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予感の裏付け

 椎奈が出発するまで、あと2日。



 その日の夜、俺は部屋を出た。ようやく完成したそれの試験をするために、相応しい強度を持つ神官の練習場を借りる為だ。


 何とか間に合った。これで何も問題無く作動すれば、後は細かな調整のみ。


 以前何度か来た事のある部屋に入る。何をしているか探られないよう、結界を張った。

 用意しておいた物を配置して試験を始めようとしたその時、胸元が淡く輝いた。唐突に目の前に気配が生じ、顔を上げる。



『……また随分と、面白そうな事をしているな』

 興味を引かれた様子で俺の手元を見るのは、青い髪に、深碧色の瞳の人外なるモノ——この世界の神、ミハエルだ。



「神よ、俺は今回場を作ってはいない」

『問題無いさ、これだけ強力な結界ならな。汝が作ったものなら、尚更だ』

 苦言を呈すも、鮮やかに切り替えされる。その言葉に含まれるものに気付き、思わず相手の瞳を見返した。


 相変わらずの人を食った笑みを浮かべたまま、ミハエルは言葉を続ける。

『私が気付かないとでも思っていたのか? そもそも、あの巫女が共にいるという時点で、その素性は限定される。それに、こうして契約を結んでいる以上、汝の特殊性は隠しようのないものだろう』


 否定出来るものではないので、無言を貫く。それを見たミハエルは、更に笑みを深くした。


『そんな事よりも、良いのか?』

「何がだ?」


 唐突で要領の得ない問いかけ。怪訝に思って聞き返すと、世界神はふと笑みを消す。



 ——表現出来ない何かが、俺の背を撫でた。


 それは、ここ最近、時折俺に訪れるもの。あえて名付けるならば、予感。



『よもや、何も気付いていないわけではあるまいな。もしそうならば、私は汝を見誤っていた事となるが、そうではなかろう』

 口調は先程までと変わらないが、その瞳には、切り込むような鋭さがあった。その瞳と真っ直ぐ向き合いながら、俺はこの数日を振り返る。



 闘技大会で選ばれた護衛。閉会後に椎奈と話をした彼等は、それからずっと、何事かを気にかけていた。1番分かりやすかったのはホルンだが、他の者も椎奈の目に入らないところで、こっそりと椎奈を伺う様子を見せている。


 王に忠誠を誓う騎士を選んだ以上、椎奈が何らかの枷を嵌める事は承知の上だ。サーシャ程強い誓約をさせたかは分からないが、無闇に情報を流させはしないだろう。

 監視役にしたかった王にとっては困った事態かも知れないが、知った事ではない。


 だが、彼等の態度は、ただの警戒と断ずる事を是としない。椎奈に警戒や緊張の目を向けるのではなく、何らかの違和感、不安と言い表せるような目を向けている。他に、彼等の心を揺らす何かを誓約させたのは間違いない。


 約束をした以上、それが椎奈の身を危険に晒す事に繋がるとは思っていないが、何の問題も無いとも断じ難い。


 ふと、大会後に話しかけてきた椎奈の対戦相手が脳裏に浮かぶ。彼から聞いた椎奈の言葉を思い出し、自然と苛立ちが募る。


『……本来の任務から外れ、他人の為に危険地帯へ行く仕事なのに、贔屓されてまでやりたいものか? 現状、余計な戦力は割きたくないだろうに』


 ——その、危険地帯へと、足手纏いを連れて行くのはどこの誰だ。それがどれだけリスクの高い事か、お前が1番分かっているだろう。


 それなのに、何故。



『キョウヘイ・アサヒ』

 不意に名を呼ばれ、我に返る。ミハエルは、再び笑みを浮かべていた。


『巫女は、強い。そなたが知る以上にな』

「……知っている」


 俺が椎奈の全力を引き出せていない事くらい、知っている。彼女が、これまでの人生でどれだけの力を付けてきたか、全く分からないわけではない。


『だが、いや、だからこそ、巫女は弱いのさ。汝には分からないかも知れないが』

「……それは」


 椎奈のあの、時折見せる、驚く程に儚い姿の事だろうか。


 俺の無言の問いかけに、しかし全てを知るはずの神は答えなかった。


『それを汝が正しく理解しない限り、未来は変わるまい。今の汝のように、ただ側にいるだけでは、何も出来ない』


「っそれは、」

 どういう意味だ、と言いかけた言葉は、神の視線に気圧されて消える。


『今の汝のしている事は、巫女の意思を尊重する事。成る程、それも1つの形だろう。だが……あの巫女に関して言うならば、それは誤り。汝はただ、巫女の背中を押しているだけだ』

「……」


 否定はしない。だが、それがどうして誤りになるのか、分からない。誰かに何かを強制して、良い結果が生まれる事は、決して無い。


『一般論だな。それが良い方向に進むものもいる。巫女に守られる、彼女達のようにな。だが、それはあくまで、己が求めるものを自覚し、正しくそれを求めようとしている場合だ』


 俺の思考を読んだのか、ミハエルははっきりと切り捨てた。その後に続いた言葉に、思わず詰め寄る。


「どういう意味だ」

『それを理解しない限り、汝には何も変えられない』

 そう言って、ミハエルは俺の手元に目をやった。


『……全く理解していないわけではないのだがな。汝は、己の直感をもう少し信じるべきだ』

「…………」

『何もかもを理屈で説明出来ると思っているのならば、それは大きな過ち』


 そう締めくくり、ミハエルはゆっくりと俺に歩み寄ってくる。


 ついと伸ばした指先で、俺の頤を持ち上げ、薄く笑った。


『もっと私を楽しませろ。汝と契約したのは、伊達や酔狂ではないのだから』

「無論だ」


 強く言い返す。いつの間に術中に堕とされたのか、身体を拘束され、魔術も妨害されている今、出来る事はそれしかない。


「俺は椎奈の力になるために、神の力を借りた。そちらの暇潰しに付き合う為に契約を求めたのではない」

 自分に許される限り激しい口調で言い放つと、神は口を弧の形に歪める。


『若造が、口だけは達者だな。ならば、これからの働きに期待するとしよう』


 どこか楽しげなその言葉を最後に、神は姿を消した。同時に、拘束も解ける。



 ——椎奈の言葉を思い出す。


『神は気まぐれなモノだ。向こうから手を貸してくる事はほぼ無いし、助力を頼んだところで、なかなか応えてはくれない。仮に手を貸したとしても、それは決して人の為などではない。彼等にとって、人とは、長い刻の暇潰し程度の存在。己が関わったが故に人生が1つや2つ変わったとしても、どうでも良いんだ』



「……今、理解した」


 小さく呟いてから、意識を切り替える。まずはここに来た目的を果たそう。



 そうして作業に取りかかった俺は、気づけなかった。


 あの時の椎奈が、続けて小さく呟き、辛うじて俺に届いた言葉。



『——神が本気で手出しするのは、己の管理するものを揺るがす「流れ」を変えたい時だけ』



 この神との会話が、まさにそれ(・・)だったという事を。


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