後編
そのに、
直人は、数日後、分家増田家に行きました。一つの計略を練ったためでした。悠三も賛成してくれて、ほかの人たちにはわからないように実行することにしました。
戸を強く叩くと、骨の上に布を貼り付けたようにしか見えないほど、やせた美菜子が出てきました。
「やあ美菜子。」と、直人が言いました。「ちょっといらっしゃいよ!」そういって美菜子の棒みたいな腕を引っ張り、例の水田へ連れて行きました。
「見て御覧なさい!草ぼうぼうでしょ!今から草刈をするんだけど、人が足りないから、あんたに手伝ってほしいの。ただ、穂がたらんと下がってる草は絶対取らないでもらえる?後は全部刈って。」と、美菜子に草刈鎌を渡して、自分はせっせと草刈をはじめました。美菜子はしぶしぶ直人の後に付いて行きました。直人は美菜子の手付きを見ながら、きちんとした鎌の動かし方を教えました。美菜子はぎこちなくも、すぐ枯れるようになりました。
この水田は大変広いので、二時間だけでは、全部の草を刈ることなどできませんでした。それほど草ぼうぼうだったのです。穂がたれている草は残しました。
「あーあ、暑い日差しの下で働くと腹が減る!」と、直人は言いました。 するとそこへ悠三がやってきて、「おーい御苦労さん、アイス買ってきたけん、食ってくれ。」と、威勢良く言いながらやってきました。そしてクーラーボックスをあけて、蜜柑アイスキャンデーを二本出しました。直人はすぐかぶりつきました。美奈子は、ちょっと躊躇いましたが、それでも何とか食べることができました。 その次の日も、直人は美菜子を草刈に誘いました。草刈が一応終わると、悠三が食べるものを持ってきました。それもアイスキャンデーから、お結びに変わりました。お結びをみて、美菜子は戸惑った顔をしました。彼女はお結びに手をつけませんでした。そして草刈を続けました。しかし、30度以上の夏の暑さ、美菜子は疲れて動けなくなってしまいました。 すると、目の前に大きなお結びがだされて、「ほら食べろや。このままだと動けなくなって家にも帰れなくなっちまうねん。くいものってのは、もともとそのためにあるねん。なくなった力を補給するためにな。何にも悪いことじゃなか。」と、悠三が言いました。美菜子は思い切ってお結びにかぶりつきました。そして立ちあがろうとしました、、、と、どうでしょう、 よろよろ、ではなく、さっと立ちあがることができました。「さて、続きやろな。」と、悠三たちは別に喜びもせず、再び草刈に取りかかりました。美菜子も取りかかりました。 ちょうどそこへ、みっつが通りかかりました。「何してるの君達。」と、みっつは水田に入ってきました。「美菜子ちゃんもいるね。」 「おう、大藪のおばあちゃんが不在の間、稲の世話をしておかないと、米が駄目になっちまうやろ。だから草刈や。」と、悠三が言いました。 「驚いたなあ、ほんとにやってるよ。真矢君に知らせてくる。」と、みっつは本家へすっ飛んでいって、真矢と一緒に戻ってきました。 「僕らも草刈手伝うよ。」と、真矢とみっつはそれぞれ鎌を取って、草刈を始めました。 人数が増えたので、余分な草はすべて取り払われました。次は農薬の散布に取りかかりました。稲がほいもちにかかるといけないからです。その次はCDをつるして鳥よけを作ったり、竹で稲刈り用の馬を作りました。そんなあるとき、「お姉ちゃんお昼!」と、ちびのノブの声がして、いつ来たのかと思ったら、懍が一緒に立っていて、重箱を下げていました。 「なんだ、来たのか。」と、悠三は馬鹿にしたように言いました。 「お昼に結び持ってきた。」と、懍はいいました。「どっちにしろ、僕は彫り物と、こういうことしかできんよ。」 「ありがとう懍ちゃん。」と、みっつが言いました。悠三は顔を赤くしたまま、何にも言いませんでした。この日から、懍が昼飯をもって現れるようになりました。 そうこうしているうちに、稲の穂は茶色になり、悠三たちは稲刈りをしました。このころは、美菜子もお結びをよく食べるようになりました。そして一週間たって稲払いを行い、洗米をして、白い米にしました。そのとき、あの、大藪のおばあちゃんが現れました。おばあちゃんは稲払いが既にできているのをみて、とても喜び、嬉しさで泣きました。全員おばあちゃんの家に招待してもらい、巨大なお結びをつくって皆顔をご飯粒だらけにしました。美菜子も顔中ご飯粒だらけでした。 「なあ、美菜子ちゃん、」と、悠三が言いました。「飯を食うって楽しいだろ。」 美菜子は笑って頷きました。直人たちに丁寧に礼を言いました。直人たちもまた、美菜子が回復したのを喜びました。 それを最期として、水田はもう稲を植えられることはありませんて゛した。あの道も消滅してしまいました。これをとめることは直人も悠三もできませんでした。巨大なパワーショベルがやってきたとき、直人と悠三は「自分達は何もできない」とはどう言うことなのか、よくわかりました。「すくなくとも、飯のありがたさだけは知っているよ」と、美菜子が励ましてくれたことで立ち直りました。