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出発

 出発、当日。いよいよだ。



 今日の出発は早い。椎奈がお祭り騒ぎを嫌がったのと、ぎりぎりの予定で出発しているので、出来るだけ早めに出た方が良いからだ。

 おかげで、いつもの訓練よりも更に朝が早かった。椎奈は寝ていて良いって言ったけど、流石にそれは無い。


 朝食を済ませ、椎奈が纏めた荷物を持って、移動。お城の外、王都の入り口である門の前で、私達は椎奈を見送る。



 初めて見る王都の外は、驚く程何も無かった。広い広い畑の向こうに、ぽつぽつと家が点のように見えるだけ。馬車の馬が向く方向には、ただひたすら、緩やかなカーブを描く道が延びている。


 朝の早い商人達でさえ、まだ起き出さない時間帯。朝靄の中、そんな畑の景色は、どこかぼんやりとしていて。ちょっと現実味のない風景の傍ら、少しずつ明るくなっていく橙色の光が、しっかりとした鉄の門扉の前に立つ私達を、柔らかく浮かび上がらせる。



 1枚の絵画のような景色の中、旅の準備を済ませ、腰に刀を下げた椎奈を見て、咄嗟に出た言葉は随分とずれたものだった。


「椎奈、ハンカチ持った?」

「……里菜、遠足じゃないんだよ」


 詩緒里にきっちり突っ込まれ、ならと続けた言葉も、やっぱりどこかずれてしまう。


「じゃあ、お土産宜しく?」

「観光に行くわけじゃない」


 やや呆れ気味に、椎奈。うう、じゃあなんて言えば良いのよ。



 今の椎奈は、何だかとても格好良い。


 服装に関しては、サーシャさんを通して王妃様達と一悶着あったみたいだけれど、結局椎奈が意思を通して、動きやすさ重視の服装だ。


 緩やかな、でも決して邪魔にならないくすんだ色合いのシャツ。余裕はあってもだぼつかないダークグリーンのズボンの裾は、黒の編み上げブーツに押し込まれている。今は冬だから、その上に暖かそうな茶色いロングコートを羽織って、軽く前を止めていた。


 コートの下に覗くのは、申し訳程度にしか見えない防具。膝下と手の甲、体前面を覆うそれは、1部に金属を縫い込んだ革製。確かに動きやすそうだし、エルヴィンさんと満足げに頷き合っていたけれど、これってあんまり防具にはならない気がする。


 腰には、少し太めのベルト。シンプルな、けれどお洒落な刺繍がされたそれには、刀が大小2本と、いつ手に入れたのか一丁の銃が下げられている。椎奈の武器は、後は体中に隠されたスローイングダガー。

 ……防具の重さを気にするより、武器の重さを気にした方が良いんじゃ。


 けれど、そうしていつでも戦える姿で旅立とうとしている椎奈は、これからの旅路に緊張するでもなく、いつも通り凛としている。そうやって武器を携える姿がごく普通なのだと言わんばかりに、静かに旅立ちの時を待っている。



 ——この気持ちは、同じ立場にならないと、きっと分からない。



 綺麗で、格好良い椎奈。浮き上がるような存在感があって、とても頼もしい。……それなのに、どうしてだろう。



 ————今の椎奈は、同時に、酷く現実感が無く、遠い。



 そんな印象が拭えなくて、かける言葉が思い付かない。



「でも実際、お土産は欲しい。ねえ椎奈、何か買ってきて!」

 それでもいつも通りを振る舞おうとそう食い下がると、椎奈は軽く眉を顰めた。


「遊びに行くんじゃないんだぞ。大体、試合があるからそんな暇は無い」

「えー」


 不満の声を上げると、ステラさんが笑いながら口を挟む。

「総合闘技大会の間、王都はお祭り騒ぎです。様々な露店も現れますし、試合もずっとあるわけではありません。もし時間があれば、見ておきますよ」

「メイヒュー」


 椎奈がどうしてか咎めるような声を上げたけど、しっかり約束してもらったからもう遅い。


「わ、楽しみにしています! ね、詩緒里!」

「もう、里菜……」


 苦笑気味な詩緒里だって、ちょっと楽しみなくせに。親友なんだから、それくらい分かる。ついでに、今まで旭先輩に意識の半分を向けていた事も、バレバレだ。



 はしゃぎ気味の私達に溜息をついて、椎奈はすいと視線を動かす。その目の先には、これから乗る馬車と、その最終点検を行うダニエルさん。視線に気付いたのか、ダニエルさんは顔を上げ、こっちを見る。


「こちらは大丈夫です。そろそろ出発しますか?」

「そうだな」


 頷いて、椎奈がステラさん、ベラさんに目を向けた。2人とも直ぐに頷き返して、きびきびとした足取りで馬車へと向かう。


 直ぐに後に続くように見えた椎奈に、最後の言葉をかける。



「椎奈、行ってらっしゃい! 強くなって待ってるから、お土産忘れないでね!」

「旅の間、気を付けてね。行ってらっしゃい」



 私と詩緒里の言葉に、椎奈は真剣に頷き返してくれる。


「私が居ない間、周りに気を付けて。魔物の活動も活発化している。迂闊にふらふら出歩くなよ」

「分かってるって。旭先輩に迷惑かけないようにします」


 ちょっと心配性、というか、私達を子供扱いしているっぽい発言にちょっと口を尖らせながら、そう答える。私の言葉に、椎奈は頷いた。


「旭の魔術は私と全く毛色が違う。良い勉強になる。頑張れよ」

「うん、頑張る!」


 椎奈の激励に心を浮き立たせ、声を弾ませた。詩緒里も隣で大きく頷いている。一緒に頑張ろうね。



「……シイナ様、そろそろ」


 ベラさんの言葉と同時に、お城の鐘がやや遠く鳴り響く。街が起き出す時間だ。


「ああ」


 椎奈がそれに応え、けれど馬車の方とは違う方向へと足を向ける。視線の先では、旭先輩が静かに椎奈を見つめていた。



 1歩1歩確かめるように、椎奈は旭先輩に歩み寄っていく。私達は皆、息を潜めてそれを見守った。



「……旭」



 旭先輩の目の前で立ち止まった椎奈は、真摯な表情で、強く綺麗な眼差しで、旭先輩を見上げる。


 旭先輩も、いつもの静かな、けれど、私達に向けるものとは明らかに違う何かを持って、椎奈を見つめる。



「椎奈」



 呼びかけ。落ち着いた響きに、椎奈は短く頷いた。




「行ってくる」

「ああ」




 2人の間の言葉は、それだけ。



 旭先輩にもう1度頷いて見せて、椎奈は踵を返した。一切脇目を振らず、真っ直ぐ前を見て、馬車へと歩いて行く。



 椎奈が乗るのを待って、馬車が走り出す。椎奈は1度も、私達を——旭先輩を、振り返らなかった。




 薄れつつある朝靄の中、私達は何も言わずに、その馬車が遠く、畑の中の家と同じように小さくなるまで、ずっと見送っていた。


これにて第一章は終了です。

ここまで付き合ってきて下さった皆様、本当にありがとうございます!


椎奈達の物語は、まだ始まったばかり。

これからも頑張って更新して参りますので、宜しくお願いいたします。



もし気が向いたら、感想や評価をしてやって下さい。お待ちしております。

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