043 暗雲の道
外交に関わるといっても飯食って話して、観光して帰ってきただけという。
そんな存在意義を疑われる役割を果たして戻ってきたはいいのだが
「世は事もなくか」
先日までのごたごたからこっちは事務仕事だけの平穏な日々だ。
そしてようやく望んだ研究結果の報告も上がった。
製紙技術の量産の目処が立ったようだ。
「これは小さな一歩かもしれないが、文豪達にとっては大きな一歩だ」
「何を訳のわからないことを言っているんですか」
部下から突っ込みを貰いつつ嬉しいのだから仕方が無いと言い訳じみたつぶやきを口にした。
結局の所外交関連に関わったのは短い期間で、元の仕事に戻ってきた。
戻ってきて状況が悪化していたという事もなく、どちらかというと部下の能力が上がっていた?
おそらくだが、自分が居ない間に自力での判断が多かった事から成長したのだろう。
元々判断能力等は自分よりも遥かに高いのだから、実務を通して経験値が上がりレベルが上がったといったところか。
何事も経験だという事だろうな。
そんな理由で、今現在は承認だけする退屈な日々を送っている。
理想と現実のギャップだろうが飽きるのが問題だ。
「街道の整備の進行状況は?」
「城下からようやく3つの町までといった所ですね」
古代ローマのように石畳にするとさらに良いかもだが人手も予算も物資も足らないので整地と舗装だけにしているのだがそんなものか。
重機といった便利なものが無い状況では人力による開発になる。
人員はいるがそれでも直に国中にとは行かない。
十年計画といった感じで気長にやらねばなのだがな。
平行して行わせている河川の氾濫を抑える工事や新たに開墾された農地への水の確保なども順調なようだ。
食料生産量の増加などが実感できるのはまだまだ先なのだが、景気?は少しずつ上向きになっている。
「しかし、ここまでこれば私は要らないよな・・・」
「!?」
ボソッとつぶやいた感想に部下が驚きの表情を作った。
「やはり、お隣の国にいかれるので?」
次に問いが来たのだが、
「なんの話??この職やめたいって思っただけなんだけど」
「あなたが居なくなると困ります、しかし噂は所詮噂だったんですね」
私が居なくても十分やってけるじゃないかと呆れながら後半の発言が気になった。
「噂ってなに?」
人付き合いも少ないので噂話を知らない、というか本人に関する噂なんてあまり耳に入らないものだろうけど。
「隣国の大名様が是非ヨシカ殿を譲ってほしいと、ナガマツ様に何度となく使者を出されていると聞きまして」
なんだその話は、相変わらず物のような扱い。
ここでは基本的人権なんて概念は無いんだろうけど不快だな。
「そんな話があるんだな、困ったものだ」
ナガマツの気が変わったら身売りされる訳か。それ以前にあの爽やかはまだ諦めてなかったのか。
自分の身の上を少し心配しつつ、逃走ルートと逃亡生活の方法を幾つか思い浮かべる。
「ナガマツ様もヨシカ殿を手放す筈がございませんから、あくまでたちの悪い噂だとは分かっているんですが。公家や武家の方々の中には家柄も無いものなど下げ渡してもいいじゃないかと言う方もいらっしゃるので心配していたんです」
実績をみればそんな事を言う事自体がナガマツ様の本意ではないと分かるでしょうにと小声で付け加えていた。
「ナガマツ様の考えは分からないけどね、面白いから手元に置いてるって私は思ってるけど」
「とんでもない!!ヨシカ殿が来られてからナガマツ様の機嫌が良い日が明らかに増えているんですから!!」
部下の反論に、内心そんな馬鹿なという思いがしたが、
他人の目から見るとそうなのかと新たな基準をひとつ獲得した。
そう見えるとなるとやっかまれる要因になりそうなものだが、日々の厭味の数々はそんな所からもくるのだろうか。
自分の部下になってくれる者達は初期に比べて入れ替えをして居心地を良くした為、こちら寄りの評価しかないんじゃなかろうかとも思うのだが。
快適な職場の為には職権乱用も致し方ない。
他人考えに敏感で無い身としてはとても他の評判が気になり始めた。
しばし、黙考してあることを決める。
「ちょいとしばらく、ここを空ける事にするね」
「こちらに戻られたばかりじゃないですか!!」
「それはそうだけど、気になる事があるので色々現地をこの目で見て回りたい。
優秀な部下もいる事だし、今後の方針の修正材料にしたいんだ」
と微妙なほめ言葉でごまかそうと口にしたが、部下は案外うれしそうだった。
ちょろい奴だ・・・本当に大丈夫だろうか。
そうと決まれば上の許可を取ってぶらり旅と決めこもう。
評判悪かったら傷心旅行に出かけよう。温泉やら風光明媚な場所を探して・・・。
ついでに逃亡計画も見直すか。