加勢
お久しぶりでございました……
翌朝。
改めて地図を確認してみると、この先王都の近くまで、立ち寄れる村は全くない事が判明した。おそらく、今日も野宿だ。
「食料や水は足りるか?」
「はい」
ダニエルが頷く。それならば、一応問題は無い。他にどうしようもないし、そのまま出発する。
出発してから数時間は、何事もなく進んだ。昨日の様子からして、もう少し襲撃が多いのではと思っていたから、やや拍子抜けした。
他の3人も同じ考えだったらしく、馬車の中の空気が僅かに緩む。今まで張り詰めすぎていた感があったので、これは良い事なのだろう。
——そう思った時、遠くから殺気が伝わってきた。
「……ボローニ」
「まだかなり先ですが、乱戦のようですね。やはり、魔物の襲撃でしょう」
彼も気付いたらしい。名を呼ぶと、直ぐに状況を口にした。
「数が多いな。優劣は?」
問うと、ボローニが魔術を使う気配が生じた。風が起こった事から、精霊魔術で遠くの状況を読んでいるのだろう。
「……今は拮抗状態ですが、遅かれ早かれ人間側が勝つでしょうね。いかがなさいますか?」
彼の問いかけに対する返答は、当然1つだ。
「迂回しろ。巻き込まれるなよ」
「……承知いたしました」
僅かに躊躇の間を置き、けれど彼は了承の意を表した。手綱を捌き、進行方向をずらしている。
けれど、ここで声が上がった。
「ダニエル、拮抗しているという事は、怪我人が出る恐れがありませんか?」
メイヒューだ。口元を引き結ぶ彼女に視線をあて、ボローニが頷く。
「怪我人が0、にはなりえないだろう」
「ならば、加勢するべきです」
そう言い切ったメイヒューに、思わず冷めた視線を向けた。
「本気で言っているのか?」
「私達が加勢すれば、怪我人が出ずに済む可能性が上がります。ならば、私達には加勢する義務があります」
真摯でどこまでも美しい主張をする彼女の瞳を覗き込み、重ねて問う。
「……それは、騎士としてか」
「はい」
「そうか」
迷い無く頷いた彼女に、ならばと言い放った。
「ならば、好きにすると良い」
「……え?」
意外そうに目を見張ったダニエルを尻目に、はっきりと告げる。
「助けに行きたいならば好きにしろ。ただし、それはお前が騎士として選んだ行動だ。もし行くのならば、2度と戻ってくるな」
「シイナ様——」
何事か言いかけたホルンを無視し、メイヒューと真っ直ぐ視線を合わせたまま、続けた。
「なるほど、確かに加勢すれば、彼等の負傷率は下がるだろう。だが反対に、0であったはずの私達の負傷率は上がる」
今まで反感を浮かべて私を見返していたメイヒューの目が、怯む。
「お前は今、何だ? 私の護衛だろう。何よりも最優先すべきは、私の安全の筈だ。
それでも、私を危険に晒してでも彼等を助けたい、それが騎士だというのならば。行けば良い。行って、助けて、直ぐに国へ帰れ。そして王に全てありのまま説明するんだな。護衛としての任務よりも、騎士としての自分を捨てられなかったから、護衛を降りたと。
戻ってくる事は許さない。それでも己の主張を通したいのなら——今直ぐ行くが良い」
そう言って殺気の方向を指差すと、メイヒューは1度そちらを向いたものの、結局は俯き、その場を動かなかった。
嘆息して、馬車の背もたれに身を預ける。どうやらメイヒューは、古宇田と似通ったところがあるようだ。その人の良さは騎士としては清廉潔白と誉れ高いのかも知れないが、この状況では甘さでしかない。
——甘い人間は、死ぬだけだ。特に、私の周りでは。
と、その時。
「シイナ様……」
ボローニが呼びかけに応じて馬車の外に目を向け、思わず溜息を漏らした。
メイヒューと言い合っている間に、彼等の戦線が後退、散開し、巻き込まれる事を避けられそうになくなってしまったようだ。諦め混じりに相槌を打つ。
「……回避出来ないな」
「数が多いのと、思った以上に散開しているようですね。全く、どこの冒険者ですか……」
珍しく苦言を零すホルンを見ると、はっきりと苛立ちを浮かべていた。元同業者として、思うところがあるらしい。
「仕方ない、加勢するぞ」
「はい」
ホルンとメイヒューが手早く馬車を降り、構える。ボローニも馬をその場に止めて降り、加勢しようとしたところで——
「〜〜〜〜〜!」
「なっ……!?」
嘶きと共に、唐突に、馬が暴れ出した。後ろ足で立ち、何かに怯えたように闇雲に走り出す。
「シイナ様!」
ボローニの焦燥に駆られた声を聞きながら、馬車を飛び降りる。受け身を取る事で衝撃を殺して、直ぐに馬車から距離を置き、刀印を横に薙いだ。
術によって馬車に保護をかけ、同時に馬を馬車から遠ざける。その腹部から赤いものが流れているのを視認し、縛術でその場から動けなくさせた。更に止血・止痛しておく。
「シイナ様、お怪我は」
慌てて駆け寄ってきたボローニに、首を振ってみせる。
「ない。が、馬をやられたな」
「どうやらあちらには、魔法を操る魔物がいたようです。風斬の魔法でしょう」
魔物の操る法で、魔法。彼等にとって、それは人の操る魔術とは全く異なるものという認識らしい。魔力ではなく、妖力を元にしているからだろう。
頷いて理解を示し、あちらの戦闘状況へと意識を移した。
予想していたよりも複雑な混戦模様だった。どうやら、人間側は2つの異なるグループが応戦しているらしい。
連携云々以前に、片側のグループは泡を食っているのか、全く役になっている様子はない。寧ろ、積極的にもう片方に押しつけようとしているように見えた。
それぞれの身なりを見る限り、あれはもしかすると——
そこまで考えて、思考を止めた。今、そんな事はどうでも良い。問題は、この乱戦の状態でどのように助太刀するかだ。下手に手を出せば、怪我させてしまう。
少し考えたが、ここは魔術での援護は難しいだろう。確認の為ホルンに視線を向けると、案の定苦い顔で首を横に振っていた。
「ボローニ、メイヒュー。ここはそれぞれが個々の魔物を攻撃するしかない。ホルンは出来るなら補助魔術で援護してくれ。——行くぞ」
返事を待たず、地を蹴った。
腕を振って袖に仕込んでいたダガーを取り出し、氷の魔術を纏わせて3本同時に投げる。狙い通り四肢を凍らせたそいつらを、刀で切り裂く。
「誰だ!?」
驚いたような男性の声。先程から善戦していた彼に、怒鳴り返す。
「手を貸す! 指示があるなら言ってくれ!」
槍の使い手である彼は、少し躊躇った様子を見せた後、左斜め前方を指差した。
「馬車に近付いている奴らを頼む!」
言葉の途中で駆け出す。彼が示した方向には、翼を生やした大蜥蜴。外見の特徴上は龍も似たようなものだが、あれは翼で風魔法の攻撃をする事と、棘の生えた尾で攻撃するしか能が無い。そうは言っても、その大きな図体と風魔法を利用した攻撃力は、馬車如き一撃で吹き飛ばせるほどのものなのだが。
こちらの存在を気付かれるより先に、強く地を蹴って宙へと飛ぶ。体制を整えつつ刀を振り上げ、重力に引かれる力を利用して、今にも振るおうとしている尾をめがけて振り下ろした。
鈍い衝撃と同時に、生温いものが飛び散る。切り落とした尾と返り血を避けつつ着地し、直ぐに術を放った。
急に攻撃手段を奪われ痛みに混乱していた魔物の動きが止まり、無数に切り刻まれる。ばらばらと落ちる肉片を無視して、馬車を振り返った。
蜥蜴に気を取られている隙に馬車に襲いかかろうとしていた、猟犬のような魔物の頭めがけて、ダガーを投げつける。狙い過たず命中したそれは、込めていた魔力を炎に変換し、魔物を燃やし尽くした。
身を翻し、近寄ってきていた1つ目の鬼を一太刀で切り捨てる。同時に術によって、後続の魔物数体を同時に吹き飛ばした。
戦っている間に、全体の魔物の数は随分減っていた。メイヒューとボローニは、先程の男性やその仲間と思しき者達と共同で魔物を狩っている。あちらは余裕がありそうだ。
残りの魔物の集団は、先程から士気の低いグループを狙っている。本能的にこちらの脅威を察知し、確実に喰える側へと向かっているのだろう。
迷わず、腰の銃を抜いた。
精霊魔術を発動。土壁が立ち上がり、人間と魔物が分断されたのを確認してから、土壁の内側へと狙いを定め、威力の設定に気を付けつつ引き金を引く。
轟音と共に立ち上がったのは、鎌鼬。縦横無尽に駆け巡る不可視の刃が、魔物どもを全て細切れにする。
土壁を取り除くと、後に残ったものは名残となる風だけだった。
軽く息を吐きだした。何となく、手元の銃をくるりと回す。
旭の言っていた通り、魔術というのは本当に負荷が少ない。術のみで同じ効果を出そうと思えば、倍程の精神力を使った事だろう。息1つ乱さずに済んでいるのは、間違いなくこれのおかげだ。
……感謝はしているが、何となく悔しい。