鎮魂と
馬車を走らせ向かった村は、予想通り全滅していた。
至る所に、死体。食い荒らされた村は、襲われて間もなかったのか、まだ血が光を鈍く反射していた。畑も荒らされ、荒廃した空気が場を占領している。
『…………』
重苦しい沈黙が場を占拠する。護衛達を見ると、一様に唇を噛み締めていた。
守られるべき立場の人間が全て滅ぼされている光景は、彼等にとってやりきれないものがあるはずだ。
ちり、と。心の奥底で、燻る。理由は、分かりきった事だ。
私にとって、この光景は——
浮かびかけた過去を振り払う。ゆっくりと息を肺全体に行き渡らせ、吐き出した。
——何も出来なかった私達に、これ以上悲しみを引き摺る事は許されない。
けれど。せめて、ここで私に出来る事を。
心を鎮め、柏手を打つ。
『諸々の悲しみ苦しき事、うら寂し——』
穢れを祓い、御霊を清める詞を紡ぐ。国の言葉は違えど、言葉に込めた霊力が効を発揮するはずだ。
——言霊1つ扱う事を制限されている身では、効果は半減なのだろうけれど。
『——ひとふたみよ、いつむななやここのたり、ももち、よろず』
再び柏手を打つ。場の空気が穏やかなものになったのを確認して、馬車へと踵を返した。
「行くぞ」
その言葉に、予想外にもメイヒューが反論した。
「このままにしておく訳にはいきません。直ぐにこの国の騎士団に連絡し、調査せねば」
「そんなもの、移動先で伝えておけば良いだろう」
妙な正義感に駆られているらしい彼女にそう言うと、尚も食い下がる。
「せめて、魔物がまだいないか確認し、被害状況を把握しなければ——」
「それは、この国の人間の仕事だ」
みなまで聞かず、遮った。尚も何か言い募ろうとする彼女に、ぴしゃりと告げる。
「私達はスーリィア国へ向かっている。彼等にこの事を伝えれば十分義務は果たしているし、それ以上恩を売る必要も感じない。こちらとしても、予定していた宿泊先がなくなったんだ、急いだ方が良い。どこか野宿する場所を見つける必要があるだろう?」
冷たいとも取れるだろうが、正論だ。彼等に情をかけて、自分達が襲われたり、休めなければ元も子もない。それに、元凶と思しき魔物は、つい先程全て祓った。これ以上私達が何かしてはならない。
——まあ、調査はするが。
後ろ手で密かに五芒星を描き、術を発動。ここを襲った魔物についての情報を集め、今度こそ馬車へと戻る。
「まあ、報告したければすれば良い」
未だ腑に落ちない表情で戻ってくる3人にそう告げ、出発を促した。
******
全滅した村から少し離れたところで、私達は野宿する事にした。日が沈む前に、次に近い村に行くのは不可能だったからだ。
テントを張って直ぐ、ダニエルが姿を消した。おそらく、陛下と連絡を取って、スーリィア国へと連絡を頼むためだろう。シイナ様も理解なさっているらしく、何も仰らずに野営の準備を行っていらっしゃる。
最初は勿論、私達護衛だけでそういう作業は行っていた。そうでもなければ私達の仕事は何も無くなってしまうし、シイナ様には休んで頂きたかった。
けれど。私達は騎士であり、貴族で。野営の作業こそ自分達で行うものの、遠征する時は食糧は供給される。私は女性だから実家である程度家事を教わったが、それはあくまで貴族の家で行うもの。野営する時、火をおこし調理をする方法など、分かるはずもなかった。
ベラはかつて傭兵だった為、ある程度の知識はある。ただ、余り長距離の旅は行わず、拠点を定めて活動していたので、保存食だけで済ませていたらしい。元々料理は苦手らしく、苦い顔で首を振った。貴族子弟のダニエルは、言うまでもない。
——要するに、私達の誰も、料理を用意する事が出来なかったのだ。
『……護衛になる事が決まってから1週間もあったのだから、古宇田達と話していないで、そういう準備をすれば良かっただろうに』
そんな私達に呆れ気味に仰ったシイナ様が、何故あれほどに使用人達の手伝いをしていたのか、その時ようやく分かった。
シイナ様は彼等の作業を手伝う中で、この世界の料理を学び、休憩時間を利用して、彼等から旅路での調理法を教わっていた。
ここ数ヶ月の「手伝い」の成果か、元々器用でいらっしゃったのか、シイナ様の手際は見事なものだ。飛び抜けて優れた料理ではないけれど、きちんと味も調っている。
基本的に、メニューは同じだ。野菜が入った温かいスープと、軽くあぶった干し肉。保存の利くパンも軽く火を通している。どれも魔道具を使って保存・調理されていた。
照明や虫除けといい、魔道具の便利さには本当に驚かされる。魔力を使わずこれだけの事を出来るとは思わなかった。騎士や魔術師は、道具に頼る事を良しとせず、己の力を使うものだ。魔道具などを使うのは、力の無い一般市民、そんな固定観念に囚われていた。
が、シイナ様は違った。
『使えるものは利用しなくてどうする。そんなつまらないプライドで命を落として、名誉の死と言えるのか?』
半ば呆れたようにそう言って、魔道具の利用に苦言を呈したベラを黙らせた。事実、魔力の温存は疲労の軽減に繋がっており、長旅の負荷を随分減らしてくれている。
「出来たぞ」
思考の海に漂っていた意識が、シイナ様の声で引き戻された。慌てて配膳に取りかかる。シイナ様に食事を作って頂いている以上、こればかりは、私達が全て行わせてもらっていた。
私とベラで配り終わったところで、食事を取る。
誰もが外に気配を配り、警戒を解く事はないから、1人だけ見張りをする必要もない。ここにいる全員、魔物の気配には敏感だった。
ふと、シイナ様の手元に視線が寄せられる。コウダ様の言葉を思い出した為だ。
『椎奈って、全っ然! 食べないから。どう考えても体に悪いし、なるべく量食べさせて。しつこく言わないと聞かないよ』
コウダ様の言葉は、正しいようだ。今もシイナ様は、戦う身としては信じられないほどの少量の食事を淡々と口に運ばれている。
今日は魔物ともやり合ったというのに、あれではこの長旅で、体が保たないだろう。
「……シイナ様」
「これで十分だ」
流石にもう少し、と言いかけた言葉は、シイナ様に遮られた。驚いてシイナ様を見つめる。
「シイナ様は、読心魔術まで使われるのですか?」
そう尋ねると、シイナ様ははっと顔を上げ、気まずげに顔を背けなさった。
「……いや。古宇田がいつも、食べろ食べろと言うから、つい」
どうやら、この会話は何度も交わされていたようだ。食事時、手元に寄せられた視線という条件で声をかけられ、反射的に答えてしまったらしい。
僅かに見て取れる、恥ずかしさを押し隠した表情が、少しだけ、年相応に見えた。