇の辺りはかなり高い位置に大陸があり、非常に危険である。
何が危険って、大陸に住んでいる人のように少しずつ高く登るならともかく、地上から一気に飛ぶと体への負担が大きいのだ。人間なら間違いなく死ぬ。それに、その時期は魔物が多い。一部の魔物は熊のように冬眠するが、逆に活発になる種類もいるのである。
「フィル……なんかくさいぞ」
「うるさいなぁ。本心なんだから気持ちぐらい受け取ってよ」
「そうだな」
僕が口を尖らせて言うと言い方や雰囲気でわかったのか、カインはくつくつと笑った。
◆◇◆
翼人の羽が長時間の飛行にも耐えられるようになるのは、体の成長が止まるのと同じ頃だと言われている。個人差もあるが、体の成長が止まるのは外見年齢が十代中頃から三十代くらいまでが一般的だ。二千八百歳くらいになると衰え始め、老いるらしい。
らしい、というのは僕がそういう人を見た事がないからだ。翼人は長くて三千年くらい生きるが、あくまで長寿な人の話なので老い始める前に亡くなる人の方が圧倒的に多い。確かお祖父様は二千六百五十四歳だったはず。
閑話休題。
僕がしたいのはその話ではなく、僕の羽の事である。体の成長が止まっていない僕は、長時間の飛行ができない。そのため、竜車で行く事になった。
翼人の羽は小説のようにしまう事ができない。竜人はできるのだが、僕らはできない。精々たたむくらいである。そのせいで羽をぶつける事も多々あり、翼人のものはサイズが大きかったりする。ドアや廊下の幅しかり、ソファやイスしかり。
馬車も例外ではない。飛べるとはいえ疲れないわけではないため、翼人だって普通に馬車を使う。が、ずっと羽をたたんでおくのは肩がこる。――馬車を大きくすればいいんじゃ?――というわけだ。
しかしながら、普通の馬に大きくて重くなった馬車を引けるはずもない。そもそも浮遊大陸で生きられる馬は滅多にいない。
そこで目をつけたのが魔物だ。馬より力があり、浮遊大陸でも生きていける。
車を引くのに適した魔物は数種類いた。中でも尤も御しやすいコルトドラゴンはあっという間に広まる。
かくして、竜車が誕生した。
上流階級に限ってではあるものの、今では地上でも見られるようになった浮遊大陸発祥のものである。
「せっかくなので楽しんで来てください。お土産話、期待していますよ」
「はい、母上」
調子が良かったらしく、見送りに来てくれた母上に微笑む。息子の僕から見てもかわいらしい人だ。
「僕、ジオラス殿下とファメル殿下にお会いするの、楽しみなんです。年の近い人はカインしかいなかったので……」
「そうですね。言われてみれば。どなたかお招きすればよろしかったでしょうか」
今気付いたようで、目をパチパチさせながら言う。
「いえ、もう少しで学校ですし、楽しみは取っておきます」
いつ帰って来るかも未定なのだ。お祖父様に聞いていないだけで決まっているのかもしれないが、僕としては暴走が落ち着くまで殿下達の側にいられたら、と思っている。つらさ、寂しさは誰よりもわかっているつもりだし。
「フィル、忘れ物はないな」
使用人達が積み込む荷物を見ていたお祖父様が、振り返って僕に確認した。
「はい、ありません」
僕が忘れていたとしても、優秀な使用人達の事だ。黙って入れてくれているに違いない。
「そうか。では出発する」
頷いて竜車に乗り込む。父上は仕事で不在だった。
さすが公爵家の竜車と言うべきか、イスが前世の車並みに座りやすい。広さも十分あり、お祖父様と二人で乗るならのびのびとできる。
本来、貴族は世話をする使用人と共に乗るのだろうが、ウチではできる事は自分でやるのが当然だ。その上僕もお祖父様もそれなりに腕が立つので、護衛の必要もない。賊に狙われないよう、外は守らせているが。
僕は母上にあいさつをしてドアを閉め、羽を広げてくつろいだ。
07/27 誤字修正
訂正:それに十三歳からは五年間学校に→それに、そう遠くないうちに学校へ
12/17 誤字修正
01/03 誤字修正
04/08 誤字修正
12/26 誤字修正
03/26 夏→葉季(夏)、冬→芽季(冬)に訂正




